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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
三蟲 天上天下在す予言

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昔のハナシ

『ほら、起きて。朝だよシン。寝坊したら怒られるんでしょ。起きなさい』

 昔、俺には姉と呼べる女性が傍に居た。血が繋がっていた訳ではなく、両親が諸事情で知人から預かっていたのが真実だ。その人と一緒に過ごせたのは小学校の数年間くらいで、今となっては名前も思い出せない。そもそも俺は、その人を『ネエネー』と呼んで甘えていたし。

 あんまりにもあんまりな甘え方だとは思っていたが、ネエネは常に俺の事を気にかけてくれて、家にさえ居ればずっと構ってくれた。両親に怒られた時、庇ってくれたのもその人。何となく夜が怖くなって、頼ったのも彼女。

『駄目だよシン。お姉ちゃんとお話ししたいのは嬉しいけど、寝不足になったら大きくなれないぞ。ほら、目を閉じて? お姉ちゃん、傍にいるから―――おやすみなさい、シン』

 ネエネの髪が纏う石鹸のような香りが大好きだった。だから不思議に思われるかもしれないが、ただ入浴するだけでも俺は楽しい。近くに居る気がして、心の底から安心出来る。家族として好きだった訳じゃない。幼心に惹かれていたのだと思う。

 だから俺は、自他共に認める初恋にも、同じ慈愛を求めたのだろう―――




「………………ん。夜…………?」



 晩飯までに起きられたのは目覚まし時計を掛けていたというより体内時計がそういう風になっていただけだ。初恋の夢を見ていたと思うが、思い出せない。思い出さない様にしているとも言っていい。俺にとっては苦い思い出だ。

 まさか初恋に敗れたから転校したなんて、誰に言っても笑われるだろう。転校の理由として現実的じゃない? でも理由は俺にある。俺が無理に頼み込んだから転校出来た。本当に、無理を通してもらった。だから俺はあの二人にあれ以上の迷惑を掛けたくない。まして夜に外へ出ているなんて最悪の禁忌なんて絶対にバレたくない。

 そう思ってしまうのは所詮エゴ、己にとって都合が悪いからにすぎないものの、だからこそ何としてでも隠し通すつもりでいる。


 ―――目、どうしような。


 夜食を抜けば済む話だが、その行為自体が怪しまれる。それにお腹が空くと体調面で更に悪化しそうなのでしたくない。凛や澪雨にも心配されたらお終いだ。しかしどんなに考えても答えは出ない。使えない目を健全であるかの様に見せかけるなんてそもそも無理な話なのだ。だって使えないんだからどうしても俺の身体は使えない前提で動くし、それを単に隠すだけでも怪しいならどうしようもない。

 諦めてリビングに降りると、見慣れた食卓が俺を歓迎してくれていた。

「へえ。ブリなんて珍しいな」

「結構高いけど、たまにはいいでしょ?」

「営業時間が短いからな、善い食材は取るのも大変だ。わっはは!」

 自分で言うのも何だが、うちの食卓は別に栄養なんて考えられていない。主菜とか副菜とかその手の知識は一切活用されていない。ただ母親がその時作った物が並べられているだけ。だから色合いはお世辞にも華やかとは言えないしバランスも良くはない。サラダはあるが、気まぐれがない限りは千切ったレタスとか千切りのキャベツがしきつめられているだけだ。

 誰かに見せるなら恥ずかしいのかもしれないが、家族で食べるだけなのに一体どんな文句をつけようか。俺も父親も気にしない。

「いただきます」

 しっかりと御飯だけでも食べ続けないといけない。義務感のような空腹と、日常の狭間に残る食事という幸せが入り混じって、非常に複雑だ。たまにご飯の味が分からなくなるし、そしてたまに美味しく感じる。

「……ちょっと、着替えてないの?」

「ん。ああ……帰ってすぐ寝たから」

「ほんと……何か最近様子が変だけど、大丈夫? 左目どうかした?」

「まだ眠いんだよ。寝起きだから」




「何か、隠してるのか?」




 生きた心地がしないが、動揺していると思われない為にも箸は動かし続けないといけない。味は分からないが、多分美味しい。まずくはない。

「隠してなんかないよ。ほんと、眠いだけ。ゲームばっかりしてるからさ。夜更かしが原因だって言うのかもしれないけど、俺はいつもこんな感じだよ。早く寝ても遅く起きても眠いもんは眠い。昔からずっとそうだ」

「…………本当に大丈夫なのか。初恋の夢でも見てて寝不足とか……」

「大丈夫だって! 心配要らないよ。二年も経ってるんだよ。全然俺は……大丈夫。本当心配しないでくれ」

 両親は顔を見合わせて俺の様子を怪訝に思っている。これだから晩飯は嫌だった。この二人をどうしても心配にさせてしまう。まだ隠し事程度で済んでいるからいいが、息子が禁忌を破っていると知れたら……ああ考えたくもない。

「…………それならいいんだけど」

 良くはなさそうだが、この場は凌げた様だ。



 食事の味は、今日一日は戻ってこなさそうだ。





























 時刻は夜の十二時を回った。途中、椎乃とのゲームも挟みつつ、二人が来る事を見越してその前にはやめてある。終わり際に送られてきた写真は水色のパジャマ姿でベッドの上からピースをする自撮りであり、大変目の保養になった。単に容姿という意味合いに留まらず、元気そうで、外とは無縁そうなのが特に効いている。

『おやすみ!』

『おやすみ』

 椎乃とのやり取りはこれでお終い。これからは夜の時間、夜更かし同盟として生きる。もう既にカーテンは開いており、後は窓の奥にどちらかの姿を確認するだけだ。どちらかが来る前に開けるのはやりたくない。暑くて湿っぽい空気が入ってきてエアコンが台無しになるから。

 

「…………やっぱり来たか」


「こんばんは」

「日方……その感じだと、貴方もやっぱり?」

「まあ入れよ。暑苦しいだろ外は」

 凛が入ってから、次は澪雨。その筈だが、何故か入ろうとしない。

「どうかしたか?」

「……ごめん。背中が痛くて入れないの。ちょっと、引っ張り上げてくれる? 手とか引っ張って、いい感じに。さ」

「手、ですか……?」

 多分手を引っ張っても痛いだけだ。雑草じゃないんだから引っ張った所で体全体が持ち上がる訳ではない。ここはやはり体を持ち上げないと。

「澪雨。手を広げて脇を空けてくれ」

「え? 何するつもり? 擽るとか駄目だかんね!」

「何でこの状況で擽るんだよ。いいから早く」

 渋々と言った様子でお嬢様は俺の命令に従う。T字になった彼女の脇腹に向けて両手を差し込むと腰を後ろから抱きしめて、強引に持ち上げる。その過程で―――全く悪意はなかったが、澪雨の胸に呼吸を塞がれた。

「むぐぉ―――――!」

 役得とかラッキーとかそんな悠長な事を考えている場合ではない。人間幾ら細くてもその体重は並の荷物を凌駕する。普通に重い。力を籠めるには力まないといけないが、呼吸を止められていて力むどころではない。非常に苦しい。筋肉に送る酸素を確保出来ていないというか、このまま窒息する様な気がしてきたというか。

「――――――――!」

 胸に当たっているので当然だが、澪雨の方も俺がどんな目に遭っているかは気づいている。何も言わないのは気遣いというより、あまりの恥ずかしさに声も出なくなっているからだ。お嬢様なのだからそうに違いない。どうにか彼女を部屋に招き入れた時に視線を交わすと、その双眸は軽蔑の意を隠そうともしていなかった。

「さ、最低です! 破廉恥! えっち! もっと他にやり方あったじゃん! な、何で……そんな触りたい訳!?」

「お前が一人で入ってこられたらこんな事する必要もなかったんだよ!」

「七愛! 何で貴方がやらないの!?」

「澪雨様が嬉しそう―――むぐっ」

「じゃない嬉しそうじゃない! ちょっと、それ以上喋ったら本当に…………ああっ!」

 長い抑圧の反動から、澪雨はかなり荒れている様子。凛は何処吹く風と受け流しているが両親にも聞こえたら大変だと思い、会話の流れを無視した上で共通の話題を切り出した。




「また時限爆弾が起動したんだよな?」



  

 両親が寝静まってから、俺は制服から首元の見えやすいパジャマに着替えている。今日の所は外出する必要もないので良いと思った。凛もその様子で、制服姿から体のラインに沿うような白い服にスカートとサイハイソックスを合わせている。グラマラスなボディを惜しげもなく見せつける様な服装は、昼なら大層目立っただろう。ここは俺の家なので現状俺の視線しか集めていない。

 肝心の澪雨が着替えていないのは、背中が痛いからだろう。対策なしに日焼けした時と比較するのはどうかと思うが、あれも布が擦れるから着替えたくなくなる。

「ええ。その通りです。何故起動したのでしょう。『口なしさん』は終わった筈では」

「……七愛のクラスには出てないんだ」

「は?」

「ねえ日方。私も聞いてたよ、そっちの話。多分……そういう事でいいんだよね』

 そういう事でいいのだろうか。

 本当は違うのではないだろうか。


 …………。










「―――確証とかはないんだけど、次は多分『ヒキヒメサマ』って奴だ。時限爆弾が作動した理由はこれくらいしか考えられない。また……どうにかしろって事なんじゃないか?」



 


     

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― 新着の感想 ―
[良い点] 強制イベント進行用かな? 大分ゲームチック [一言] 椎乃だけが心の頼りだ… まさか裏切らないよな…?
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