記憶は正しく、本当に? 正しい? ただ恣意?
「で、誰が行くの? 私は嫌! なんか良く分かんなかったし!」
「俺も分かんなかったわ。でもとりあえず赤選べばいいってのは分かったけどな」
「あ、俺も俺も」
「どうせ誰が行っても赤を選ぶだけだろ? 同じじゃねえか?」
「それなら僕が行くよー」
同級生同士の会話に割り込まんと声を上げたのは見知らぬ金髪の人物。反金は多分この人に見惚れているし、桜庭はやや嫉妬している様だ。行くなら勝手に行けばと言わんばかり。
「えっと……貴方は?」
「おっと。そういや自己紹介がまだだったね。僕はディース。お金目当てに参加したつもりが予想以上に面倒なゲームに巻き込まれて困っちゃった。君達からすれば僕は部外者だし、先に行っても文句はないよね? 君たちの作戦は耳にしたけど、やっぱり百聞は一見に如かずだし」
反対する意見はない。デスゲームなんて誰もが初参加だ。ルールが説明された通りだとしてもとりあえず流れを見ておきたい気持ちはある。
「でぃ、ディースさんは好きな男性のタイプとかありますか!?」
反金はもう誰がどう見てもホの字というか、一目惚れというか。ディースはふふと愉快そうに笑って誤魔化してしまった。一応小声で「優しい人が好きだよ」と言っていたが、彼には聞こえなかったか。
もうゲームの趣旨から外れそうな空気に、サクモが待ったをかけた。
「これ合コンじゃねえぞ。あと一人誰が行くんだ?」
「俺が行く……まあこれでも、平常点満点ですんで。見本にならないと」
「あ、え、ちょ! 日方、お前―――!」
「お? じゃあ反金お前行くか? 俺は別にどっちでもいいぞ。ただ敢えて犠牲になってるだけだし。犠牲ってのも変だな。赤を選べばいいだけの事だ。という訳でディース……さん? よろしくお願いします」
「敬語なんてやめてよね。僕は年上という気がしてないんだ。ここは一つ呼び捨てで頼むよ、ユウシン君」
二人で扉を抜けて、これで参加確定か。ルール説明には無かったが後戻りは出来ない様だ。露骨に鍵が掛かった音がした。説明不足と主催者を咎めるつもりはない。その為に話合わせているのだろうから。
「……普段からそんな喋り方なのか?」
「ふふ。喋り方一つで印象は変わるよね。まあいいじゃないのさ、しっかしこんな危険な事にわざわざ首を突っ込んでくるなんて勇敢なんだねー。好きなタイプって聞かれたら君みたいなタイプって言えば良かったな♪」
「一目惚れの安売りはやめろ。どっちが装置側になる?」
「僕が行こう。その為に名乗り出たんだ」
奥の扉を抜けると説明通りのボタンと装置があった。装置と言っても基本は椅子だ。椅子に何やらゴテゴテした仕掛けがついていると言えば想像しやすいか。ディースが意気揚々としたステップで席に座ると椅子の淵に両手が固定され、指先にボタンが出現。足は何処からか現れた万力みたいな更迭が挟み込み、頭部には無数の回転刃が取り付けられた風船のような帽子が被せられた。
ディースの顔から余裕がなくなっていくのが見える。何かつぶやいているみたいだが部屋を隔てているので声までは聞こえない。
『それではこれより話し合いタイムとさせていただきます。制限時間は五分です』
向こう側と音声が繋がった。
「大丈夫か?」
「あ……いやぁ……こりゃ駄目かも……分からんねえ……ユウシン君。早く助けてくれると嬉しいかなって思うんだよねえ……」
「赤を押せばいいんだよな。ルールに嘘がないなら」
「そうだね。だから今の所話し合いと言われても話題がない。だからさ―――そろそろ本題に入った方がいいよ。この話し合いタイムの間、向こうの人達はこっちの会話も聞こえないし、中の様子も分からないみたいだ。ユウシン君は僕に聞きたい事があったから名乗り出た。そうだよね」
見るからに惚れている反金を差し置いて出てきたのだ、流石に見抜かれてしまったか。このゲームの結果としては赤を押せばいいだけなので何の意味もない。大切なのは過程であり、この密室の間に何を聞けるかだ。
「ここに来た本当の目的は何だ? 嘘を吐こうもんなら……青を押す事も考えられる」
「いやーそれはやめて! 僕も死ぬのはごめんだ。五体満足で終わらせてくれる事を願うよー。後でイイコトしてあげるから♥ ね?』
「目的」
「はいはい言えばいいんだろー。向こうの参加者にあの白い仮面の変なの居るでしょ」
「不審者な」
「そう、どう考えても不審者以外の何物でもないアイツねー。あれ、職場の同僚なんだよ。本当だよ。同じベッドで寝てるし同じご飯も食べるし。今回はそんな同僚が珍しくミスをしたみたいだから尻拭いしにきたんだ」
「……お前達の職場ってのは一体なんなんだ?」
「あーそれ聞いちゃう? まあ知りたいか、当然だね。でもそこは無理なんだよ」
「青を押されてもか?」
「ここで助かってもねえ。僕、後で殺されるし。君さあ、アイツの怖さ知らないだろ。アイツは誰だか知らないけど『手を貸す』為にわざと動かないでやってるのさ。その気になればデスゲーム自体破壊出来る。つまり秘密を洩らした僕をここまで直に殺しに来られるという事さ。ほら、言えないね?」
不審者に対する謎がますます深まったが、答えてくれる質問があるなら手当たり次第にぶつけてるのも手だ。これに固執するよりはいいだろう。
「破壊出来るのに、何で付き合ってるんだ?」
「何でも壊しゃいいってもんじゃない。ユウシン君は案外単純なんだね。僕、そういう男の人大好きだよ? まあ僕が好きでも駄目な物は駄目だ。壊した結果元々悪かったものがより悪化するって言ったら心当たりくらい出てくるんじゃないのお? ふふ……」
「………………」
壺を壊したら。
壺を壊しただけで。
俺達は永久にそのツケを清算する事になっている。不審者はこの町全体を覆う加護の事を知っていたが、ディースも知っているのだろうか。
「そんなに気にならなくても、これからずっと首を突っ込むならその内分かるさ。そうやって必死に足掻いて、また僕と出会うのを楽しみにしててくれよ。君とは仲良くなれそうだ」
「…………最後に一つだけ。ディースが多分女性だってのは見てくれでも分かるんですけど、あの不審者は結局男性なのか女性なのかどっちなんですか? ボイチェンのせいで声でも見分けがつかなくて」
「それは教えられない…………死にたくないから正直に言うね。僕も知らない。同僚だけど、人前であの仮面は外さないしボイスチェンジャーもつけっぱなしだ。やっぱり見てくれは大事だよね。見知らぬ他人ともなると信用出来るかどうかは顔で決まる。僕を可愛いなんて言ってくれた子は信用してくれてるみたいだし……可愛いは正義?」
「…………そうか。有難う」
「満足してくれた? それならちゃーんと赤を選んでね♥」
『五分が経過いたしました。それでは参加者の方々はお手元のボタンを押してください』
満足のいく結果にはならなかったが五分で得られた情報としては十分だ。窓ガラスにスモークがかかってお互いの表情や選択といった視覚的情報の一切がシャットアウトされる。後ろの控室にもスモークが掛かっているので参加していない人間に俺の選択は見えない。ディースの口ぶりだと話し合いの時から後方はああなっていそうだ。
赤のボタンを押す。余談だが、俺はこういう如何にもなボタンを初めて押した。クイズ番組の回答ボタンというか、秘密基地なんかの自爆スイッチとして採用されていそうな円形のボタン……何故日常では見かけないのだろうか。
『全員の選択が確認されましたので、これにて全てのフェーズが終了となります。参加者様は控室の方へお戻りください。部屋のロックは内側からのみ解除される仕様となってございます』
―――結果は通知されないのか?
俺はてっきり誰が何のボタンを押したか通知してくれると思っていたが、どうも通知はされない仕組みの様だ。聞かれなければ説明しないスタイルという奴だろうか―――それとも、どうせ赤を選び続けるだけならいちいち通知する意味は無いだろうって?
「ふー。怖かった~!」
ディースがやや大げさに装置から降りてくると、蠱惑的な笑みを浮かべながら俺の腕に絡みついて、上目遣いに庇護欲をそそるような笑みを浮かべた。
「赤を選んでくれてありがとー! 僕は信じてたよ、ユウシン君!」
流石の俺もこの近距離でディースを見るのはキツイ。眩しいというか、反金みたいに惚れるという訳ではないが、目に焼き付いたら三日三晩は離れなくなる。触られていると妙な気分だが、今はデスゲームに集中しないと。
「結果、通知されないんだな」
「まー。全部赤を選べばいいだけなら関係ないよね? こうして僕も君も生きてるんだ。他の人達からも赤が選ばれたのは明白だよ」
「…………じゃあ、どっちかしか生きて帰らなかったらどうなるんだ?」
どちらかが青を選べばどちらかが死ぬ。それが通知されないなら……待て。いや、待て。どうしたらいい? 部屋のロックはこちら側からしか開かないから、まだ考える時間はある。あるのだが…………
「おや、どうかしたの?」
「…………俺達、この部屋に入ってから装置側か外側か決めたよな。それで結果が通知されなかったら、全部自己申告にならないか?」
「そうだね。でも赤を選べばいいだけだし、細かい事は気にしなくてもいいんじゃないの?」
「赤を選べばな! 青が選ばれたら……どっちが青を選んだかも分からない! 外側が死ぬ選択肢は放棄を除けば一個だけだが、どっちがどっちかなんて分からないんだからな。片方だけ生き残ったならなんとでも言えるだろ」
「じゃあ…………部屋に入る前に申告しないと。どっちが乗るかって。それで問題は解決だ」
そこがまた問題というか、誰も死なないデスゲームとは名ばかりの、悪辣なゲームである事を身をもって知った。赤を選べば万事問題はないが、万が一にも青を選ぶような状況になった場合、自己申告はその人間にとってデメリットでしかない。外側でも内側でも青を選んだ事がバレてしまう。
その申告も、部屋に入って事前申告と違う方に向かわれたら大変だ。結局生き残った方はなんとでも言える。そして生き残ったからと言って裏切ったのかと糾弾すれば、後々大変な事になるのではないか。まだ一回戦なのだから。
「まあまあ。考えすぎない。ずっと言われてる通り、何があっても赤を選べばそれで済む話なんだから。君の考える不測の事態は起こってから考えようね? まだまだこのゲームは始まったばかりなんだから」
ディースに手を引かれて控室に戻る。
向こうの部屋は大丈夫だろうか。
「お、おお! 二人共帰ってきた! ディースさん、どうでした!? 日方に変な事されませんでした!?」
「もーやだなー。これはそういうゲームじゃないでしょ。僕を心配してくれてるのは、嬉しいけど」
「日方が大丈夫なら、私も行ける気がする! あんまり難しくなさそうね!」
「…………悠、浮かない顔だな?」
「ああまあ…………大丈夫だ。赤を選び続ければいいだけ。それだけだろ」
各々の歓迎を受けて控室の壁に凭れかかる。ディースは反金とその取り巻きに囲まれお姫様のように持て囃されていた。両手を頬に充てながら顔を真っ赤にしているのはやや演技っぽくも見えるがどうだろう。
ふとモニターの方に視線を向ける。
一人、足りない。




