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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
三蟲 天上天下在す予言

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闇は光となりて影を遺す

 バイト先まで同伴する。約束はそれで終わりなのだが、これと言って行きたい場所もなかったのでせっかくだからお邪魔させてもらった。勿論立派な客としてきたので何かしらは注文するつもりだ。自分でも不思議な気持ちだが、左目がない事に段々違和感がなくなってきた。ずっと前からこんな感じではなかったのかと思うようになっている。

 勿論どうにかしたいが……どうにもならない。そろそろ目ヤニで誤魔化すのも限界だ。突然失明したとか自殺願望があったとか、もうそういう方向に舵を切らないと両親に迷惑をかけてしまう。行く場所がないのは、単にこの眼を大勢の人間に見せびらかしたくないからというのもある。重傷を負ったまま歩き回るのは、この町においてはそれだけで危険行為。店の中に居れば少しはマシになる。

「…………」

 今回の敵は予言もとい『ヒキヒメサマ』だとして。分からないのは『口なしさん』だ。あの噂は結局何処で発生したのかという問題がまだ解決出来ていない。当初は『口なしさん』本人が噂を流している物とばかり決めつけていたが、よくよく考えたらあの手の化け物が昼の時点で活動しているとは考えにくい。それにそもそも『口なしさん』は質問をしてくる筈で、決して独り言を漏らすような存在ではなかった。

 まあその噂のお陰である程度抗えたのだが、今回に限ってはそれがない。喜平は恩恵を受けていてサクモは毛嫌いしているので二人の協力にも期待出来なさそうだ。となるともう、俺は自力で頑張るしかない。右を向いていると言えば、あれだ。ゲームショップで何人もの客が右の棚を見ていた。


 ―――右?



 本当に右―――東の方向か? 



 というか右を向くってそれは一体―――誰から見て右なのだろうか。

「はい。メロンソーダね」

「有難う。悪いな、融通利かせてもらって」

「何か今日はお客さん少ないし気にしないでよ。でも何してるの?」

「……お客さんを、ちょっとな」

 まずは影響力を調べたい。『口なしさん』の時は校内限定だったが、今度はどうだろうか。ゲームショップで同じ行動が見られた時点で調査はとっくに終わっているという見方も出来るが、あそこがたまたまそうだっただけかもしれない。

「じゃちょっと行ってくるわ」

「俺の所に戻ってくるなよ。サボリと思われるぞ」

「お客さん少ないからへーきなんだけど」

 真面目なんだか大雑把なのか分からないが、ともかく椎乃は行ってしまった。一人きりの退屈を楽しみつつ、来店する客の様子を観察する。右側をしきりに気にする客は粘るまでもなく続々と出現していた。

 本当にただ助言してくれるだけの予言ならそれに越した事はないのだが、裏があると思ってしまうのは俺がひねくれているからか、それとも時限爆弾が起動したからか。

 来店する客に規則性はない。サラリーマンであったり、学生であったり、小学生くらいの子供であったり、家族連れであったり、顔全体を覆う真っ白い仮面を被った人が―――


「え?」


 体型は分からない。白を基調とし黒い焔模様で彩られたコートが誤魔化している。更にその顔についた仮面が性別を曖昧に見せている。ただ身長は結構高い。俺は夜更かしゲーム三昧が仇となって大体一七〇とかその辺りなのだが、どう考えてもそれ以上ある。

 あからさまな不審者は脇目もふらず俺の方に歩いてくると、挨拶もなく話し出した。

「一つだけアドバイスをしよう」

 何だ、この電子音みたいな声は。ボイスチェンジャーという奴だろうか。男とも女とも思えない。テレビで匿名取材をする時に使う高音の変な声だ。やはりどっちだろう。あてずっぽうで答えれば当たるかもしれない。ふざけるな。

「予言が聞こえただけなら好きにすればいい。だが、誰かを通した予言だけは絶対に聞くな。分かったな」

「……貴方は?」

「知ろうとしなくていい。それよりもお前、目が見えないのか?」

「ああまあこれは……その、半分眠ってる的な。失明とかしてないですよ。断じて、ええ」

「…………そうか。少し待っていろ」

 そう言い残して、不審者という表現を全身に纏った人物は店を出て行ってしまった。見知らぬ人間に話しかけられたのもそうだが、何故あの人間は俺が予言について調べている事を知っていたのだろうか。もしかしてあの人は、『口なしさん』の事を教えてくれた謎の人物と何か関係が……或いは同一人物?

 あの時はボイチェンなんてなかった。同一人物だと仮定するなら幼い女の子という可能性は……なさそうだが。遠くで椎乃が不安そうに俺の様子を窺っていた。心配ないと手を振ると、元気よく振替してくれる。この時店内を見ていた人間なら椎乃と俺の関係を誤解する可能性は大いにある。勤務中だ。

「…………」

 もし関係があるならラジカセの事について尋ねれば良かった。見るからに不審な人に話しかけられれば人見知りでなくても緊張するし、俺の場合は警戒する。何なんだあの人物は。一悶着あったがそれ以外は特に変わらず。来店する客の全てが右を向いている訳ではない。傾向があるとすれば、一人で来る人間よりも集団で来る人の方が右を向いている傾向が高いくらいか。



 ―――他人越しの予言は聞くなって。



 何だか宗教の勧誘みたいだ。勝手に神の声が聞こえてくる分にはともかく、勧誘には乗るな……みたいな。そもそも『ヒキヒメサマ』とは何かも分からないが、集団で居る人間が影響を受けやすいという事は、商店街なんて、大変な事になるのではないか?









 
















 そう思い立って商店街にやってくると、俺の不気味な予感は当たってしまった。多くの人間が右を見ている。俺から見て右方向を向く事がとにかく多い。仲には見るばかりでなく右方向に向かう人間もいる。そのせいか商店街としての流れは歪になってしまって、買い物する人達は動きづらそうだ。

「…………」

 右へ右へ向かう人の流れを追えば何か分かるかもしれないが、何となく危ない気がしている。夜まで待って二人に相談するべきか、それともここは無理して向かうべきなのか。俺には判断が出来ない。首の痣の感じだとまだタイムリミットは遠い様に思える。

 逡巡はしたが、普通に帰宅した。

「おお、ただいまー」

「逆だろ」

 


 リビングでは、父親が右を向いていた。



「…………!」

「―――おん? どうした?」

 テレビを見ていただけだ。ただ方向的に右を向いていただけ。訳もなく虚空を見つめて、予言なんて物に聞き入ってる訳ではない。

「いや、何でもない」

「それよりもお前、最近ずっと左目を閉じてるな。怪我でもしてるのか?」

「!! いや、違う違う。ねね、眠いんだよこれは。半分だけ寝てる。授業マジで眠いんだよ。暑いからさ。しょうがないんだって」

 せっかく無関心でいてくれたのに注意を引きつけてしまった。これは俺のミスだ。ただ知り合いが右方向を見ているだけの事に、何をここまで怖がっている。予言は別に、まだ実害をもたらした訳でもないだろうに。

 逃げるように自分の部屋へ戻る。きっと疲れているに違いない。夜食まで夕寝をしよう。夜更かしの時間は必ずやってくる。夜は決して俺達を逃がしてはくれない。制服姿のまま布団に潜り込むと、恐怖や緊張といった諸々の要因から直ぐに意識は微睡みの底へと落ちていった。

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