楽しく愉快で哀しく不愉快なゲーム
「カラオケでさぞ疲れてぐっすり眠れただろうと思いきや、寝不足に見えるな」
「つーか泣いた感あるけど、どしたんだ~?」
「いや、俺も良く分からない」
そして多分それは朝の涙ではなく、殺されるかもしれない死の恐怖から生じた涙だ。サクモと喜平が話しかけてきたのも、只ならぬ様子の俺を心配してくれたのだろう。だがこの二人に一体どうやって『突然クラスメイトが殺しにかかってきた』という事実を信用させようか。そもそもそれに意味はあるのか。
世の中には隠しておいた方がいい事もある。蟲毒なんて正にそれではないだろうか。人間を材料にした呪いなんて反発必至だ。だから木ノ比良家も隠している。犠牲の果てに安寧があり、誰もがそこから目を背けても良いように秘密にしている。すると人々は恩恵にのみ与り、この町の決まりを守るのだ。
「おっはよー!」
「あー遅刻するかと思ったぜー」
反金と桜庭が何の警戒心もなく教室に入ってくる。俺を殺そうとしておいて何故ああも罪悪感なしに入れるのか理解に苦しんだ。
「あの二人がどうかしたか?」
「…………二人共、ちょっとこっちに来てくれるか」
「? おうおう。やばい雰囲気だな」
HRはまだ始まらないので二人を階段の踊り場まで連れて行き、周囲の気配を探る。用事もなくこんな場所へ来る人間は居ない。来たとすればそいつは盗み聞きしている奴だ。
「…………お前等、俺の言う事信じられるか?」
「まだ何も言われてねえし~まあある程度は信じるけど」
「好きな人が出来たくらいなら信じるな。ゲームに青春を捧げていても、そういう事はあるだろう。俺にもそういう時期があったからな」
「え? マジか? 誰ですじゃ?」
「…………今はそれよりもコイツだろ。見て見ろよ顔を、話題が違ぇわボケって顔してる」
そんな顔はしてないが、確かに好きな人の話題ではない。同じ次元の話かというとそんな事もない。命の危険と恋愛が同じ次元であってたまるか。もう一度、念入りに周辺を警戒してから、俺は小声で彼ら耳に呟いた。
「桜庭と反金の二人に殺されかけた」
目は元々丸いが、丸くしたという表現はこの瞬間にこそぴったりだ。これも文字通りだが、目は口程に物を言う。二人が無条件に信用していないのは明らかだった。
「……本当か?」
「車が来た所で突き飛ばされたり、包丁投げられたり。他に目撃者は居ない感じだったけど、確かだ」
「まあまあ。お前がそんな冗談言わねーよな。けど人を殺すかあー。そんな奴には見えねーけどなあ」
「本当なんだよ……疑うなら、二人をちょっと観察してみてくれよ。きっと俺をどうやって殺すかの計画を立ててるに違いない」
「うーん。ますます信じがたいが……まあ、心配ではあるな。俺はやってもいい」
「俺っちも面白そうだから付き合ったるぜー!」
「……気をつけろよ。お前達まで殺しに来るかもしれないぞ」
「まあ見てろ。へまはしない。大丈夫だ。そういうゲームもやってきたからな」
「まさかまさかゲームでのスキルを活かす時みたいだなあ!? 俺達は特殊部隊の人間だぜよ?」
「口調が特殊部隊というより幕末だから直せ」
二人はやはり、本気にはしていない。かといってまるっきり信じていない訳でもない。俺もどう考えればいいのか反応に困る。信用されないのは悲しいが、突然クラスメイトが殺しにかかってくるなんて基本的にはつまらない妄想の域を出ない話だ。俺が同じ立場でも鼻で笑うくらいの―――夜更かししている今は、無理だが。
「まあもし殺しに来たんだとした、理由は考えられなくもないよな」
「ん?」
「夜に外出したとか」
冗談でも笑えない。多分冗談でも、俺の背筋は身体の芯から凍り付いていくような怖気を味わった。サクモは気にも留めていないので、本当に冗談。俺の外出を知っている訳ではない。訳では……ない。筈。
「お、どうした? 顔色悪いぜ?」
「い、いや…………それは」
「もうやめろ喜平。脅かすのは結構だが身に覚えがなくても思わせぶりな事言われたら誰だってそうなるもんだ。まして悠はついさっき殺されかけたばかりなんだからな」
「ん~なんか面白そうな反応だったのになー!」
二人が掛け値なしにいい奴なのは言うまでもないが、それでも喜平は少し行動がトリッキー過ぎて、所々で安心出来ない。寿命が三年くらい縮んだ気分だ。
昼休みまでの過程でさえも、異常と呼ぶには十分だった。反金をきっかけにこのクラスにも『誰も死なないデスゲーム』の噂が広まり、休み時間は各自がそれについて携帯で調べようとするばかり。凛はそれを良い事にデスゲームについての情報を集めている様子がちらほらと窺えた。『口なしさん』とは違って出所は俺なので情報が追加されるとすればネットに乗っていた場合のみだ。そしてその情報は、ほんの少しばかり判明した。
・ゲーム参加は二人以上から
・生存賞金は百万円。
ネットでもまことしやかに囁かれているという事は、怪異毒とやらが関わっている訳ではないのだろうか。
学校で異変を感じ取ったのは、クラス中が金目当てにデスゲームを調べるようになってからの事。
「おい誰だよ! ふざけんな! 石なんか投げやがって!」
「ねえ―――野球部でしょ! 硬球なんて投げないでよ!」
「誰だよ俺の椅子に画鋲ばらまいたの、おいマジで! 誰だよ! ぶさけんな!」
「え、これ………………え? お弁当にカミソリ」
最早俺だけではなく、ありとあらゆる人間が何者かから危害を受けていた。当初俺が危険人物とみなしていた反金は背後から金属バットで殴られて保健室へ。桜庭は悪戯よろしく教室の入り口に仕掛けられていた釘入りの熱湯を顔に被り、やはり保健室へ。
大がかりな仕掛けにも拘らず、先生を含めて誰も実行犯を見ていない奇妙な現状。犯人は確実に居るのに、ただ手口だけが増やされていく。
―――な、何なんだよ!
ついに怪異毒が俺達だけでは飽き足らずクラスメイトまでも巻き添えにしようというのか。それともデスゲームはそんなにも知られてはならないのか。ならば凛にその存在を教えた者は!? 凛は!?
そんな事よりも―――。
「………………ッ」
デスゲームを同じく知っている筈の澪雨は、まるでターゲットにされていないばかりか、此度の事情を把握できていない。デスゲームの知名度が上がってから明らかに奇妙な事が増えたので知ってしまえばだれでも標的かと思ったが、彼女だけは例外なのか。一方で凛の姿は教室にない。恐らく身を守る為に逃げた。
だったら俺も逃げるだろ!
教室を出ようとした瞬間、俺は誰かに足を払われて転倒。振り返っても誰も居ない。だが確かに一瞬だけ足はそこにあった。
「…………」
考えがまとまらない。混乱している。恐怖している。訳の分からない事態に脳の処理がパンク中だ。この現象について一行でもまともに解説出来るならまだ余裕があった。しかし何もかもさっぱりだ。分からないなりに考えよう。
菫コ縺ッ縺ゥ縺薙↓騾?£縺溘i蜉ゥ縺九k?
犯人が誰かなんて考えても無駄だ。これだけの人数を一切見つからずに狙える人類は存在しない。考えられるのは『口なしさん』や『偽ヒメサマ』のような怪異の仕業―――もとい、デスゲームとしようか。
何故こんな真似をするかはさておき、何かしら危害を加えたい時に都合よく物や手足を出せるならどこに逃げたって変わらない。逃げた所で解決しないのではないか?
じゃあ解決方法はというとまずこの前提さえ仮説に過ぎない以上解決方法が明確に示されるなんて事は―――
「何、邪魔なのよね」
澪雨の存在など無かったかのように、何者かから攻撃を受け続けたクラスメイトが壱夏の机を囲っていた。
「お前は……何で攻撃されてないんだ!」
「知らないわ。ずっと観察してるけど犯人なんて見てないし、さっきから信じられないくらい物が勝手に動いてるの。あんまり巻き込まれたくないから放っておいて」
「お前が犯人だ!」
反金の取り巻きこと鏑木誠也が言い出すと、都合の良い犯人が見つかったと言わんばかりに女子たちも賛同し始めた。やはりここでも澪雨の存在は無視されている。澪雨も、辺に勘繰られたくないからなのかもしれないが身動きが取れないでいた。お嬢様に柔軟な対応を求めるのは酷だ。彼女には何もしないでいてくれた方が動きやすい。それはどうしようもない事実。下手に壱夏を気に掛けた結果、何かの間違いで外へ出た事にされるとも限らない。
澪雨は夜を除いた時間帯では、常にコドクでなければいけないのだ。
「おい誰か先生に言いに行こうぜ。授業もこいつのせいでぐっだぐだだったろ」
「平常点どんくらい減るだろうなッ」
「いやいや、普通退学でしょ? まじあり得ないんですけど」
「ねえ、ちょっと待って。私は何も―――」
「何もしてないって言ってるんだから信じてやれよ! それでもクラスメイトか―――」
もう一度教室に針生と、今度はたまたま開いていた窓からナイフが投げつけられてきた。距離があっても躱せる道理はない。たまたま体に当たった方向が柄だったので大事には至らなかった。
「…………っ」
場を収めるつもりが、恐怖で声が出ない。情けなく尻餅なんてついて、僅か数回転のズレに神様ほどの感謝を抱きながら震えている。高校生にあるまじき失態だ。正直、羨ましく思う時がある。殺される恐怖より先に怒りが湧いてくるクラスメイトの生存本能に。俺には怒りなんて湧いてこない。殺されるくらいなら殺してやろうなんて思えない。殺される恐怖で頭が一杯になる。抑圧が、今でも俺の理性を縛り続けているように。
「…………ほ、ほらなッ。壱夏は何もしてないだろッ? 分かったら……離れて、やれよ」
クラスの皆が何故俺の発言に限ってこうも注目しているのかと言われれば、答えはいつも通りだ。
俺の平常点が、満点だから。
長い物には巻かれろという教訓が、澪雨を孤立させている様に。圧倒的平常点の持ち主に逆らえば自分の点数が下がるかもしれない。そんな学生特有の点数至上主義が働いた結果、日方悠心には妙な発言力が身についてしまった。
「そ、そんなに心配なら……残り時間は俺がそいつと過ごすよ。それでい。いいだろ」
「…………そんなのあり?」
「被害者面して点数稼ぎとかだっる」
「確かめられるなら良いんじゃないか。俺は送り出してもいいぞ」
「俺っちは無投票でよろしくぅ」
身体の震えが収まってきた。大勢に囲まれ左目から怯えの表情を見せる壱夏の手を掴み、教室の外に連れ出す。
「……満点なのに、これ以上平常点を稼ぐ意味なんてあるの?」
「いいから! だまって! ついてこい!」
襲われていないなら実感もわかないか。殺される恐怖という物は人を情けなくさせてしまう。この選択も最悪だ。逃げても無駄かもしれない仮説が直前で立ったばかり。無駄かもしれないがこの場は離れるしかないとすると。さて。
何処が一番。安全っぽいか?




