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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
三蟲 天上天下在す予言

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夕焼けの絆

 お店を出た頃には、まずます日が落ちてきて、人通りも見るからに減っている様子だった。歩いても家までは問題なさそうだが、何となく焦りを覚えてしまう。この町に住んで一年も経つと、やっぱり体の何処かは夜までに戻らないといけない意識が働くようになる。

「早く帰らないとな。夜になってしまう」

「そこまで焦る事ある? 大丈夫だよゆっくり帰れば。夜までに家に居ればいいんだからさ」

「と言ってもな。夜ってのは具体的に何時からかが分からない。明るくても夜と呼ばれる時間帯にさしかかってたらそれだけで怒られそうだ。逆もな。椎はずっとこの町に住んでるんだろ? 何か聞いてないか?」

「んーどうだったかしら。こういう決まりって町内会のおじいさんおばあさんが決めた取り組みだから良く分からないんだよね。何となく暗くなったら帰ろうって感じだし」

「何となく、そんなもんなのか―――?」

 不意に身体を大きく端に引き寄せられる。話に夢中になっていたのと、視界が欠落しているから車が来ている事に気づかなかった。椎乃が事故に合わないよう道路側を歩いていたのが仇になったのだ。

「……すまん」

「気にしないきにしなーい。むしろ守ってもらってるのは私だしね。片目が見えてない人に守ってもらうってのも、何か変だけど」

「多少視界が悪いからって守らない理由にはならないだろ。大人しく守られててくれ。家まで送ってくから」

「そう? じゃあお言葉に……待って。今なんて言ったの?」

「家まで送るって言った…………あ」

 

 そんな必要が、何処にある。

 

 夜に不審者なんて出る訳がない。この町の夜は死んでいる。夕方ギリギリに出没する不審者が居たとしても、そいつの住所次第では誰か追い回している内に夜になってやはり禁忌を破る事になる。その場の流れで出た口実は、どうも普通には機能していなかった。

「すまん。そんな必要なかったな」

「…………いや、そうでもない、かな」

「へ?」

「私って忘れっぽいの。だから途中で別れたら約束とかまるっと忘れちゃう可能性が高い! そこでユージンには私を家の前まで送り届ける義務があるのですっ」

「おお、テンションどうした。忘れっぽいなんて初めて聞いたけど」

「いいじゃん細かい事は! 行こーれっつらごー!」

 椎乃に手を引っ張られ、誰が主導権を握っているのかがいまいち良く分からなくなる。マイナスな事なんて考えられないくらい、緒切椎乃は強引だ。夜の世界など全く知らないからこそ輝いている。全く、誰も疑問に思わない理由については今でも良く分からないが、構造的な意味合いでなら何となくハッキリした。


 

 夜さえ知らなければ、この町は平和そのものだ。


 事故も数件、怪我も軽症ばかり。夜に外へ出ないという規則さえ守れば至って幸せに暮らせる。だから誰も外へ出ようとしない。どうしても夜に働こうとする人間はこの町の外に勤務地を見出す。とにかく、この町に居る限り例外はない。同町圧力も込みで、破られないのだろう。

 商店街に近づいてくると、見覚えのある姿が遠くに見えた。


「おお、澪雨様。家に帰られるのでしょうか。どうかお気をつけて」

「何と神々しく、若々しく……毎年健康で居られるのは澪雨様のお陰ですじゃ。ありがとうございます。ありがとうござじます……」

「そんな。私は何もしておりません。お気持ちは嬉しいです」

「澪雨様。これをお受け取りくださいませ。岡山のきび団子でございます」

「まあまあ……佐野さん、木ノ比良家を代表して、木ノ比良の巫女としてお礼を申し上げさせていただきます。貴方にコノハラの加護あれ」


 恐らく、習い事の帰りだろう。還暦を超えたであろう老人を筆頭に次々と大人に絡まれて窮屈そうにしている。その顔は至って嬉しそうに、そして声を掛けてきた一人一人に対して挨拶をしているが、あれでは家に帰るのは遅くなりそうだ。

「…………ちょっと、ユージン。私の家はこっち!」

「あ、ああ。すまん。今行く……」

 困り果てた様子の澪雨に背中まで視線を奪われながら、首の可動域に限界が迫って来た所でようやく正面に戻る。椎乃も澪雨には気づいている様だが、何故か俺と交互に見まわして、唇を噛んでいる。

「澪雨の事、気になる?」

「あ? いや、だって絡まれてたし……」

「そんなのよくある事よ。私だけじゃなくて、部活終わりに目撃する人は大勢いるわ」

「俺、部活やってないんだよ。だから知らない。つっても部活が再開するのはいつになるかって感じだけどな……今じゃ全員帰宅部だよ」

 自殺者が出たからか、それとも教師陣は夜の真相を知った上でその対応をしたのか。問い質すのは不可能だ。夜の出来事について言及しようものなら、それは自首に他ならない。どんな目に遭っても構わないというなら、それも選択肢にはなるが。

「あ、そっか。全員帰宅部……ああ、そうね。そういう事になるよね」

 椎乃は何やら一人で納得している。夕焼けに染まる彼女の顔は、俺にはとても眩しく見える。片目が使えなくて目の負担が集中しているからだろうか。それとも単に、逆光?

「ね、ユージン。明日から一緒に帰ろ?」

「………………え?」

 帰路の途中で椎乃が足を止める。無邪気な笑顔は失せて、その顔は真剣その物だ。

「………………私も帰宅部になるって話じゃなくて。バイト先まで付き添ってくれればいいから」

「勘違いされるかもしれないぞ? 昔の話だけど、お前彼氏が欲しいみたいな事ぼやいてたじゃないか」

「そんな事言ったっけ」

「言った……気がする。言ってないっけ」

「じゃあ言ってないって事で! 返事を聞かせなさいっ?」

「さっきからすげえ強引だなお前。まあ予定とかないし、いいよ別に。ただ、バイト終わるまで待つまではやらないぞ」

「あーそれはいいよ。それどっちかって言うとストーカーじゃない! もしそれしてたら、流石に通報しかないわ!」

 椎乃は昔から笑いのツボが低いというか、妙だ。俺の念入りな質問にケラケラと嗤って涙を流している。凄く可愛いと思ってしまうのは、俺の心が傷ついているからだろうか。こんな良い奴に下心なんて良くない。ただゲームを通じて仲良くなった女友達だ。それ以上の何を望む。

 今、深くかかわろうとすれば必ず彼女を夜へ導いてしまう。

 それは駄目だ。俺には何も守れない。何も守らない。全滅を望みながら生存を望む。どっちつかずの破滅に突き進む俺の道に彼女の人生が関わる事なんてあってはならない。

「……椎。お店で頼み忘れた物があるんだけど、注文していいか?」

「え? 嘘、ここで? ちょ、え、どういう事? ちょっと待って。意味が分からないんですけど?」



「スマイル、一つ」



 椎乃はパッチリと目を開いたまま固まって、それから長い睫毛をパチパチと瞬かせる。

「うち、そういうサービスやってないんだ」

 そんな風に肩をすくめて、椎乃が笑う。心の闇を照らす光に、つられて俺も微笑んだ。



「でも、ユージンはお得意様になりそうな人だから特別ねっ」








 

















 自分の家に到着したのは六時を過ぎてからだ。季節が季節ならとっくに夜で、俺は夏に感謝しないといけなくなった。

「ただいまー」

「随分遅かったな。何してたんだ?」

「デート」

「そりゃ仕方ないな。まあ夜までに帰って来たから特に怒る事もないんだが」

「相手の子はちゃんと帰ったんでしょうね?」

「そりゃそうだよ」

 自分の部屋に戻るまでの束の間、両親との会話。夜に外出をするわが子の醜態を知ればどんな風に思うだろう。表立ってこの二人に迷惑はかけたくない。もう十分すぎるくらいこれまで掛けてきた。夜に外出するのはとんでもない禁忌、犯罪にも似た抑止だ。バレなければ犯罪として立件されないのと同じ。俺もバレない限りは迷惑にならない。

 時限爆弾がこれっきり動かない様なら、二度と外には出ないと思うが。

 自分の部屋に戻って携帯を確認すると、急に恥ずかしくなってベッドに顔を押し付けた。

「~~~~~~~~~~~!」

 元気が欲しかった。

 でも椎乃をこっちに関わらせたくなかった。両立させるにはこれしかなかった。これしかなかったとはいえ。

「…………でもなあ。隠してたら忘れるかもしれないしな」

 アプリの配置を工夫すれば少しは軽減出来るか。俺の携帯のホーム画面は、椎乃とのツーショットになっていた。俺に頭を寄りかからせながらピースをする彼女の笑顔は、見るだけで少しだけ元気が湧いてくる。

 とにかく立ち直りたい。そうでもないと怪しまれる。澪雨や凛がいつ夜に訪れるとも限らない。その時に俺が参っていたらあの二人は何を頼りにすればいいのだ。特に澪雨なんて、朝から夕方まで雁字搦めだというのに。

 ああでも、時限爆弾が起動しないなら来る理由もない……いや、そんな事もないか。単にゲームで遊びたくて来るかもしれない。ならばやっぱり、俺だけでも立ち直らないと。

「ううううう……うううううううう……」

 心がしんどい。これでは晩飯の際に両親に会わせる顔もない。立ち直らないと。立ち直らないと。立ち直らないと。立ち直らないと。立ち直らないと。立ち直らないと。立ち直らないと。すぐ泣く男だと思われたら。立ち直らないと。頼りないと思われたら。立ち直らないと。心が弱いと思われたら。立ち直らないと。

 生きてる意味がなくなる。全滅を選んだ結末が最悪になる。己を殺して他を生かすIFが最善になる。





 俺だけでも、強くないと。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほとんど限界ですね。
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