薄氷厚利の友情
「終わった―――」
日が暮れると言わずに一時間半程度で終了した。勝因を尋ねられると壱夏が思いのほかというのも失礼なくらい有能で、作業速度が段違いだった事だ。真夏の日差しに晒される中で制服のまま掃除は相当辛いと思っていたのだが、彼女は顔色一つ変えずにタスクをこなして。
「…………まじ、疲れた。手伝わなきゃよかったわ」
俺と一緒に、日陰になった場所で壁に背中をつけてぐったりしていた。
「……これとっとと終わらせてカラオケ行こうとする阿呆が居るってマジか?」
「…………とっとと、行けば?」
「いや無理。体力無理。終わり終わり終わり終わり。あーもうまーじーでーつーかーれーた」
「あはは。私も疲れちゃいました! 先輩……隣、いいですか?」
拒否する元気もなければ気力もない。声だけは元気そうだが、流石の元気娘も疲れを隠せていない。俺の隣に座って、ホースを渡してきた。
「…………え?」
「それ、私に掛けてくれますか?」
「―――あー。はいはい。ほらよ」
ホースの水は管を通ったが最後重力に負ける程度の勢いだ。晴は水の冷たさに一切の拒否反応を見せず、「つめた~い」と恍惚の表情を浮かべていた。
「じゃあ私も掛けてあげますね!」
「え、これ交代制だったのか?」
「日方先輩はじっとしててくださいねッ」
まあ疲れないならその方が良いだろうと攻守交替。晴は顔から足にかけて丁寧に水を掛けてくれた。単なる猛暑対策とはいえここまで水を自由に使えるのも俺達の特権みたいな所がある。始まってから終わるまで、誰も様子を見に来る事は……壱夏は来たが。
「私も掛けてよ」
「え?」
「え?」
「いや、え? って。私が手伝ったから終わったと思うんだけど、私だけ放置するつもり?」
「別に俺達はいいんだけど……お前制服だろ。今は涼しいかもしれないけど後で文句付けられる未来が見える」
「………………………はあ。水着、持ってくれば良かったわ」
「お腹くらいだったらやってもいいぞ」
「ほんと。じゃあお願いするわ。はい」
はい、ではないが。
ブラウスを縛ってまで露わになった腹部は白く綺麗で、水を掛けろとは言われたがヘソに突っ込みたくなる。多少スカートの方は濡れるかもしれないが本人がいいなら大丈夫かと迷いを断ち切り、いざ放水。
「ひゃあああんっ!」
「おま―――なんて声出すんだ! やめろよ!」
お腹に水が掛かった瞬間、怠そうに喋っていた壱夏が色っぽい声を上げた。慌てて水を逸らした方向にはたまたま晴が居て、こっちはこっちでびっくりはしていたがそれだけだ。
「冷たいわ」
「いい事してる筈がなんか悪い事してるみたいだから抑えてくれ」
「別に実際は何もしてあああああひいいああああああああん!」
喘ぎ声を響かせる事、実に三分。お腹から下がぐしょぐしょのずぶ濡れになった同級生の姿がそこにあった。
「有難う……でもスカートずぶ濡れになったわ」
「俺のせいかこれ!? 水掛けろって言ったのお前―――」
「スカートまで濡らせとは言ってない。パンツまで濡れちゃったわ。貴方って変態なのね」
「お前マジ―――」
「…………っぷ。あはははは! 先輩達、仲良しなんですね! 本当に交流ないんですかッ?」
「晴。これの何処が仲良しに見えるんだよ。俺は冤罪を被せられそうになってるんだが」
「そうですか? でも壱夏も最初に来た時と比べてちょっとリラックスしてますよ」
「してないわ」
「してます!」
「してないわ」
「してます!」
本当に仲が良いのはこの二人ではないのかという気がしている。同性というのがやはり馴染みやすいのか。上辺だけの友達付き合いでカラオケに行くよりこの二人と絡んでいた方が楽しいと思えるのは、まだ俺がカラオケに行っていないからだろうか。
「…………なあ二人共。今からカラオケが出来る体力を作る方法を教えてくれ」
「諦めれば。どうせ、乗り気じゃないんでしょ……それとも、それが平常点を獲得する秘訣?」
そういう問題ではないのだが、カラオケ……今から着替えて、この炎天下の中よく知らない店を探して……カラオケ。大して仲良くもない奴らと。別にサクモとか喜平とか凛とか椎乃とかいない中で……カラオケぇ?
堂々巡りな感じから分かると思うが、確かに乗り気ではない。プール掃除は本当に疲れた。疲れた疲れた疲れた疲れた。いい感じに俺を甘えさせてくれる人物とかいないだろうか。居ないか。
「あーじゃああれでいいや。スリーっていうカラオケ店が何処にあるか知ってる人」
「私、知ってますよ! たまに友達に連れていかれますから!」
「おお、有能。じゃあちょっと……案内してくれ。俺に探す気力はない」
「お安い御用です!」
壱夏は置いていく。彼女はこの戦いについてこれそうにないと判断した。
「…………」
元々ついてこようとも思っていないだろうが。
「ここですね」
晴の案内を受けてようやくやってきたが、歌う気力が回復した訳ではない。現在時刻は午後四時半。まあ部活がなくて早上がり且つ、プール掃除をすればどうやってもこれくらいの時間になる。まだやっているのだろうか。
「本当にありがとう。探す手間が省けた」
「いえいえ。日方先輩の助けになれたならそれで大丈夫です! それじゃあ、私はこれで……あ、そうだ。今度は私と一緒にカラオケ行きましょうッ? きっと楽しいですから!」
「俺、歌は上手くないぞ」
「気にしませんよ! こういうのは雰囲気が大切なんです!」
やんわり断ろうとしたつもりだが、思いのほか行きたそうなのでつい頷いてしまった。その流れで立ち去ろうとする晴は、俺の姿が見えなくなるまでいつまでも手を振りながら笑顔を絶やさなかった。前方不注意につき転ばなければいいが。
「いらっしゃいませー」
「あ、すみません。なんか学生の大人数が入ってる部屋ありますか?」
もしお開きになってるならそれはそれで非常に助かったが、残念ながら部屋は存在した。隠しきれない疲れを顔に表しながら教えられた場所へ向かうと、男六の女四に分かれた部屋は俺が居なくてもボルテージが最高潮に到達していた―――
「待たせた」
「日方じゃん! おそーいけど待ってたー! 私の隣に座りなよー!」
「つーか桜庭の隣しか空きがないんだけどな。どうしてもこいつがお前の隣に座りたいって」
「はいそこ、余計な事言わない」
騒がしすぎて頭がクラクラする。本当に空いている場所がそこしかないので座り込むと、桜庭が身体の側面をぴったりとくっつけてきた。
「……何歌う?」
「歌いたくないなー」
「やば! 日方お前、カラオケ来て歌わないとかマジイミフだぞ!」
「高井は黙ってなよ~。あんな奴気にしないで。歌に自信がないんだったら一緒に歌おうよ」
「…………そこまで言うなら、分かった。歌うよ」
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「所でさ、日方はどんな女の子がタイプかな?」
「………………特にそこまで拘りはないけど。まあ強いて言えば俺の味方で居てくれる人かな」
「何それ」
間違った事は何も言っていない。どんな事があっても味方で居てくれるような、俺がどうしようもなく情けない事になっても見放さないような、そんな包容力のある人が。
『悠心は私の彼氏なんでしょ?』『私の味方をしてよ!』『悠心ってかっこいいし頼りになるし、本当にもう……私の王子さまって感じだね!』『カラオケ……私は好きだよ? 悠心の歌』『悠心って甘い物が好きなのなんか意外。今度デートする時に食べよっかね?』『悠心。もし私に気になる人が居るとしたら、どう思う?』『好きなタイプは悠心みたいな男の子……かな? えへへ』『悠心ってこんなに素敵なのに何でモテないんだろうね。私が居るからとかじゃなくてさ。こうなる前も別にモテてなかったでしょ』『わーお! おっとこらしー!』『私、実は結構腹筋フェチでねー。悠心のとか、すっごい好み♡』『いや、彼氏なら助けてよ』
「適当に選曲選曲ぅ! 日方、準備はいいね?」
「…………ん。 そうだな」
マイクの重さが手に馴染まない。流れる曲も暗記はしていない。何となくで歌ってみよう。どうせ俺は上手くない。最初から下手だと分かっているなら気が楽だ。クラスメイトとの交流が本当に楽しいかどうか、見定めるとしよう。
ネエネとお風呂で一緒に歌っていた時は物凄く楽しかったのだが、あれと同じくらい楽しければ……楽しい事を切に願う。




