正体不明の予言
「ヒキヒメサマ……?」
「七愛の方には誰もいないの? 予言が聞こえる人」
「……そのような方は、見かけなかったと思いますがー」
「右を向いてた奴は?」
「は?」
「予言って右側から聞こえる……ああ右つっても分からないか。廊下の方を見てた奴」
上下左右は見る側からの方向に過ぎないのだが、何故か俺はその時の状況に拘らず右を見ていると思ってしまう。その理屈は分からないが、ハッキリしているのは右とか関係なく、全員が同じ方向を見ているという確信。多分そういう影響的な……多分。おそらく。きっと。
「それは……たくさん居ると思いますが。私も含まれてしまいます」
「そうか。じゃあまああれかもな。喜平が特別おしゃべりだっただけって可能性はあるか。アイツ、変な全能感漂わせてたから調子乗ってただけか。マジノイズだな」
「それはそれは……しかし、妙ですね。『口なしさん』の時は私の方にも異変があったのに、今回はなしとは。貴方に教えてもらわなければ私は何も知らないまま死んでいたのでしょうかねー」
「呑気な事言ってる場合かよ。今度は何をすればいいのかさっぱりだ。『口なしさん』は何となく止めればいいみたいな目標があったけど、予言はどうやって止めるんだ? 噂なんてさっぱりだ。ヒキヒメサマなんて検索してもネットにはないしな」
「ヒキヒメサマ……お姫様ですか?」
「それすら分からん。情報がなさすぎる。誰も噂になんてしてないし。その様子じゃお前の方にもないか」
「申し訳ございません。心当たりは全く」
「澪雨の方は?」
「私にあると思うんだ? たくさん習い事してる最中に」
皮肉っぽい自虐に俺は反応と表情に困った。笑うのも違うと思うが、言い方が言い方なので真顔で受け止めるのも反応として正しくない気がする。まあでも、確かにその通りだ。この町で最も無知な、もとい暇とは無縁なお嬢様の耳に入るくらいなら普段ギャルとして振舞っている凛の耳にはもっと沢山の情報がないと道理が通じない。
「うーん、分かった事をまとめると、時限爆弾がまた起動した。誰もヒキヒメサマについて知らないくらいか。最悪だな」
「ずっと疑問だったんだけど、これのタイムリミットって具体的にどのくらいなのかな」
「俺に聞くなよ。でも『口なしさん』の時に保健室でなんかあっただろ。痣がついてからどうのこうのってのはないと思う。ただ『口なしさん』の噂が出てから急になんかおかしくなっていったっていうか、実際あの時がギリギリだったと思うんだ。だからそんなにゆっくり構えるってのは出来ない筈。まあ今日はこれ以上話せなさそうだから何もないんだけど……あ、そうだ。これは不審者から聞いた情報なんだけど。一応共有しておきたいんだが」
「ちょっと待ってください。不審者って何ですか?」
「不審者は不審者だ。卵の表面みたいな仮面被った奴は不審者以外の何物でもないだろ」
「それは、あのラジカセを置いていった人物ではなく?」
「それは……分からない。ボイチェンしてたし。あれを置いていった奴は後ろ姿も拝めなかったしな」
「ごめんなさい。言いたい事は色々あるんだけど、不審者ってだけで信憑性が全然ないっていうか、そんなの当てにするなんて正気なの?」
「それは一理ありますね。信用出来ますか?」
「じゃあ信用出来る情報を今すぐくれよ……俺だって怪しいと思うけど、有力っぽいのがそれしかないんだから仕方ないんだ」
勝手に聞こえる分には構わないが、他人から聞く予言は駄目だと。何故かは分からないが、『口なしさん』も考えてみればそんな物だ。噂通りに動いたら大体合っていたが、その原理までは分からない。とにかく命が懸かっていたので細かい事は気にせず、やるしかなかった。
「後…………そうだな。もう見て分かると思うし、隠せないと思うから言うな。俺の左目は見えなくなった。だからその…………すまん。何かあったら足を引っ張ると思う」
気まずそうに顔を背ける凛と、慌てた様子で俺の左側に駆け寄る澪雨。視界外に居なくなったお嬢様だが、呼吸が近いので近くには居る。こういう反応をされるならやはり自白しておいて正解だった。何かの間違いで隠し続けていたら、いざという時に卒倒されたかもしれない。
そこまでは言い過ぎかもと思われるだろうが、澪雨は『口なしさん』の一件でかなりの数の死体を見て精神的に参っている。俺と凛もそうだが、彼女は特に食らっている様に見える。人のキャパシティは様々なのでこればかりは仕方ない。だから卒倒も、ありえない話ではないだろう。俺を頼りにしているならば。
「ごめんなさい。日方。私のせいで貴方の眼が……」
「お前のせい……か? 違うと思うぞ。それに、生きてるんだから別にいいさ。気にしないでくれ」
「…………気にするに決まってんじゃん。だってこのまま無事に解決しても、日方はこれからずっと目が見えないって事だよ? それは私が貴方を誘ったからで」
「脅迫されてんだから仕方ねえよ」
脅迫。それは魔法の呪文。俺は脅迫されてるので仕方ない。あらゆる出来事はそれで割り切れる。故意でも不意でも構わない、脅迫されているのは事実であるのだから、俺に従わないという選択肢はないし、相手のせいという事はあり得ない。相手のせいとは個別責任の言及だ。だが脅迫されているならそれ以降の全てが相手の責任ではないのか。
二人と友達になれたのも、椎乃と再び会えたのも。胸を触れたのも少しエロスな写真が撮れたのも相手のせいだ。相手のせいではあるが、俺が得をしている。得をしていれば俺の努力で損をすれば相手の責任。そんないい加減な理屈があるか。
なにもかも相手に押し付けるなら、得は相手のお陰であるべきだ。そうでないと釣り合わない。俺の中では差し引き得をしているので、片目が見えないのは不便だが二人に恨みの気持ちはない。むしろこんな美人二人と秘密の関係になれたのだから嬉しいとさえ思う。
思わないとまともじゃいられないと言われたら、ちょっと言い返せない。
「―――――ゲームは大丈夫なの?」
「完全に失明しないなら大丈夫だよ。後は流石に慣れてきたかな」
「生活に不自由はないのですか?」
「基本的にはない。いや、ないっていうか、目について誤魔化す方が大変ってだけだな。物を見る分にはまあそこまで関係ないんだけど、たまに平衡感覚がおかしくなったり奥行きが掴めない時がある」
「かなり重傷ではないですかッ!」
「重傷だけどまだ死んでないだろ。俺は死ぬ方が困る。俺が死んだら……両親に迷惑が掛かるだろ」
「そ、そういう問題なの?」
「そういう問題なんだよ。死ぬのが怖いのは大体の奴がそうだろ。それに加えて俺なりにそういう理由もあるんだ…………何か辛気臭くなってきたから今日はやめて、ゲームでもしないか?」
「この流れでゲームとは、正気ではないですね」
「日方、苦しくないの?」
「ゲームは全てを忘れさせてくれる。ゲーム最高! ゲーム最高! ゲーム最高! いえええええい!」
無理やりテンションを上げたら、ドン引きされてしまった。眼は口程に物を言ったり、そもそも顔に出たりする。気を遣われる側なのに、何故俺が気を遣わなければいけないのか。
「いいからやるぞ! 俺を助けると思ってやれ! 気を遣え!」
「はあ……強引ですね」
「失明した人のテンションじゃないじゃんね……」
やっぱり二人に引かれてしまう。
こっちの方が詰んでいるではないか。
「ねえ日方」
深夜までたっぷりとゲームをして満足した。二人も最初こそ乗り気ではなかったが負けず嫌いが発動してから盛り上がって、今は凛がシャワーを浴びに向かっている。澪雨は一人で扇風機を独占しながら、俺の太腿に手を置いてきた。
「凛には言わないで欲しいんだけど。いい?」
「何だ?」
「背中のあれなんだけど……『口なしさん』が終わった後に見たら、ムカデが大きくなってたんだ。ねえ、もしかして……というか。これどんどん進んでいくのかな」
「………………」
これは二択でも何でもない。何故俺にそれが分かるのか。澪雨は答えが欲しかったのかもしれないが、俺には精々肩に手を回して慰める事くらいしか出来ない。これだからお嬢様は軽率だ。俺の片目は見えなくなっても見えない以上の事にはならないが、澪雨の背中にある蟲はまるで未知数。どうなるか想像もつかない。
「……ねえ、日方だけは味方だよね」
「敵になる理由がない」
「変な言い方。素直じゃないんだ」
「…………素直だとな、損をするから。正直者が馬鹿を見るって言うだろ。実際俺達は嘘つきであり続けてる。夜に外へ出た事を誰にも知られちゃいけない。きつい」
「………………私、木ノ比良家の巫女なのは知ってるよね」
「ああ。流石にな」
「お父様もお母様も私に自由だけは与えてくれない。でもそれ以外は与えてくれると思うから―――生きていくのがきついなって思ったら、それと、こんな状態から解放されたら―――頼っても、いいかんね」
「へえ? 具体的に何をしてくれるんだ?」
「日方を、お婿さんに貰ってあげます―――」
視界の外にある左手を優しく握りしめられる。澪雨の淑やかな微笑みが半分に割れたまま、俺を支えるように近づいてきた。
「なんて、嘘だけど!」
「…………有難な。その時は遠慮なく、頼らせてもらうよ」
その時までに。
生きていたら。




