昏き葬送の誘い
「…………魂。死ねって?」
「腹が減っていル。己の命か他人の命か、好きな方を儂に寄越セ。ああ腹が減っタ。腹と背が本当にくっつくかもナ」
「…………ねえ。そんなにお腹減ってるなら料理だそうか?」
「……今の儂は泡影に過ぎヌ。身体を貸しもせんのに食べるとは何事だナ? 攻めてその身体を貸してから申せヨ」
「あーうーん。でも今バイト中なのよね……ユージンの身体を代わりに借りるみたいな事って出来ない?」
「おい。勝手に人の身体を貸すなよ」
「その気持ちや良シ。そのような事は出来ぬし、また意味もないナ。お前は早々に殺し、その首を儂の元へ。良いか、新鮮な内に持ってくるのダ。首が冷めては不味いのみよナ。良いな、儂は確かに告げタ。これ以上催促はせン。履行されなければ契約は破棄されるナ」
そう言って、姫様は暗闇から姿を消した。最初に最後の催促、もとい警告か。呆気に取られてしまったものの、お陰で少し冷静さが戻った。椎乃と顔を見合わせて、何だか気まずい雰囲気が生まれる。
「あ、これカルボナーラね」
「ん。あ、うん。有難う」
「タダで食べられるとかユージンってばラッキーな男っ。にっしっし! 元気が出るように、愛情をこめてあげよっか?」
「レストランの料理ってウエイターが調理してるもんじゃないだろ……有難くいただかせてもらう。返事が遅れたけど、早めに来るんだよな。どうせなら泊まっていけよ。それならお前も堂々と家に入れるぞ。ベッドはまあ……部屋が狭いからな。俺のベッドでも使えよ」
「そう? それならお言葉に……アンタはどーすんの」
「床で頑張って寝る」
「寝違えるわよ。やーね、別に同じベッドで寝ればいいだけなのに。私は気にしないよ」
「…………俺はちょっと気にするんだけどな。まあ確かに床で寝たくはないし、お前がそう言うならいいか。重ねて色々有難うな、これ食べたら帰るよ」
「用が済んだらお払い箱って奴ね。あーはいはい仕事に戻りますよっと……ま、少しは元気になってくれてよかったわ、ユージンは、笑ってる方が似合ってるもの」
ばいびーと俺の机を離れていく椎乃を見送り、だまってカルボナーラにフォークをつけた。誰も殺したくないのは本音だが、誰かを殺さない事には契約違反となる。言い換えればどうあがいても俺は正道を外れてしまう。
ならばせめて、言いなりになって殺すのはどうなんだ。どうせ悪に堕ちるならそこには自分の意思が必要なんじゃないか。誰かに命令された、脅迫された。責任逃れの枕詞は気休めにもならず、見苦しいだけだ。
少し気になる事もあるし、壱夏の言いなりになるのは癪に障る。どうにかして出し抜いてやりたい所だが心理戦は苦手だ。澪雨本人が怒っている訳でもないのに勝手に怒って自爆しているのが何よりの証拠。さて、どうするべきか。
因みに、殺さないという選択肢はない。
友達と他人なら友達の命を選ぶ。ただそれだけの話。全員生存は理想論。こんなどうしようもない状況では、命の優先順位があってもいいだろう。
「………………」
呪いを受けた首を自分で締め付ける。この町にはこんなにも悪意が蔓延っている。俺の望んだ優しい世界は何処にもない。何の目的か殺したがる奴もいれば、脅迫をしてまで誰かを従わせようとする奴もいる。俺はただ、かつて味わった絶望を弐度と味わいたくないが為に引っ越したのに。これでは何の意味もない。地獄の種類が違っただけの話。
気に入らない。
そんなに優しさが間違っているというなら、俺も心を鬼にしよう。誰かの為なんて言わない。そんな傲慢な理由を言う気にはなれない。ネエネには顔向けできないかもしれないが、こうするしか生き残る術がないらしい。
携帯を眺めていると、サクモから連絡が入った。
『誰も死なないデスゲームの情報、掴んだぞ。返す気になったら返信求』
『誰からの情報だ?』
『主催者だ』
―――主催者?
『主催者って、主催者?』
『主催者を名乗ってる誰かだな』
『ゲームを開催してる人って意味だよな』
『辞書で調べてくれ』
サクモが嘘を吐くとは思わないが、とてもとても信じられない。本当にネット辞書で調べる勢いだった。主催者の意味くらい知っているが、主催者が居るという事は実在を疑われたデスゲームも存在している……いや、今は存在しなくてもいつでも存在出来る。主催者さえその気になれば第一回も第二回も存在している様な物だ。
『文面を転送しといたから確認』
『すまん』
そう言って送られてきた文章は、元々メールであったようだ。差出人は主催者の三文字のみ。文面の方はというと、何となく定型文っぽい感じはする。
『はじめまして、左雲様。この度は████ゲームの布教をしていただき誠にありがとうございます。つきましては左雲様に紹介状を送付させていただきます。参加人数の上限は八名、全四回戦とさせていただきます。ご友人やご家族を誘っての参加、お待ちしております。 支配人』
『なんでこれ読めないんだ?」
『よく分からん。その部分をコピペしようとしたらなんか文章として認識されてないっていうかな。インターネットで読み方を調べようとしたら空白になる。だから分からん』
布教というのは、デスゲームの情報収集の為に片っ端から名称を出した事を言っているのだろうか。紹介状が届いたのはサクモなので詳しいことは分からない。
『紹介状は?』
『あるが、昼の三時って言う時間帯が気になるな。普通こういうのは夜だろ。映画とかゲームとかではさ』
『なら答えは一つだな。主催者はこの町の人間なんだ。だから夜に外に出ないように配慮しているんだろ』
それはともかく、紹介状だ。使わない手はない。二兎を追う者はなんとやら、輪切りねしの事は一旦置いといて、こちらを解決する方が優先だろう。
『参加してくれないか?』
『断ると言いたいが、金が貰えるなら話は別だ。買いたいゲームがたくさんあるからな。ただ二人だけでいいのか?』
『何で?』
『わざわざ参加上限人数と何回戦までやるのを記載しなくても良くないかって事だよ。その必要があるとするならこの人数で参加して欲しいって事だと思うぞ。噂じゃ確かめられなかったが、もしかするとあっちの出す条件をクリア出来ないと金は貰えないのかもな。一定人数が集まったら有効になるクーポンなんかあったろ? あんな感じだよ』
『…………』
八人か。それくらいなら俺一人でも集められそうだ。サクモの動機ではないが、誰も死なないという話が本当ならノーリスクハイリターンのうますぎる話だ。少しクラスメイトを誘えば喜んできてくれるだろう。
ただ、うますぎる話には裏がある筈だ。夜更かし同盟の三人は参加させるとして、晴だけは誘わないようにしよう。誰も死なないデスゲームの矛盾にも違和感がある。誰も死なないのに何故デスゲームを名乗るのか。悪ふざけとかネーミングセンスがなかったとかそんな理由で済んでくれればいいのだが。
机に置いてあった呼び出しボタンを押すと、別に専用機で呼んだつもりはないが椎乃がやってきた。多少は元気になった俺を見てはにかんでいる。お盆で口元を隠そうとする仕草が妙に色っぽく感じるのは俺だけか。
「言っておくけど、次からは有料ね」
「そうじゃない。ただちょっと……あっちで言ったら勘違いされるかもしれないから先に言っておきたい事があったんだ」
お盆を顔から離すと、彼女は首を傾げて茶化すように呟いた。
「はいはい。何でしょね。大抵の事なら聞き流してあげる」
「付き合ってくれ」




