天外な彼女は気軽で身軽な恋がしたい
「デスゲームの紹介、ですか?」
「紹介状……何で日方の友人に来たんだろう」
「…………」
金目当てにとりあえずサクモには紹介状を使ってもらう事になった。何とか八人の枠を埋めたいんだけど、参加してくれるか?」
「私は問題ありませんが……澪雨様は、どうなのでしょうね」
「ふぇ? 私も行くよ、じゃなきゃ同盟なんて口だけじゃん」
「そういう事ではございません。澪雨様に自由に使える時間はそれほどないと言っているのです。習い事を休む訳にもいかないでしょう。仮病など愚の骨頂。放課後までにデスゲームが校内で行われるなら話は別ですが…………椎乃。どうかしましたか?」
「べーつーにー。ユージンって言葉足らず何だよなーって思ったり思わなかったりしてるだけよ」
約束通り椎乃は泊まりに来たが、それはそれとしてレストランで話していた時から妙に機嫌を損ねている。受け答えはちゃんとしているのだが、俺に対しての発言に棘が生えているというか。原因は不明だ。彼女もデスゲームには参加してくれるそうだが、実はあんまり乗り気ではないのかもしれない。
「日方君が言葉足らずなのは…………どうでしょうか。澪雨様」
「私に振らないでよッ。日方は…………うーん。でも、優しいと思うよ、私は。我儘にずっと付き合ってくれてるし」
「脅迫されてるからな」
「……気の利かせ方がちょっと変だけど。あ、もしかして椎乃ちゃんにだけ冷たいとか」
「んーそれは……無いけど。ユージンが私に冷たかったら、ここには居ないもの」
これで参加者はサクモ、俺、凛、椎乃は確定。澪雨はどうだろうか。本人は参加する気満々ではあるが、それとこれとは話が別。残る四人を見繕っておいて損は無いだろう。万が一にも彼女が参加出来たとしてもやっぱり予め決めておいた方が良い。『ヒキヒメサマ』の時に来られなかったくらいだ、万が一という奴はそもそも発生しない。
「澪雨は補欠みたいな感じで扱わないとやりにくいから、今の暫定参加者は四名という体で話を進める」
「……ごめんなさい」
「謝るなよ。仕方ないだろ。家庭の事情はどうしようもない。木ノ比良家が悪いよな、どっちかっていうと」
「だからってこんな……なんか、口だけの人みたいじゃん! 私は自由になりたかった、それで命を握られて必死に動かないといけないのに、七愛と日方ばっかり動いてさ! これじゃ家と何にも変わらないよ……日方と一緒に、夜を…………」
「……その気持ちは嬉しいんだけどな。現実問題どうしようもないだろ。誰か身代わりにしようにも双子でもない限り無理がある」
これが、登校中以外は座敷牢で監禁されているとかならまだやりようはある。お嬢様はどうせ出られないと長年の生活で高を括るだろうからそこを突いてどうにかこうにか……仮定の上に仮定を重ねている時点で察せ。
しかし俺達だって除け者にしたい訳じゃない。澪雨が不機嫌なのは自分の情けなさにでも怒っているとしようか。この場合、誰も悪くない。凛が慰めるように澪雨の肩を撫でているが、歯噛みしている辺り効果的とは言えない。
「ねえ、澪雨。私、貴方の家の事は良く分からないけど、逆にどういう状況なら外出出来るの?」
椎乃が机に置いてあったシャーペンを回しながらそんな事を尋ねると、澪雨は塞ぎ込むように考え始めて、首を捻った。
「………………………………ボランティア、とか?」
「草刈りとかゴミ拾いみたいなあれ?」
「補足しますと、町内会が絡んだボランティアとなります。夜を除き澪雨様の自由な時間は学校時間だけです。普段の生活サイクルに絡まない行動は全て町内会の監視がついているものとお考え下さい」
「そう。監視があればいいのね」
「椎乃ちゃん、何か思いついたの?」
「…………ふっふっふ。緒切さんにまー任せときなさい。ユージン、澪雨も入れていいよ、どうにかするから」
「お、おう。マジか……想像もつかないんだけどな、お前が言うならまあ……」
残り三名だが、絶妙に知り合いの数が足りない。しかし考えてもみたらただの数合わせみたいな物だから誰でもいい気がしている。それこそデスゲームの噂を知る人間なら、誰でも。綿密にメンバーと連携しなくてはいけないという訳でもないだろうし、凛達も後は誰でもいいと言ったのでこの話はそこで終了した。
結局参加者云々はどうせ澪雨が参加出来ないからという体で続けられていただけだ。彼女が参加出来るなら夜更かし同盟はめでたく全員参加となる。ならば参加者についてこれ以上話し合う意味はない。
「そう言えばずっと気になってたんだけど。椎乃ちゃんはどうして寝間着なの?」
今夜の会議が一段落した所で、澪雨が椎乃の服装に指を向けて言った。今日の彼女は二人のように制服姿という訳ではなく、水色の寝間着を着用して椅子に座っている。何故かと言われても発端は俺なので特に言う事はない。椎乃は首を捻って椅子の背中をガタガタ揺らした。
「ユージンの家に泊まるからだよ」
「え…………」
「―――まあ。夜に外へ出てはいけないだけですから」
澪雨は顔を徐々に紅潮させて、俺を睨んだ。
「日方! 最低だよ!」
「はあ!?」
「女性を泊めるなんて破廉恥じゃん! え、じゃあ日方と椎乃ちゃんって婚約を……はわわわ!」
「澪雨様、落ち着いてください。世間知らずが露呈していますよ」
「だってだってお父様は……あ、ああわ。夜に二人でなんて、婚前交渉―――」
「みーおーさーまー! 無知もそのくらいにしませんと連れ帰りますよ。私達が帰った後、お二人がどんな気まずい気持ちで夜を越すのか考えてもみてください」
凛の気遣いは嬉しいが、明言されるとかえって意識してしまう事を知らないのだろうか。二人が勝手に言い争う最中、俺と椎乃はまるで目を合わせられなくなった。
本当にそんなつもりは、なかったのに。
………………
作戦会議を終わらせた後、お祈りと外出時間を済ませて部屋に戻ってきた。二人がいらない気を利かせてくれたお陰で普段よりは早めに家に戻る事が出来た。早めに来てくれたお陰でゲームの方はというと捻出しなくても十分遊んだ。後はもう寝るだけだ。
「外、暑っついね~」
「風呂入った後にまた汗かくのって嫌だよな」
「分かる分かる。時間を無駄にした感じね。涼しい場所に居たらその内引っ込むけど、何だかねえ。だからシャワー浴び直すっていう……あはは」
だからってパジャマまで着替え直すのはどうかと思う。現在彼女が来ている薄地の白い寝間着は俺の物だ。これで一緒に寝るのかと思うと、複雑である。
同じベッドで寝る事に抵抗はないつもりだったが、澪雨があんな事言ったせいで妙に意識が散っている。俺に背中さえ向けてくれたらまだ大丈夫かと思ったが、それはそれで彼女の髪に混じる匂いが鼻をくすぐってクラクラする。
でも至近距離でお互いの顔を見るのも、それはそれだ。椎乃の発育は凛や澪雨には遠く及ばないが、だからこそ胸元の隙間がエロく見える事もある。顔を見るのも胸を見るのも気まずい地獄を、果たしてなんと言えばいいのか。椎乃も口に出さないだけで顔を赤らめている辺り、多少意識してしまっている事が窺える。全部澪雨が悪い。
「明日はデスゲームか……誰も死なないってのはやっぱ引っかかるな」
「……ユージンと一旦疎遠になった後もさ、ちょいちょいゲームの話とかは聞いてきたんだけど」
「何の話だよ」
「まあ聞いてよ。自分以外全員敵のゲームはユージンも知ってるでしょ。単なる個人戦。でさ、一時期その変なゲーム性から話題になったけど速攻で廃れたゲームがあるの。自分以外全員味方のゲームでね」
「…………は?」
自分以外全員味方。味方とは何だろう。自分は自分だし、争えないゲームと言いたいのだろうか。
「味方だから攻撃出来ない、窃盗とか壁ハメとかそういうのも出来ない。仲良くボイチャで話すだけのゲームかなって思うよね。でもゲームの仕様上自分はエネミー判定を持ってるから、自分に対してだけは攻撃が出来るんだって」
「……自殺が出来るって事か? 何の意味が?」
「意味はないけど。でもそのゲーム武器はたくさんあってね。多くのユーザーが自殺を楽しむゲームなんじゃないかって思ったみたいで、みんなで武器を探しに行っては自殺を繰り返すのが流行ったんだってさ。それでそのゲーム、死体は残る仕様だからワールド中が死体だらけになってデバフの病気がゲーム内で流行。運営も一向に死体を消す作業をしないからみんな離れたっていう……話。だからさ、やり方なんじゃないかなあって私は思うんだよね」
「……誰も死なないデスゲームも同じだって?」
「誰も死なないデスゲーム。死にはしないけどデスゲームだから死ぬ状況はあるんじゃない?」
…………屁理屈みたいな可能性だが、デスゲームと名乗る以上はその可能性を否定しきれないか。
「…………しっかしやっぱ。二人でベッドに寝ると暑いね」
「……やっぱベッド譲ろうか」
「いいわよ、別に。こたつでアイスを食う冒涜みたいなもので、たまには暑くないとエアコンに対するありがたみが無くなっちゃうわ」
「何だそれ……うお」
暑いと言っているのに椎乃は頑固で、言い出したからにはと俺の背中を抱きしめるように引き寄せる。密着した身体が相乗効果で熱を上げる。至近距離の彼女は穏やかな微笑みを浮かべながら静かに目を閉じた。
「……私、生きてる。ユージンを感じる。うん、悩む事なんて、無かったんだよね」
「………………椎。お前。一体何を悩んで」
「ゲームの攻略法だったかなー。…………そんな昔の事、忘れたわ」




