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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
三蟲 天上天下在す予言

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預言者々

 とにかく今は『ヒキヒメサマ』の情報が欲しい。ゼロから情報が生まれる訳ではないだろうが、何かを知っている人間が居るなら、その情報が欲しい。だが一番何か知っていそうな正体不明の不審者は探すだけでも骨が折れるというか、何処で見かけるかという傾向も分からない。俺が大声で呼べば駆け付けてくれるのだろうか。


『不審者の人ー!』


 成功する未来が見えない。というか不審者は別に固有名称ではないので自分で不審者という自覚がないと駆けつけてはくれないだろう。多くは単に俺の頭がおかしくなったと思われて不審がられる。俺こそが不審者だったというオチはつくが、これは『ヒキヒメサマ』に何も関与しない。


 ―――予言が聞こえたら教えてくれるのか?


 一番良い方法はやっぱり喜平を通して予言に助けてもらう事なのだが、あの不審者がわざわざ俺に忠告しに来たのは不可解というか、気になっている。例えばあの不審者はサクモの比ではないくらい予言が嫌いで、予言を聞いて葛藤している人物に対して片っ端から警告しているなら話は分かる。だがあの逃げ足の速さは俺以外に用事がなかったと言わんばかりだ。

 『口なしさん』の性質について一つ教えてくれた、そして襲撃から一度だけ俺達を助けてくれたあの恐らく声からして恐らく少女が、もう一度現れてくれればいいのだが―――と。何故俺は人任せなんだ。俺達三人だけが命の危機に晒されている状況で人を当てにばかりするのか。そんな事で両親から隠し通せるのか。気持ちを落ち着かせよう。澪雨や凛は俺に頼っている。その俺が、一体誰を頼る? 俺がやるしかない。頑張るしかないんだ。澪雨は怪しまれない為に生活の大部分を日常生活に充てないといけない。凛は偽りの自分を演じ続けなければならない。合理的にも俺が動いた方が良いに決まっている。

 時刻は朝七時半。今日も朝御飯はスキップする予定だ。深夜の内に書置きをしてあるので食材が無駄になる事はない。

「…………たすけて、たすけて、たすけて、たすけて」

 遅刻になるかもしれないが、箪笥の中を必死に探す。正直な所、今までは思い出したくなかった。俺にとっては綺麗な思い出だが、だからこそ思い出すのが辛かった。もうそばに居ないという事実をありありと見せつけられるみたいで嫌だった。

 今はもう、そんな呑気な事を言っている場合じゃない。棚の奥に見つけたのは鉄製のハートのブローチ。内側に十字の嵌まった何の高級性も色っぽさも綺麗さもない、そんな安っぽいというか貧相なブローチの……半分。

 ネエネが最後にくれた、贈り物。残り半分はネエネが持って行った。


『シン。これあげるっ。私達は血縁上、本当の家族ではないけれど、それでも。貴方は大事な家族で、大切な人―――今度会う日までに、いい男の子になるんだぞっ? 私は、きっと会いに行く。その時まで耐える。絶対に諦めない。その時まで…………元気でね。シン』


 いつもは気丈で少し勝ち気だったネエネが、あの時ばかりは泣いていた。最後だからと俺をいっぱい甘えさせてくれた。あの時の温もりに比べたら鉄製のブローチはあまりにも冷たいが、生きる希望を絶やさない為に、今日からこれを身に着ける。千切れた鎖を無理やり他の紐で繋いで首に掛ける。


 

 俺は生きる。



 どんな状況に陥っても、生きる事を諦めたりしない。大好きな姉といつか会う為に、もう傍には居ない姉に胸を張れるように。『ヒキヒメサマ』が何なのかなんて分からないが、何をされても知った事か。たとえ俺の死が予言として詠まれても抗ってやる。

 両親に迷惑をかける訳には、いかない。




『悠心ってほんと、かっこいいよね! だって凄く頼りになるし、身体つきも……いいんだあ! これからも私を守ってよ、ねえナイト様♡ きゃーいっちゃった♪』



 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

 俺は違う。違う。利己的なだけだ。頼りにするな。かっこよくなんかない。俺は自分が死にたくないからやるだけ。脅迫されてるから助けようとするだけ。仕方ない。仕方ない。仕方ない事。これはどうしようもなく不可抗力で、ただそれだけの話。




























「よっす悠。ちょっち俺っちの助言を聞く気はないか?」

 教室に到着するなり、ハイテンションな喜平が声を掛けてきた。サクモはいつもの調子から外れた様子の友達に辟易している様で珍しく距離を取っている。視線には、お前も関わらない方がいいという呆れにも似た感情が籠っている。

 特別有害でもないし、そこまで嫌悪するのかとも思うが。

「まだ予言聞こえるんだな。サクモなんか呆れてるけど」

「そりゃ昨日もアイツボコったからな! 機嫌くらい悪いだろうよ。こんな無敵な俺っちに勝つ方法がなんとあるんだよ悠! 聞きたいか!? 聞きたいよな!」

「あ~ヒキヒメサマは一体どっちの味方なんだ? 今はお前にしか聞こえてないのに俺の味方をするって。尻軽だなおい」

「おい、あんまり馬鹿にすんなよ。機嫌悪くするぞ」

「変な奴の機嫌取るくらいならサクモの機嫌取ってやれ。はいはい、お前が強い強い。最強。アルティメットチャンピオン」

「何だよ…………少しでいいから聞けってばー!」

「聞かねえよ今日は一段とめんどくせーなお前。なんか今日は疲れるからパスする。トイレ行ってくるわ」

「おいちょっと待てってばー!」

「しつこい!」

 昨日俺が助言とやらを一蹴したのがそんなに気に食わなかったのか。携帯を覗いているとサクモから労いの言葉を掛けられた。


『今日のアイツ、何か変だから適当にあしらえ』

『機嫌が悪い訳じゃないのか?』

『予言だか助言だか知らないが盲従的なのが気持ち悪い。お前も気をつけろよ』


 こんなに反抗的ならサクモの方にもちょっかいを掛ければいいものを、何故俺だけなのか。俺は嫌がっているしアイツは見るからに嫌悪している。そこに違いはない筈だ。もしかしなくても狙われていたりするのだろうか。

 特別便意も尿意もなかったが、行くからにはフリをするのも申し訳なく思って、無理やり用を足した。洗面所へ向かおうとすると、個室トイレに入っていた男子が声を掛けてくる。



「よう日方! ちょっとお前に頼みたい事があるんだ!」


 ………………。


「え。お。俺か?」

 学校に来たら、知らない奴に話しかけられた。違うクラスの畠山というらしいが、俺は別に実在を疑っている訳ではない。交流がないので、話しかけられた事に困惑しているのだ。しかも男子トイレで。気まずくはないのだろうか。

「んーとさ、ちょっと先に手洗ってくれないか?」

「は? 何を言ってるんだお前は」

「いやほら、手を洗ってもないのに話すなんてなんかなあ。分かるだろ」

「分かるけど、場所は二つあるんだから先にやる必要なんてない。同時にすればいいだけだ」

「それも……そうか」

 二人して鏡の目前までやってきた。後は蛇口を捻れば水が出るが、どうした事だろう。畠山は俺が手を洗うのを待つばかりで何もしようとしない。むしろ俺が棒立ちを貫いている事に、狼狽えていた。

「な、なんだよ。何でもないって」

「よく考えたら同時にする意味も分からなかった。それにどう考えてもお前後出しで洗おうとしてるよな。何でだ?」

「いや……その。そっちの方が気運が良いんだよ! ヒキヒメサマがそう言ってるんだ」

「俺に先に手を洗わせましょうってか?」

「そうそうっ。別にそれくらいいいだろ? 百万用意しろとか言ってる訳じゃないんだぜ」



 不審者の言葉が、蘇る。



 他人越しに聞いた予言は…………。

「………………」

 鏡の手前に置いてあるアルコールをたっぷり両手に拭きつけた後、ハンカチで念入りに拭った。

「悪いな。俺、強制されるのは嫌いなんだ」

「あ………………そ、そうか」

 トイレから逃げるように脱出し、早歩きで教室に向かう。あの不審者のアドバイスが参考になるかどうかはさておいて、強制されるのは本当に嫌いだ。勉強しろと言われたらする気がなくなる。それと同じ。



 教室に戻ると、俺の席に交流のないクラスメイトが座っていた。



 HR前や休み時間に使われる分にはよくある光景だ。俺も席を離れているから何とも思わないが、今はその真っ只中であり、クラス担任も教壇に立っている。無言で先生の方へ視線を預けると、彼は困惑したように肩をすくめて、指揮棒でそのクラスメイトが座っていた席をさした。

「ああ、お前はそこに座れ。何かしらんが、成績が上がるみたいだぞ?」

「………………それ、誰から言われたんですか? 席替えたくらいで成績変わるならいっそ全員替えましょうよ」

「いや、お前だけだ。ヒキヒメサマがそう言ってるんだ」

「先生も予言信じてるんですか!」

「信じる信じないの話じゃない。これはな、正しいんだ。ほら、遅れるからさっさと座ってくれ。HRを始める。別にいいだろ、座る位置が少し変わっただけじゃないか」



 席順上、どうしても正面を見つめると澪雨を視界に捉えてしまう。予期せず視線の交錯した澪雨は一旦気づいたように目を見開いた後―――機械的な微笑みを浮かべて、視線を逸らした。











 ―――――――――。

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― 新着の感想 ―
[一言] 逆張りがすごい人みたいになってますね。
[良い点] 狙い撃ちされてるなぁ [気になる点] 数話前で泣いた時からドンドン悠心のメンタル追い詰められてるな 氷雨さんのはお姉さんか甘えさせてくれるヒロインが高確率で出てくるのでそろそろ出番あるかな…
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