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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
三蟲 天上天下在す予言

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生誕祭

 駐車場に集まっているのは良いが、流石にあの中に混じるのは危険な気がして、遠くで観察するに留めている。実際、危険だと思う。これまでは普通の人も用事さえあるなら居てもいい場所だったが、こんな車一台見当たらない場所に集まるのは紛れもない同志しかいない。溶け込んでおいて何だが、俺達はたまたま居合わせただけの一般人だったと、そう思わせた方が良い。本当に、何か、危ない。

 車がないのは単なる偶然な事くらい知っているが、それでも怪しい雰囲気だ。駐車したくてたまらないドライバーもこんな怪しい集団を目撃したら颯爽と駆け抜けるに違いない。関わってはいけない物を見たと言わんばかりにアクセルを踏んで、十中八九突き当たりで事故る。ブレーキとアクセルを踏み間違える人間も、これらの人間の集まりがまともな物だとは思うまい。

「何してるか分かるか?」

「食事……かな。私達もおやつたべよっか」

「はやすぎる。ただ食事って言ってもなんか……何だ?」

 彼らは話し合っている様にも見えるが、実際は何をしているのだろう。凛の意見は恐らくコンビニで買ったお弁当等が詰められたレジ袋から中の物を取り出している事から出たのだろう。レジ袋から弁当を取り出したなら食べているに違いないという意見は分かるが、食べているにしては動きがおかしいというか、何故こうも外に背中を向けて隠すのか。

「……これ以上近づいたらバレるよな」

「私なら気づく。それも込みの集合でしょ。ドローンなんかあれば真上から見に行けるけど。持ってないしなー」

「澪雨ってお嬢様なんだからドローンくらいほいほい出ないのか?」

「町の外に頑として出させない閉塞的な教育してる所にそんな柔軟性あると思う?」

「…………ごめん」

「うん。じゃあどうしようかねー」

 携帯のマイクを向ければ集音くらいできるかと思ったが、市販の携帯にそんな機能はない。あったとしても十五メートル程離れた所から他の雑音を一切拾わずピンポイントで音を拾うのは無理だ。ゲームで集音マイクが何となく好きだったなりの発想だったが、忠実に再現しようとすると俺は特殊部隊の人間でなければならない。何もかも前提が違い過ぎた。

 結局買ったばかりのお菓子をつまみながら行動を観察している。何か変化さえあればそれ次第だが、外側の男性が空の弁当箱を輪の中から弾いた。

「…………食べ終わって……ポイ捨て?」

「……食べ方、汚いけど」

「食べてくないかあれ。弁当ひっくり返した後とかあんな感じで散らかってるよな」

 ここから導き出される結論は革新的でも何でもない。予言に食べ物を粗末にしろと言われたのかという程度。それを皮切りにポイ捨ては加速する。ポイ捨てというには手癖というより邪魔だからどかしているだけにも見えるが、地面にゴミを置いてるのはポイ捨てだ。迷惑防止の名目で通報したら逮捕してくれないだろうか。いや、それをしたら色々と台無しなのはわかっているが、目の前でポイ捨てされると流石に気分が悪い。

 お前達は倫理や道徳心と引き換えに予言が聞こえる様になったのかと。もしそうだとしたら予言は最悪だ。

「日方君は綺麗に食べる人?」

「ん? …………普通くらいじゃないか、サンドイッチで察してくれ」

「サンドイッチだしなー。分かる事があるとすれば……美味しそうに食べてくれるって事くらい」

 食べ方を褒められたのは初めてだ。十数年の人生、そこを褒められた事はかつて一度もない。てっきり俺の反応を楽しみたいのだと思っていたが、彼女の視線は預言者ご一行に向いている。自分でもはっきり分かるくらい赤面したのを隠せたのは奇跡に近い。

「ねえ、待って。あれ」

「ん。ん……?」






 固まっていた集団が開けると、中心にいた女性が顔を青くしながら横たわっていた。






割りばしを噛みながら震えているがその繊細な表情までは距離が遠くて分からない。お腹が膨らんでいるのは妊婦だからというより、周囲に散らばった弁当の空箱が全てを物語っている。確かに弁当は食べていた。否、食べていたというより流し込んだという方が正しいだろう。それぞれの胃袋に入る代わりに、あの女性が全てを肩代わりしたのだ。

「…………! ツ!!」

 距離が開いているとはいえ、遠目に見るだけでも吐き気を催す声やら咳が聞こえてくるようだ。散らばった空箱を数えた限りでは十個以上。大食いの人でもないと胃袋に収めるどころか食べ物を見るだけで辛いだろう。満腹にそれ以上はない。喉が拒絶し、舌が吐き出し、気分は限りなく最悪に近づく。それでも無理やり食べた人間があれだ。或いは……無理やり食べる為に、周りが協力していたのか?

 ただ強要させられていたなら叫び声をあげるなり物理的な抵抗をすれば良いだけだ。恐怖で体が竦んでいるのだとしても、声を出すくらいはできる筈。これまで行動を共にしていた事実も踏まえると、やはり周りはただ補助をしていただけなのではないか。

「……見える、日方君。周りの人の顔」

「いや……まあ、じっと見てるな」

「笑ってる……ううん、喜んでる」

「は?」

 まさかとは思いながらも、微妙に距離を縮める。横たわってるとはいえこちらの方向に顔を向ける女性に気づかれるリスクはあるが、あんな息をするのも苦しいような状態では正常な判断も下せまい。ただし、そんな彼女も笑っていた。

「何故……笑ってるんだ?」

「さあ…………神のみぞ知る事ですよ。予言を神が下しているならば、ですが」

 俺達には理解が及ばない、したくもならない。これまで預言者に抱いてきたイメージは傍迷惑と奇怪な狂気であったが、ここに来て明確な不穏が立ち込めている。悪意の片鱗が見えたというか、いよいよもって予言とやらは胡散臭いというか。

 露骨に体型が変わるまで暴食を繰り返した女性を、周囲の人間が持ち上げた。神輿というか担架というか、とにかく大勢で両手足を固定し、身体の正面を真上にしている。


「おとーさーん!」


 俺達が監視の為に潜伏する通路とは正反対の方向から子供が走ってきた。その手には携帯、そして女性の暴食を補助した男性の一人も携帯を握っている。子供も一直線に抱き着いていったし、彼が両親で間違いない。

 

 ―――ああ、最悪だよ。


 子供は親の言う事に逆らえない。親どころか、大人の言う事には基本的に抗えない。学校の先生が言うからには間違いない、自分の親が言うならそうに違いない。子供の頃は自由な反面、あらゆる主観に抑圧されている。

 俺は恩の関係で両親に頭は上がらないものの、それ以前―――つまりネエネが居た頃はどうなのかというと、殆ど言いなりだ。反抗期なんてものはなかった。強いて言えば今が反抗期かもしれない。喧嘩くらいはした事あるが、いつも負けるのは俺、泣くのは俺、両親のどちらも謝ったりはしない。言い負かしたもの勝ちだ。だから俺はずっとネエネに甘えていた様な気がする。

 あの子供に姉が居るかどうかはともかく、親の言う事を疑うのは難しい。だから親が予言の影響を受けていた場合、必然的に子供も影響を受けてしまう。あの不審者の言う事が本当ならば。

「うんー! 分かった! たくさん呼ぶね!」

 子供の声だけが大きいので良く聞き取れる。話している内に黒いワゴン車が到着し、預言者ご一行はそれに乗り込んだ。皆で担ぎ上げた女性も一緒に。窓にはカーテンが引いてあるのと、何となく大勢で一人を攫った感があって誘拐と勘違いしてしまう。

「後を追った方がいいか?」

「見失うと思うけど。一応?」

 相手は文明の利器、こちらは単なる足。速度の違いは明らかで、車が発進したらもう追いつくのも厳しい速度になった。道を曲がればすぐに見失う。奇跡的に信号に捕まってばかりでもない限りは追うだけ無駄かもしれないが。

 何のために腹ごしらえをしたと思っている。質より量だ。この町だって無限じゃない。体力の続く限り探せばきっと見つかる。

「見失わなかったら、幸運だね」




 



 

















 


 途中、デートという体も忘れて二手に分かれたり、普通に合流して昼飯を摂ったりと、もう自分達でも正しいのか間違っているのか分からないような探し方をしたが、あの怪しい集団を見つける事は出来なかった。似たような車は何度も見かけたが似ているだけで、他の預言者も同じ場所に向かっているかと思って再度追跡しようとしたら、今度は警戒心全開。凛だけは取り入れそうな雰囲気もあったが、遠くから付いていくというのは難しそうだったのと…………朝の女性みたいな目に遭わされたらと思うと悍ましくて仕方なかったので俺が引き留めた。

 

 時刻は午後五時。


 そろそろ、夜が近い。

「もう帰った方が良いかもな」

 凛の住所は知らないので送るような事は出来ない。帰り道が違うならいつどこで離れても問題ないのだが、途中までは一緒みたいだ。何を言わずともついてくる。手を繋いで。多分デート感覚の延長で。

「…………日方君って、誰かと交際した経験ある?」

「……何でだ?」

「手、繋ぎ慣れてるみたいだから」

「……………………一応な。後学の為に色々聞いておきたいとか言うなよ。転校前の話だ。もっと言えば破局した。あんまり言いたくない」

「私は一度もない。いつかはしたいとも思ってたけど……澪雨様の傍を離れるのはよくないし。ね。だから貴方は単なる偽装工作とかそういう風にしか思ってないかもしれないけど、私にとっては初めてのデートよ」

 繋いだ手を通して、凛の体温が仄かに上がっていくのを感じ取る。こんな余韻に浸っている場合ではなく、理想は反省会や夜に向けての方針を決めておく事なのかもしれないが。

「こんなタイムリミットがあるせいで変な感じになってるけど、解決したら今度こそデートしたい。山でも、川でも、海でも。その時は付き合ってよ。貴方からすれば、茶番でもいいから」

「……………………熱烈だな。まあ基本的に暇だし、付き合うよ。ゲームの約束がなかったら」

「さいてー」

「そう、最低なんだよ俺は。ふっふ。澪雨も誘うのか? 別に俺は構わないぞ。世間知らずなお嬢様が慌てふためく姿を見られそうだからな。特にキャンプとかは」

「………そうね。そうなれたらいいね」

「…………?」

 さあ、夜が来れば帰る時間。ここから先は人の時間じゃない。

 手が、離れた。

「私はこちらから帰ります。ではまた」

「……ああ、また」

 夜に関する話題は出来ない。一度だけ振り返ると、このデート中髪を結んでいた凛が縛りを解き、風の流れに任せて髪を靡かせていた。

 

 夜になったらどうした物か。


 結局車は見失ってしまったが、明らかに預言者は不審な行動を取っていた。その事について話し合えば少しは収穫も見込めるかもしれない。家に帰るのは億劫だ。どうやってこの左目を誤魔化そう。

 玄関の前に立った瞬間足が動かなくなった。どうしても入る気にならない。気を紛らわせるために携帯を見ていると。椎乃から連絡が来ている事に気づいた。



『ユージン。もし予言が正しいなら、私の願いは叶うのかな』





 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっとデートとしてあれな点はあったがラブコメ要素としては素晴らしかった… [気になる点] 推乃に何あったんだ…せっかく関わらせないようにしてたのにこれじゃ不味い…非常に不味い… [一言]…
[一言] いつかこの話をして、懐かしめるようになるといいですね。 椎乃がこんなカルト集団みたいなのの仲間入りしたら泣きます。 そして珍しくラブコメ成分がある、、、。
[良い点] 凛のヒロイン力がドンドン上がっていく [気になる点] なんか初恋相手さんに似たような人を丁度最近読んだなぁ(緋桜灯李) あっちとは違って悪意は無かったと思いたいけど… [一言] 女性に骨格…
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