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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
三蟲 天上天下在す予言

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闇を隠すなら夜の中

「はあ、はあ、はあ…………もーう。最悪だ!」

「日方先輩、大丈夫ですか?」

「お前は……疲れてないのか……」

「はい。これでも陸上部でしたから。あ、でしたというのは退部した訳ではなく―――」

「あーもういいもういい。知ってる。分かってる。大丈夫だ」

「ユージン程じゃないけど、私も疲れたー……」

 凛が教えてくれた秘密基地を勝手に使うのもどうかと思うが、やっぱりここぐらいしか安全な場所は閃かなかった。晴はけろっとしているが、現役で走っていた奴とは流石に体力差がある。夜に走り回っているお陰で多少体力はついていたがそれでもまだまだだ。息を整えないと。

「このお家は、日方先輩のですか?」

「こんなボロ家に誰が住むか。そういう権利関係は気にしない方がいい。大体今の立場からして、悠長に気にしていられるのか?」

「ユージン……ちょっと、寄りかからせて あ゙~つ~い~!」

「俺とくっついたらもっと暑いだろうが。後べたべたする」

 忠告はしたが椎乃には正常に判断出来る余裕がなかったか。俺の首に手を回して、身体全体をひっかける様に抱き着いてくる。案の定暑苦しいが、夜に比べれば日中の方がまだマシで、椎乃の体温を加味して微妙に上回っている。

 

 ―――懐かしい、感覚だな。



 ネエネに抱きしめられていた時、彼女の心音をありありと感じていた。どんな事があっても落ち着けたのは、生命の脈動とも言えるそんな鼓動を聞いていたから。

 椎乃の鼓動は、激しくなっている。ケロっとした雰囲気を出しておいて、精神的には相当参っているというか、驚いている様だ。晴に聞こえないくらいの小さな声、吐息にほぼかき消されるくらいの声で、彼女は囁くように漏らした。

「…………怖かった」 

「…………あー。俺、暑いからさ。もう少ししたら離れてくれよ」

「お二人は、交際関係にあるのですか?」

「いや、女友達だ。疲れたから血迷ってんだろ。気にすんな」

 この家に扇風機を持ち込んでも電源がないので使えないか。ポータブル扇風機をこんな事の為に検討するか? 暫く休憩を取っていると、元気を取り戻した椎乃が汗ばんだ表情で笑った。

「あっつ! あっついよユージン! 離れた離れた! さあさあさあ!」

「お前から来たんだろうが……」

 サクモを置き去りにしたのは心残りだが、いつまで経っても追手がやってこないのを見るに、撒く事には成功したみたいだ。俺がするべきは情報収集か。ここに来るまでに何事もなかったから三人は集まっている訳だが、それが一番問題だ。

「さて…………」

 ボロ机に手を置きながら話を切り出そうとした所で、晴が水筒の蓋を差し出してきた。帰る時には当たり前だが鞄を持って帰る。この金属製の円柱みたいな水筒は、晴の鞄から取り出された物のようだ。

「日方先輩もどうですか?」

「……これっぽっちの水分補給なら別にしなくてもいいような」

「いや、結構違うんですよ。ささ。一杯だけでも」

「……有難う」

 中身はただの水だったが、よく冷えているので最高に美味しかった。二人して水分補給をしていると椎乃が物欲しそうにこちらを見てきたので、俺が言うより前に晴が一杯をプレゼント。仮にも俺達は先輩の筈だが、何故だか後輩に世話されているような。

「……まず、色々確認したい事がある。えーと、晴」

「はい!」

「経緯を教えてくれ。何があったんだ?」

「それが……ですね。先輩方と別れた後、HRまで頑張って切り抜けてたんです。無視するのは申し訳なかったので、頑張って話題を逸らしたりとか……違う話を始めたりとか。申し訳なかったですけど」

「言ってる場合か……少し気になったんだが、予言を受け入れようとは思わなかったのか?」

「だ、だって怖いじゃないですか! 様子も段々おかしくなってきたんです。言い方はその……思いつかないんですけど。これに従えば良い事が起きるっていう感じから、従ってくれないと困るみたいな……すみません! どういえばいいか思いつかなくて」

「…………椎は?」

「ん。大体似たような感じだよっ。私は無視したけどね。訳分かんないし。ただこっちは強硬手段って言うの……無理やりにでも言う事きかせるみたいな。男子一人二人とかなら私も暴力で応じるんだけど、ちょっと全員は……」

「…………そうか」

「これで何か分かったの?」

「まあ、一応な。例えばここに来る際に俺達は商店街を抜けたな。一番近かったから、人ごみに紛れる事が出来るからって理由だ。でもこの予言はいつぞやの『口なしさん』みたいに学校だけで広まってる物じゃない……筈だ。俺は外でも同じように『右』を見てる人を見た」

「右? ねえユージン。右ってそれはどういう方向から言ってるの?」

「俺から見た右…………いや。ん? あれ?」

 確かに多くは自分から見た右方向だが、トイレから帰って来た時、クラスメイトの殆どが俺を見ていて、何故か俺はそれを『右』だと思った。その状況で右と言い切る場合、視点は教室の正しい向き―――黒板を正面に据える方向から見る事になる。

「あー……そう、だな。まあ、今はいい。大事なのは影響が外にもあるって事だ。だけど実際に俺達を悩ませてきたのはクラスメイト……この事から、予言の押し付けは影響を受けた人間の知人が優先されると考えられる。でなきゃ無傷で商店街を抜けられるとは思えない」

「でも私、知らないおじさんに同じ感じで頼まれましたよ。この靴を履いてくれ……みたいな。勿論、逃げたんですけど。不審者ですから」

「…………? そう、か。だとしたら厳密な部分は違いそうだがまあでも優先されるのは間違いないと思う。俺と椎は同じ学年で違うクラスだからそれぞれ狙われたし、晴は一年で当然俺達とは違うから狙われてる。だろ?」

 そして取り残されたサクモが今は一番狙われている。だから追手がやってこないのかもしれない。

「……これからどうしよっか」

「夜までに帰らないといけないよな」

「早く帰らないと、父さんに怒られてしまいます……」

 怒られる、で済めばいいが。実際、夜間外出の発覚した人間がどうなるかは分からない。多分死ぬかそれより辛い目に遭うと考えているから隠しているだけだ。この純真な後輩を生贄にそれを確かめるのも、合理性を追求するなら選択肢ではあるが。

 頼られたからには、そんな行動はとらない。俺は彼女も椎も何とかして死なせない様にする。『口なしさん』の様な結末は二度と迎えたくない。

「―――そういえば晴はどうしてあの謎の人と一緒に居たんだ? 悪いな、俺が話逸らしたから聞き漏らした」

「あ、いえ大丈夫です。教室で私囲まれちゃって。逃げようにも逃げられない感じだったんです。そうしたらあの人が不法侵入してきて、は、刃物を出して、みんなを脅かしたんです!」

「ああ……なるほど。あっちは別に正気を失ってる訳じゃない。単に心の底から予言とやらを信じてるだけだ。入って来た不審者が刃物見せたら怯むわな。因みにその刃物って?」

「…………仕込み杖、って言うんですかね」



 仕込み杖!?




 ますます正体が分からなくなった。そして時間稼ぎの具体的な作戦も判明した。刃物を見せれば一発だ。予言は必ず未来を良い方向へ導くので従わせたいが、自分の命には代えられないと。さっきから状況を個別に見ていくと、予言は幸せに導くだけで全く信仰者の窮地を救ったりはしないようだ。サクモとは違う理由で、胡散臭く思えてきた。

「私も驚いちゃったんですけど、無理やり連れだされて、やっぱり混乱したんですけど! 敵じゃないって落ち着かせてくれて……だから、一緒に居ました。日方先輩が来るまで」

「良く分かった。有難う」

 やはりこの件について一番情報を持っているのはあの不審者か。どうにかしてまたコンタクトを取れないだろうか。いやそれよりも、今はこの二人を家に帰す手段から模索しないと。




「……………晴。お前の家ってここから走って三〇分以内に着くか?」

「はい! ペースを気にせず走ると、一五分くらいでしょうかっ」

「そうか、じゃあ正攻法で行こう。悪いけど椎も少し頑張ってくれ」

「え? 何々? どんな名案が思い付いたのよ」








「―――夕方と夜の境目スレスレに帰宅する。これしかないだろ」








 タクシーも考えたが、同じ考えの奴が絶対に居る。俺達の台が余るとは思えないのでやはり人間は足だ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 春が陸上部だった、のは確定と 氷雨さん産まれの主人公が状況とかから判断した事柄は割とミスリードな事が多いからなぁ [一言] 春の発言を遮ったのはホントに知ってたのか(陸上部は活動休止中とか…
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