情けは『 』の為ならず
以前に紹介してもらった事を伝えると、謝られた。悪い事でも何でもないが、部活で先生や先輩に扱かれ過ぎるととりあえず反射的に謝罪する人は生まれる。もしかするとそのタイプか。
「えっと……盗み聞きして、すみませんでした!」
「ああいや……怒ってないし、もうそれは分かった。ただサクモの方は怒ってるかも」
「怒ってねえよ。そんな聞かれて困る話こんなセキュリティも何もない場所でするか馬鹿」
「―――だそうで、早く用件を言ってくれ。盗み聞きしてたから何だ?」
「じ、実は私も狙われてるんです。予言っていうか、急になんか私に絡もうとしてきて。あ、絡んできてくれるのは嬉しいんですよ! でもなんか……強引っていうか。変なんです!」
「予言がどうのこうのって感じか?」
「それともゲームでイカサマされたか」
「ゲーム……? いえ、そっちはありません。でもこれは正しいからこうしなさいって感じで……すみません。分かり辛いですよね……」
「大体分かるからそれはいい。うーん……莱古晴。他に同じ目に遭ってる人は?」
「私以外に困ってる人―――昨日は居ましたけど、今日になって予言? を受け入れてました。所でどうしてフルネームなんですか?」
「苗字と名前の区切り方が分からない。コハルともハルとも言えるだろ」
「晴です! えっと……」
「日方悠心。本当に覚えてないんだな」
まあほんの数秒の出会いを覚えていろという方が無理なのかもしれない。俺の方は緊張状態だったので覚えていた。何が『口なしさん』突破のきっかけになるか分からなかったし。
「じゃあ日方先輩と呼ばせていただきます。お願いしますっ」
「…………なんか、お前に合わない感じのノリだな。悠」
「今そんな事気にしてる場合かよ。しかし…………そうか。俺だけが狙い撃ちされてる訳じゃないんだな…………最悪かな……最悪かも」
俺だけが狙われているなら俺が逃げれば良いだけだが、この様子だとコミュニティ毎に狙われやすい人間というのが居て、そいつらは優先順位が高いと考えられる。だから交流がないだけで探そうと思えば三年生にも俺達と同じように追い詰められている人が居るのだと思う。選べる選択肢は予言を受け入れるか、無理してでも抗うか。
「まあ……いいや。それで晴は俺達にどうして欲しいんだ?」
「あの。私の友達、誰も頼れなくて! 私と同じ悩みを持ってる人初めてだったんです! だから、その。厚かましいと言いますか、図々しいと思われるかもしれませんが…………ま、マモッテクレマセンデショウカ!」
そこまで圧力を与えているつもりはないが、見て分かる通り晴は俺かサクモのどちらかに対して緊張している。先輩としての威厳とは無縁だったので仮に威圧していたとしてもその解き方が分からない。
「あーこれ、あれか。俺も巻き込まれるパターンか」
「巻き込まれないとお前が狙い撃ちされるかもしれないぞ? 固まっておいた方が狙いが分散するんじゃないか?」
「……あー」
「どうせ夜は外出しないんだ。昼を凌げばどうとでもなる。喜平が変な内はこっちで協力しといた方がいいんじゃないか? 俺はとりあえず……これ以上変な奴が周りに増えたら困るから、この後輩を助けようと思うけど。いや、助けるっつってもちょっとやり方は思いつかないが」
「ほ、本当ですかっ? 有難うございます、日方先輩! 私、味方が居なくて……本当にもう、どうしようかと……う、うううう!」
「わ。おいちょ。泣くなって」
「だってだって、みんな人が変わったみたいにちょっとだけおかしくなっちゃって……! みんな、みんな頭にコンピュータばら撒かれたのかなって!」
―――頭にコンピューター?
今回の件とは関係なさそうだが、妙なたとえだ。晴は寂しいを通り越して恐怖だった感情を解されたからか、大して交流もない俺に抱き着いてえんえんと泣き始めた。俺も悲しい時はネエネに甘えたっけ。しかし俺は、慰め方を知らない。ここで背中に手を回すのもどうかと思う。弱みに付け込んだみたいだ。
ハンズアップをしたまま立ち尽くすしかない。サクモは冷ややかな視線を送りながら、溜め息を吐いた。
「……面倒だが、まあ付き合ってやるよ。ただ、一つだけ条件がある」
「あん?」
「いつまでもこんなアホな事には付き合ってられねえ。もうじき定期考査だし、何なら夏休みだ。予言って奴をとっととどうにかすんぞ」
普通なら校門で椎乃を待つのだが、今日という日は特に普通じゃない。昼休みが終わってからも怒涛の予言攻めだ。何処に行っても誰かしらが待ち伏せていて、不自然に要求を突き付けてくる。あれをしろこれをして。してほしいやってみてほしい。大して絡みもないのにまるで長年の友であるかのような振る舞いに腹ばかり立っている。
狙われたのは殆ど俺だったが、それでもサクモと一緒に二時間を乗り切ったつもりだ。
「なあ…………頼むよ。一回だけでいいからさ。俺の頼みさ、聞いてくれよ」
放課後に入る直前、いつにも増して弱弱しい様子の喜平が俺に話しかけてきた。今日一日ずっとあしらってきて、その間もずっと元気だったのに、今だけはどうも様子がおかしい。
「なあ~悠。友達だろー? 聞いてくれよ」
「やだよ。俺にその予言聞こえないし」
「………………」
憔悴している、様にも見える。
―――何だ?
「HRを始めるぞー! だがその前に…………日方ぁ! 黒板に名前を書いてくれ」
「HRなので嫌です。澪雨の名前でも書いてればいいじゃないですか」
こっちも、憔悴している…………?
「………………ああ、俺の人生はもう―――駄目だな」
「へ?」
「何でもない。ああもういいんだ。ああ…………じゃあ、始めるな」
担任の様子がおかしいのは、何も俺達だけが妙に思った事ではないらしい。予言が聞こえている筈のクラスメイトも、訳が分からないと言った様子でざわざわと騒いでいた。
「ええ…………ああ…………また、明日。ちゃんと来い。テスト……近いからな。以上」
無気力になった担任は扉を開け放したままとぼとぼと去って行ってしまった。HRを終わらせるにはあまりにも締まりのない話だったが、多分帰っても良い筈だ。サクモと示し合わせて、俺は一足早くこの教室を後にする。澪雨は例によって取り残しても問題ない。
廊下に出ると、普通に怪我をしそうな勢いで誰かとぶつかった。
「ぎゃっ!」
「うおっ!」
ぶつかった勢いで距離が離れる。この状況で我先にと帰ろうとする生徒は何者かと思えば、椎乃だ。
「し、椎!? お前何して!」
「ユージン! 助けて!」
「え、は、おま」
思考が追い付いていない。彼女がやってきた方向からは、A組から流れるような人だかりが向かってきていた。
「なになになになになになに! ちょ、何だこれ!」
「追いかけられてるの! 助けて!」
「はああああああああちょ、ま、ええええええええ――――――!」
とにかく逃げるしかない。晴を迎えに行くつもりだったが予定変更だ。
「サクモ! そっちで確保宜しく!」
「あ、おい! マジかよ…………」
どうせ狙われないであろう友達に少し負担を押し付けるのだ。集合場所はおいおい決める。今はとにかく逃げよう。各自の家に逃げるのは時間がかかりすぎるし、全員が一先ず身を隠せる場所と言えばあそこしかない。
凛には悪いが―――あそこなら、まず誰も立ち入るまい。
「何でこんな事になった!」
「知らない!なんか様子が変だから距離を取ってたら急に体を抑えつけられたの! 無理やり逃げたらこれ! ねえ何なの、一体何が起きてんの!?」
「俺が知るか! とにかく絶対に手を離すなよ! 今度こそ、守ってやるから!」
椎乃は俺の秘密を知らない。都合が悪いから見殺しにするという選択肢はまだ存在してはならない。全力で助けるべきだ。
「頼む! 聞いてくれ! お願いだアアアアアアア!」
A組の男子からの悲痛な叫びを背中に受けて、やはり無視を貫き通す。予言なんてものはペテンだ。相手にしないのが一番の対策。それを続けていたら少なくともまだこの身体には何も起きていない。
入信者が爆発的に増えてしまって、マイノリティに追いやられつつあるというのはさとおいて。
「予言なんて信じるかよ―――馬鹿が」
それに従えば未来が良くなる? じゃあ今すぐに大好きだった姉を返せ。俺の初恋を成就させてくれ。そんな些細な願いさえ叶えられないからペテンなんだ。俺に資格がないというなら澪雨に自由でもくれてやればいい。何故それをしない。この手の超能力は穴ばかりだ。
昇降口を抜けて校門に差し掛かると、そこからひょっこりと顔を出す晴の姿―――それに、真っ白い仮面をつけた謎の人物が並んでいた。
「あ、日方先輩!」
「え、ちょ……君が居ると」
サクモ置き去り!
そんな事情はさておきと、仮面の人物が喋る。
「時間がない。早く行け。時間を稼いでやる」
「えっと、貴方は―――」
「詮索している場合か。アドバイスを信用してくれた礼だと思え。早く」
相変わらずボイスチェンジャーを通しているので男か女かも分からないが、この瞬間だけは確実に味方だ。奇しくも夜更かし同盟のように女子二人に挟まれて、俺は一足先に校舎を脱出した。後ろから追いかけてくる生徒はというと、別に正気をうしなっている訳ではないようで、昇降口で靴を履き替えるのに手間取っている奴が大勢いた。有り体に言って、詰まったのだ。
「何処に行くの、ユージン!」
「うるせえ誰が言うか! 黙ってついてこい! 聞かれたら最悪だぞ!」




