信頼人命
最初の組み合わせとして、長谷川君と向こうの連れであるらしい太田原君が向かいました。白い仮面の人は自分を「不審者と呼んでもらって構わないぞ。既にそう呼ばれているからな」と開き直り気味に自己紹介したものの、万が一にもこの人と組むのはごめんだと思った二人が先に参加しました。
「……全部赤を選べば、誰も死なないんだよね」
「そうですね」
澪雨様は椎乃が町内会に『大量のお布施』をした上で監督権限を一時的に分けてもらい、連れてきたようだ。名目上は家で祈りに従事してもらう……簡単に言ってしまえば宿泊。だから澪雨様に関しては今日が夜であっても問題はないそうです(不審者さんが聞き出してくれました)。
しかし夜は夜。私も表向きは慌てないといけないし、不審者さんを除けば全員が慌てないといけない……喜平君と太田原君は特に慌てふためいて、だから参加したのだと思います。
その結果、帰ってきたのは喜平君一人だけ。
憔悴というか錯乱というか、帰ってきた喜平君はまともに会話する事もままならず壁の隅に引っ込んでしまいました。澪雨様や椎乃が声を掛けても効果はなく、たまりかねた様子で壱夏さんが胸倉を掴んだ所で。
「その反応を見た感じだと、片方が死ぬ際は処刑映像を見せられるんだろうな」
不審者さんが物騒な一言を告げた事で事態は沈静。その代わり、前提として決められた『赤を選ぶ』選択肢は暗黙の内に破棄されてしまいました。
「…………そんな。嘘だよ…………嘘……しの、せいで……!」
「澪雨様! 滅多な事を言わないで下さい。この場で太田原君を殺したとすれば……」
「俺が悪いってのかよおおおおおおおお!」
私の視線に気づいた様子。喜平君は勢いよく飛び出すと私の首を掴み、躊躇なく殴り飛ばしました。
「―――七愛!」
「ちょ、何してんのアンタ!」
「誰も何も言ってないでしょうが。話聞いてた? 勝手に錯乱しないでよ」
「俺は! 俺だって赤を選びたかったんだ………………だって、仕方ないだろおおお! アイツが青を選ぶ気がしたんだあああああああああああ!」
「何があったか知らないけど、殴る事はないでしょ。喜平、アンタってそんな奴だっけ」
「七愛、大丈夫!?」
彼からはお気楽な友人だと聞いていましたが、そのような性格は見る影もなく変貌してしまっている様です。顔も心なしかやつれているみたいで、私は殴られましたがそれ以上何かをされる事もなく。彼は部屋の隅っこで静かに泣き続けています。
『それでは次の参加者を話し合って選んでください』
「じゃ、私が行く」
喜平君の変わり果てた姿を前に、鮫島さんが果敢にも手を挙げて扉の前へ進んだ。残るは一人で、誰が彼女とペアになるのかという話ですが…………私も含めて、全員が目を逸らしています。それは決して彼女が怖いという訳ではなくて。扉の先に見える景色―――奥の部屋のガラスが、血塗れになっているのが見えてしまったから(どっちの側かは不明瞭)。
「…………赤を選べばいいだけなのに、怖がるなって」
「……鮫島さんは怖くないの? わ、私達の目の前で。同級生が……!」
「だから何なの。ゲームを放棄したらどうせ死ぬんだよ。アイツ等二人に何があったかは知らないけど、同じ目に遭うのなんて絶対に嫌。私は生き残る。勝って、家に帰らなきゃ」
「鮫島さん。もう早速、青が選ばれたんだよ。私達がここで何を言ってもお互いが赤を押す保障なんてないんじゃない?」
「じゃあえーと。緒切さ。青押すの?」
「え?」
「青押すのかって聞いてるの。押さないでしょ? 信じる信じないじゃない、これは道徳心の問題。人が死んだ、殺すのが嫌、血を見るのが嫌。なら青を押さなきゃいい話。そうでしょ? という訳で―――澪雨」
全員の視線が、木ノ比良の巫女様へと注がれる。
「やるなら早い方がいいわ。私と、組もう」
続く二回目は鏑木と高井が出て、両者赤。結果こそ通知されないが、二人が生存している時点でそれは確定だ。三回目の桜庭と柊木も生存。こちらは順調に赤を選び続けているがどうした事だろう。モニター越しに隣の部屋を見ているが、明らかに人数が減っている。
澪雨と壱夏はやり過ごしたが、凛と知らない奴(星山という鏑木の親友らしい)が入ってから明らかに空気が変わってしまった。
「…………星山…………?」
帰って来たのは凛だけで、その男の姿は何処にもない。俺達は参加済を良い事にモニターに食いついて、向こうの様子をずっと見つめていた。不審者を除いた全員が驚いている。部屋から出てきた凛の全身に血飛沫が散っているのだから。
「おい……アイツ! 七愛に殺された! 星山が死んだ! あああああああああ!」
「は!? 嘘でしょ。七愛がそんな事する理由なくない?」
「いやだって見ろよ! 帰って来たのアイツだけだ! 殺した! 殺したんだよ!」
「…………これであっちと合流するようなら、俺達も……殺されんのか?」
不穏な空気がこちらにも感染しつつある。呑気なのは指ぬきグローブの具合を執拗に確かめるディースだけだ。向こうは向こうで不審者以外が露骨に焦りや恐怖を感じている。声だけでも掛けられれば違うのかもしれないが、携帯は圏外だし、読唇術は習得していないし。俺には見つめる事しか出来ない。
「――――――ま、とりあえずこっちは終わらせよう。左雲、俺らで行くぞ」
「これで一回戦は終わりだな」
俺とディース、柊木と桜庭の女子組、鏑木と高井の取り巻き組で、残るはサクモと反金だけだ。何故ここまで部屋に格差が生まれるのかは分からないが、こちらだけでも全員生存を目指した方が後々の余裕も残りそうだ。
「サクモ。一応言っときたいんだが青は―――」
「選ぶなだろ。分かってる」
それが最適解なのは間違いない。だのに隣の部屋は先程から青を選ぶ事案が多発しているのはどういう理屈だろう。
『それではこれより話し合いタイムとさせていただきます。制限時間は五分です』
「ねえねえユウシン君。二人が帰ってくるまで暇だろうから、僕と話さない?」
「でぃ、ディースさん! 俺の方とはどうすか?」
「気持ちは嬉しいけど、僕は平常点が高い男の子が好みなんだ。信用出来るって意味でね」
「ぐッ!」
「…………こんな密室で内緒話なんて出来ないと思わないか?」
「聞かれたって構わないさ。君の発言はまだまともに受け取られないだろうし」
―――どういう意味だろう。
隣のモニターを見ながら、俺は続きを促した。
「で、話は?」
「赤を選べばいいだけなのに、青を選んでしまうケースが発生している。どっちが青にしたかは不明。どっち側に居たかも不明。生き残った人が事情はどうあれ殺意があったと考えるのが普通だけど、君はどう思う?」
「…………両方青で、内側が死ぬ。外が死ぬケースは内だけが青を押したパターンだけ。殺意があるなしに拘らず、生き残りたいならとりあえず青を押すのが安牌なのは間違いない。特に外側は」
「成程。でもそう単純な話で済むかな? 僕は……どうだろう。君達の事知らないからさ。現在の時間帯は夜、只ならぬ状況で余裕もないが、ここに集められたのは真っ当な教育を受けて正しい倫理を身に着けた高校生の筈だ。生き残りたいから殺すなんて、そんな短絡的な発想で殺すかな?」
―――。
妄想でならなんとでも言える。学校に訪れたテロリストだろうが宇宙生物だろうが赤子同然だ。それが妄想という世界。だが現実は非情で、人間は想像以上に弱い生き物だ。死ぬのは怖い、痛いのは嫌い。生き残りたいから殺すなんて考え方には、余程追い詰められてないと至らないだろう。
問題は今、その『余程』なのかという所だ。
「……この世は表裏一体。男の子がいれば女の子が居る。生があれば死がある。赤を選ぶ理由があるなら―――青を選ぶ理由が全くないなんて、そんな不公平な話はないだろう」
『五分が経過いたしました。それでは参加者の方々はお手元のボタンを押してください』
『全員の選択が確認されましたので、これにて全てのフェーズが終了となります。参加者様は控室の方へお戻りください。部屋のロックは内側からのみ解除される仕様となってございます』
………………。
………………。
………………?
二人が、戻ってこない。
その事実を、誰もが呑み込めずに居た。まさか。あり得ない。そんな筈は。だが戻らない。これは事実。妄想ではなく現実。
「ちょ―――いや、えっと。すみません! 二人が戻らないんですが!」
『…………サクモ様は放心状態である事が確認されました。よって、こちらからロックを解除いたします。控室の方へお戻し下さい』
脳裏に過る予感は、嫌な時に限ってよく当たる。特殊能力でも何でもない。人類の大半が信じるジンクスではなかろうか。高井達と共に部屋へ入ると。その足は僅か二歩で完全に停止した。
充満する血の臭い。
何か脳みそを痺れさせるような、眩暈がする証明。
「い………………………………………!」
「……………………さくもおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 何してんだてめえええええええええええええええええええ!」
部屋の中心には、身体の表面をシュレッダーにかけられたような傷跡のまま床に積もる、変わり果てた反金の姿があった。
『一回戦、これにて終了です。お疲れ様でした』
僅か一回線。良心を信じるような最善の一手は一貫せず、星山と太田原、反金の死が確定した。
「縺ェ繧薙〒縺?繧…………」
身体から一気に力が抜けていく。ただ赤を選べばいいだけの話だ。俺とディースはそれを実践した。何故出来ない? 何が気に食わない? 真っ当な倫理の持ち主であるならば、ほんの少しの気の迷いで人を殺していい訳がない事くらい分かっているだろうに!
「もう…………やぁ…………ああああ! ぁぁあぁぁぁぁああああああ!」
まがりなりにもクラスメイトの死体を見た桜庭はその場に崩れて半狂乱に泣き叫ぶ。取り巻きと俺は評したが主観的な関係で言えば親友を失った二人は気絶したサクモに殴る蹴るの暴行を加え続けている。柊木に至っては「私は知らない私は知らない」と責任転嫁の呪文を呼吸も忘れて唱え続けていた。
「………………ユウシン君、君も狂えば楽になれるかもしれないが―――悪手だ。僕が居るから、落ち着いて」
これはディースに限った話ではないのだが、不審者と言い、何かに所属する人間はどうしてこう……こっちが泣き出したくなるくらい、優しいのだろう。奥歯が砕けるくらい力を込めて、涙を必死に食いしばる。立ち上がって、サクモをボコボコに踏みつける二人の間に割って入った。
「……………………………………それ以上、やめろ」
「はああああ! こいつが殺したのに!」
「味方すんなよ! お前だって殺されるかもしれないぞ!」
「友達が殺されたら! 殺したっていいのかよ!」
「ったりまえだ!」
「正当防衛だ!」
「だったらサクモが死んだら、俺はお前達二人を殺してやるからな! 主催者が直々に放心してるって言ったんだ! まだ事情は聴ける! 勝手に殺そうとするなぶっ殺すぞ!」
「な、何を―――!」
「は! ぶっ殺すとかマジクソじゃん! てめえが死ねや!」
「ああああああ! うわああああああん!」
「私は悪くない私は悪くない 私は悪くない私は悪くない 私は悪くない私は悪くない 私は悪くない私は悪くない 私は悪くない私は悪くない 私は悪くない私は悪くない 私は悪くない私は悪くない 私は悪くない私は悪くないいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
人はこれを、冷静とは呼ばない。
だがこうでもしないと収まらない気がした。
どの道俺は、誰か一人を殺さないといけない。そうでもないと椎乃が死ぬ。壱夏に全てを暴露される。だったらいっそ自暴自棄でも構わない。自分以上に怒り来る相手の姿を見せないと、冷静にだってなれない筈だ。




