悪の道に椎の花
あんまりにも短時間の睡眠は眠った気がしないと言われるが、朝六時に起きた身ながら随分と休めた様な気がする。全身がポカポカして、ふわふわで、安心する。
「…………」
何故俺は椎乃と手を繋ぎながら眠っているのだろう。寝相が悪いにしては胸の間で腕を組んで、僅かでも手を推せばそのまま彼女の胸に触りそうだ。枕元にはどうあがいても気付けるように紙切れが置いてあり、横目ながらその文字はしっかりと読めた。
『勝手に身体を借りた。憑巫に少しばかりの返礼だ(^^)』
この見様見真似で書いた様な絵文字が無性に腹立たしい。思えば身体を貸した記憶がない。しかしまさか勝手に身体を借りるなんて。
「………………」
泊まっている事は両親も承知している。だが起きた時間が早いのだから、起こしに来る事はないだろう。
―――起きない、よな。
「椎…………」
彼女の寝顔に不安はない。俺を信頼してくれている証拠だ。男女が同じベッドの中に居るなんて、普通は警戒する……ああいや、警戒してたかもしれないが、勝手に姫様がそうしたのか。閉じた瞼を下から見上げようとすると、紫色の光が視界に差した……気がする。
髪の毛の中に顔を近づけて、すんすんと匂いを嗅いだ。ああそう言えば、同じ風呂を使ったならネエネの匂いだってするか。頑張って昔感じた匂いを探し出したのだ。それをたまたま椎乃が使ったって不思議はない。
「…………ネエネ……」
目を閉じて、髪に鼻を埋めればすぐそこにネエネがいるような。勿論いるのは椎乃だが、少しだけでも安心したい。誰も死なないデスゲームならと気楽に構えていたが、寝る前にコイツが言った危惧がどうにも気になっている。
「……大好きだよ、ネエネ…………大好き…………大好き…………」
「…………………ん、ん…………?」
「!」
髪から顔を離して、ついでに身体も離そうとするがその前に椎乃は起きてしまった。寝覚めはとても良いらしい。ぱちりと目を開いて、俺を見た。
「………………」
そして、繋がれた手を見る。
「…………椎。違う。違うんだ、あの惹姫様がやったんだ」
「………………ユージン。もうちょっと近くに行ってもいい?」
「え? いいけど……あんまり押すなよ。俺がベッドから落ちる」
「はいはい。じゃお邪魔しますねーっと」
椎乃がほんの少しだけ近寄ってきた。胸に手を当てると心音が聞こえるのは当たり前として、静かにしていると腕を通しても心音というか、心拍の余波が伝わる事もある。僅かな距離の接近がギリギリそれを可能にした。
「…………怖い夢、見たの」
「……夢?」
「内容は忘れたわ。でも凄く怖かったのは覚えてる。多分あの子は、不安になった私を心配して近くに居たアンタと手を繋いだんじゃない?」
「そんなに気が利く奴にも見えないけどな」
「私はそうは思わないな。お陰で分かった事もあったりなかったり。私乗っ取られてる時に聞いたよ。ユージン。誰かの死体を捧げないといけないんだってね」
要らぬ心配をかけさせるだろうと明言してこなかったのに、どうも詳細な説明が伝わったようだ。姫様は全く余計な事をしてくれる。それとも俺が万が一にも死体を持ってこないという可能性を潰す為の保険だろうか。趣味が悪い。
「…………そうだな。お前はこれから殺人をする予定の奴と一緒に寝てる。距離を置いた方がいいって、周りの立場なら言うだろうよ」
その行動は、誰にも予測出来ない。
椎乃は俺の首筋に手を回すと顔を引き寄せて、自分の口が耳に重なるように近づけた。
「………………ユージン。私とアンタは友達だ。でもこんな事になっちゃったし、もっと関係が違ってもいいと思わない?」
「……っていうと?」
「悪の友達、悪友とか。私を生かす為に誰か殺さないといけないのよね。だから…………もし踏ん切りがつかないなら、その時は私が殺す」
「―――お前! 馬鹿言うんじゃない。お前にはもっと普通の人生をだな」
「アンタは知らないかもだけど、私もう死んでるんだ。一度きりの人生なんてもう終わったの。だから…………いいじゃん。一回くらい。誰かの為に使わせてよ、友達でしょ?」
心の負担が軽くなった自分が居る。恥ずかしい。彼女にこんな気を遣わせてしまうなんて俺って奴は情けない。
でも。
少し、嬉しい。
「今日はデスゲームに参加する日。もし困ったらあの二人じゃなくて、私を見てもいいわよ。変な意味じゃなくてさ、もう私には何も残ってないから。後ろめたく思う必要なんてないの。デスゲームを何とかしてユージンの呪いがどうにかなるかも分からないけど、一緒に頑張っていきましょう」
あはは、と快活に笑う椎乃は、寝起きに飛び込む日差しよりも眩しいし、暖かいし、微睡みたくなる安心感がある。
「―――やっぱお前の笑顔、好きだわ」
「ほんとっ? じゃあお返しに笑ってよ。私もアンタの笑顔が好きだぞ?」
…………。
…………。
ニッ。
「は? 私に参加して欲しい?」
学校についてからというもの、休み時間に俺は壱夏を屋上に連れ出して手短に用件を告げた。
「デスゲームなんて都合の良い舞台があるんだぞ。使わない手はないだろ」
「だからって私に参加して欲しいって本気かよ。平常点満点の人がそんな事するなんて幻滅ね」
「何とでも言え。俺には友達がいないんだ。頼むよ壱夏。お前の願いを……渋々だけど叶えてやる為なんだぞ。数合わせくらいにはなってくれていい筈だ」
「はーめんど。まあ、いいわ。付き合ってあげる。ちゃんと約束は守ろうとしてるみたいだし………実を言えば、ちょっと意外だったけど」
「は?」
「殺しなんて乗り気じゃないのが普通でしょ。そんなに澪雨との繋がりが重要って事か」
「詮索するな。ともかく、えーと。放課後。三時に商店街前だ。いいな」
「はいはい」
喜平はサクモが誘えば参加しない訳がないので、これで七名は確定。残る一名には晴しか思い浮かばないが……あんな健気な後輩を巻き込むなんて人間としてどうなのか。まあ俺以外にも凛や椎乃が参加者を募っているし、俺の方も昼休みに公募しようと思っている。それで一人くらい集まるだろう。集まってくれないと困るが、お金がちらついているならだれか来る筈だ。
タダより高い物はない。
誰も死なないデスゲームで賞金が貰えるなんて妙な話だが、それでも誰か一人は食いつくだろう。皆が皆思慮深ければ、この世に詐欺は成立しない。
うまい話に裏があったとしても、それでも抗えないのが欲望だ。
花言葉。




