迎えた夜に闇は宵宵
「大変、残念な知らせがある」
代わりに俺達の担任となった教師―――心田賢哉は夏休み直前を目前にしたHRで大声を上げた。
「この町に―――夜に外出している奴がいる」
発覚した理由に、夜更かし同盟は何ら関係がない。では誰が戦犯なのかと言われると、別に誰が戦犯という訳ではない。強いて言えばあの予言だ。一体何人が餌食になったのだろうか。あれだけ大騒ぎしたので当たり前だが、流石に認識されてしまった。ただ、夜が騒がしかったからと言って誰かが新たに家を出た訳ではないと思われる。そもそも外に出る訳がないという共通認識があるのだ。
頻繁に禁忌を破る俺達はいざ知らず、純粋にその決まりを守る人間が外から物音が聞こえた所でまさか外出を……などと思うだろうか。気づいたきっかけは多分あれだ。町内会の人間が外に出ていたのだろう。表向き遵守している様で、決まりを制定した側は守らないなんて映画やゲームではお約束に近い。事情を知る凛からの情報なので信憑性も高い。
ただ、このクラスには予言騒ぎを知る人間は居てもそれと夜の外出が繋がる者は少なかった。誰か少しくらい茶化せばいいものを、血相を変えてクラス内で犯人捜しを始めている。俺は不安そうにサクモと―――寝落ちしかけている喜平を見た。
――――――ほんと、元に戻ってくれて良かったよ。
予言の影響を受けた人間は全て外出しているものと思っていたが、喜平はなんとあの後もしつこくサクモに付き纏っていた様で、流石に堪えかねた彼の手で宿泊もとい監禁された。夜に外へ出てはいけないだけで、別に宿泊に関するルールはない。それは家庭内の裁量だ。宿泊は許さない家もあれば相手が大丈夫なら許す家もあるだろう。それで奇跡的に、喜平は予言の影響から逃れ、且つ五体満足に生き延びた。
何が予言だ。災厄以外の何物でもない。俺は本当に…………不審者が居なければ立ち直れそうになかった。だから誰なんだアイツは。
「まあ待て! 落ち着くんだ。俺はこの中に居るとは一言も言ってない。ただ、居るかもしれない。少し前には夜に外出しようみたいな話も上がっていたそうじゃないか。そこで、例外的に平常点を全生徒に向けて公開しようという事になった」
「どういう事ですか?」
「数字は嘘をつかない。しかもこの数字は今まで非公開だった物だからテストと違って改竄の危険もない。平常点とは授業態度や提出物だけで計算されている物じゃない。点数が高い奴は模範的な生徒だ。繰り返すが犯人捜しをするつもりはない。だが平常点が高い奴は除外しても良いとは思わないか?」
ここに来て、学校の制度に変化が訪れた。夜を探るのはそこまで都合が悪いのだろうか。襟で隠した痣を優しく撫でる。こいつは結局『ヒキヒメサマ』とは何の関係もなかった。ただ濃くなっているだけだ。タイムリミットだとするなら長い、遅い。
「また、これに伴い内部通報制度を開設する。もし夜に外へ出ようとする人間、出た人間が居れば俺に言ってくれ。もしその情報が確かなら平常点を……三〇〇点プレゼントだ」
「すみません。因みに夜へ出たらしい人は……どうなりますか?」
俺の問いに、先生は青筋を浮かべながら机を叩いた。
「んなもん退学に決まってんだろ」
そんな先生の手で黒板に書かれた平常点のランキングは、何となく全員の想像通りだ。ただ一人の―――異物を除いては。
「は?」
「嘘だろ…………」
「…………」
ああ、俺はゲーム好きの高校生。特別目立つ要素はない。平常点一位は木ノ比良澪雨の六〇〇点。その下に連なるのは勤勉さや真面目さが取り柄、或いは勉強が好きな変わり者だ。その中にただ一人、同率として並ぶ男が一人。
まあ、俺の事だ。
クラス全体のどよめきは嫌でも聞こえてくる。サクモと喜平だって例外じゃない。まるで知っていたと言わんばかりの反応を見せると怪しまれるので信じられないと言わんばかりにこれでもかと口を開けてみたが、どうだろうか。
先程も先生は言った。不正はない。そもそも公開される筈のなかった点数だ。クラスメイトが改竄を疑おうにもそれは学校の権威を疑うに等しい。
「俺も初めて見たが……おい日方、お前澪雨と同じなんて凄いな! みんなも日方を見倣え! 間違ってもイジメなんてやめろよ。平常点以前の問題だ。我が校はいじめを許さない!」
イジメを許さない、ね。
予言のせいでイジメを通り越して集団リンチみたいになりかけていた奴もいたが、その件には触れずか。それとも、喜平を除くと全員死んだから無問題なのだろうか。だから『口なしさん』の時の比ではなくクラスの人数も減ってしまった。夏休み前だと言うのにクラスの再編集が行われた。一クラスの人数を減らして露骨に減ったクラスに補充した形だ。夜に外へ出たからってそこまでやるか、と聞いた時は唖然としてしまった。
基本的には悪い事しかないが、凛が同じクラスに移動してきてくれたのは不幸中の幸いだ。違うクラスに居るのはそれだけで話しかけ辛かったが、これで多少はやり取りも出来るようになった。
「あー黒板が使えないからこれは消すんだが、知りたい奴にはいつでも教えてやる。ただ、何が原因で増えたとか減ったとかは教えられないからな。そこは覚えておいてくれ。HRは以上だ!」
興奮冷めやらぬ中、俺に声を掛けに来たのはサクモと喜平の二人だ。
「お前、凄いな」
「いやー、俺っち二〇〇点かー。うーん残念だなー! 何でだろうな~」
「俺達と一緒にゲームやってるだけの奴が優等生か。不思議な気分だよ」
「平常点だけだぞ? ていうか俺も信じられねえよ。テストじゃお前らと似たり寄ったりだってのに」
「あれじゃね? 半分寝すぎて頭が冴えたとか」
「だったら半分寝てみるかお前も。意外と辛いんだぞ」
すっかり開くようになった左目をわざとらしくパチパチ動かして揶揄う喜平を誤魔化しつつ流す。
元通りとはいかないが、俺の左目はとりあえず回復した。
「遅くなったな」
登校する前の朝。または予言をやり過ごした翌日。窓でずっと俺の寝顔を見ていたらしい不審者に、最初は心臓が止まるかと思った。窓を開けると土足で入ってこようとしたのでぶん殴ろうかと思った。「冗談だよ」と言われたが、真実は怪しい。
「…………何だよ」
「左目の代わりだ。失明したままだとその内限界が来る。義眼は用意出来なかったが、代わりに肉眼を用意した。ほら」
そう不審者が手袋の上に広げたのは肉眼というより、球体のぶよぶよした変な生物……生物、だろうか。多分生物。
「な、何だよこれ。きもちわる……」
「寄生生物だな」
「は、き、寄生……いや要らねえよ! 何でこんなもん」
「安心しろ。コイツを眼窩に嵌めた所で脳に語り掛けてくるとかそういった悪影響はない。強いて言えばこいつにも空腹があってな。食事をしてやらないと体内を勝手に食い荒らすぞ」
「大問題だよ! 義眼でいいのに、何でこんな気持ち悪いモンを……!」
「また、手遅れになっても知らないぞ」
ボイスチェンジャー越しの声が、いつにも増して冷たく感じる。声音自体は高い電子音なのに、何故こうも俺の心に冷たく突き刺さるのか。
「もう契約したんだろう? だったらもう同じ手は使えない。義眼で見た目は誤魔化せても性能は誤魔化せないからな。いつまでも視界が半分のままだったらその内不都合を感じるだろう。そのせいで誰かを助けられないなんて事も……それでも要らないのか?」
「………………」
開いた窓から風が入り、カーテンが揺らぐ。真っ白い仮面に焔模様のローブ、手袋。不審者という言葉はこいつの為に生まれたかのような出で立ちだが、何故こんなにも味方なのか。俺も多少、見た目だけで判断せずに信用している。
「―――聞きたいんだけど、お前は結局敵なのか? 味方なのか?」
「この件にお前が首を突っ込んでる限りは味方だ。お前達にとっても敵じゃない。それで、どうする? 生き延びる為に―――目を手に入れるか、それとも人間の尊厳とやらで拒絶するか?」
俺は。
不審者から気持ち悪すぎる生物を受け取ると、強引に瞼をこじ開けて眼窩に突っ込んだ。
これも、生きる為。後悔しない為だ。
「―――言い忘れていた。お前の視界となる為にそいつは片っ端から神経と繋がろうとする。痛いぞ」
「ア゙ガ゙痛゙#$%&゙(())’!”アア゙アが゙アァァ゙ァ゙アアアアあ゙あ!」




