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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
三蟲 天上天下在す予言

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光が囁く誘惑

三章。です。

「新作の格ゲー出たんだけど、やらね?」

 放課後、喜平が堂々と校内にパッケージを持ち込んでそう誘ってきた。夜にまともに出歩ける環境があると分からないかもしれないが、要するに買えと言っているのだ。夜に出かけられるなら家に泊まってオフラインで戦う事も出来て、その場合は買う必要などないが、この町だとどうしても買う必要が生まれてくる。休みの日だったらまだしも、今日持ってきたという事は、まあそういう意味だ。

「俺は構わないぞ。このゲーム、余った一人は観戦出来るしな。実況の真似事でもしてみると面白いかもしれない」

「何処で使うんだよそれ」

「それは数学の授業を人生の何処で使うかと問うような物だな。今の俺には想像もつかないが、使う様な日は来るかもしれない。勉強は嫌いだが」

「俺っちも嫌いだな~。何だって歴史とか化学式みたいなの覚えなくちゃいけないんだ?」

「化学に関しちゃ選択なのに選んだお前が悪い。歴史は単なる暗記問題だろ。それにお前がもしかしたらクイズ王になってる可能性だってあるかもしれない。そう考えたら無駄じゃないだろ?」

「おーそうか! 目指しちゃいますかクイズ王!」

「……悠心。お前何の話をしてるんだ?」

 話題が逸れるあまりサクモに咎められてしまった。普通に会話は出来ているが、こういう細かい所で俺はまだまだ詰めが甘い。



 顔の向きの関係で、俺の視界には喜平以外がギリギリ映っていない。


 

 俺は左目の視力を失っている。この二人に意味を問われた際はきまって『半分だけ寝てるんだ』と茶化して上手く凌いだが、他の人間にはどう誤魔化そう。家族には毎回寝起きだったので目ヤニという事でやはり誤魔化したが、いつまでも目を閉じたままではいられない。

 包帯を巻いて怪我をしたという体を使って一時的に追及その物をやめさせる(包帯をしていればある程度事情は察してくれるだろう)という手も考えたが、怪我をする事自体がこの町では珍しいらしいので、安定と思われた手段は姑息ですらなく、裏目も裏目。単なる自殺行為だ。


 あれから二週間。俺は未だに回答を出せずにいる。


「悪い悪い。つい乗っかっちまった。帰りにでもちゃんと買うよ。一応言うけど、在庫はあるんだよな?」

「しら~ん」

「ある筈だ。昨日はあった」

「…………どうせ誘うならついでに俺のも買っておいてもいいんじゃないか? 金は払うぞ」

「俺がそんなに気の利く奴じゃないのは知ってんだろ」

 それもそうだが。

 普段なら他愛もない話でもしながら一緒に下校するのだが、家と店はほぼ反対の位置にある。そしてわざわざ購入にまで付き合う程彼らもお人好しではないし、お人好しでも無意味すぎる厚意だ。ゲームくらい一人で買える。部活の停止は岡田の自殺によって延長されている。時間的にも問題はないしと、放課後は俺一人の時間だ。

 


 あの日以来、澪雨と凛とは遊んでいない。


 

 夜での集合は一方的だ。凛が澪雨を連れてやってくるかどうか。だから二人がやってこない限り何も起きない。当然も当然。俺は脅迫されている立場なのだ。拒否権なんて用意される訳がない。人質だって好きこのんで人質になっているのではない。そういう物好きは除く。

「んじゃ、俺は買いに行く。夜には起動するよ」

「おうさ。練習してこいよ。じゃなきゃ初狩りになっちまうし~」

「うるせえな。時間差で俺に買わせようとしてる時点でする気満々だろうがよ。じゃあな」

「おう。また夜な~」

 多少俺が変な状態でも普通に接してくれる二人はこれだから良い奴だ。気にされる事はあるが俺が茶化したりするとそれで追及をやめてくれる。それは気まずくなるからではなく、実際に最近の俺はあの日以降遊ばなくても寝不足が続いているので、半分寝るという方法が正しいかどうかはさておき、試したくなる様な状態なのは誰が見ても明らかであるから。


 ―――この痣、いつ消えてくれるんだよ。


 薄くはなったが、それ以降の経過は芳しくない。薄まったまま残っている。また襟で誤魔化すか、それともチョーカーをつけて誤魔化すか。時限爆弾が無くなったというなら頼むから消えて欲しい。一時的に止まっただけという考え方がいつまで経っても頭から離れないで居る。

「…………」

 俺なんて、まだ良い方だ。ゲームで息抜きが出来る。凛もゲームかどうかは分からないが、息抜きは出来る。悲惨なのは澪雨。アイツは夜に外出した事を隠す為に今までの生活を続けないといけない。クラス内の噂で聞いた所によると書道とか生け花とか、茶道とかピアノとかヴァイオリンとか英会話とか、とにかく色々な習い事を受けている様だ。

 果たしてそれが息抜きになっているのかどうか。個人的な価値観の問題だ、俺には測り切れないが、幸福よりも自由を追い求めた彼女にとってそれが息抜きになっているかと思うと……多分なっていない。

 まあ俺も、無理してゲームに付き合っている日もあるが、それお差し引いてもアイツの心労は察するにあまりある。

 ゲームを買いに行く途中、普通にお腹が空いてきたのでレストランに入った。朝ごはんは取っていない。いつも寝不足で遅刻ギリギリなのと、朝食をのんびり摂っていたら目ヤニで誤魔化すにも限度があるのだ。



「いらっしゃいませー…………お、ユージン」



「…………ん?」

 そういえば椎乃はこのレストランでバイトをしていたのだった。シフト表を貰ったが忘れていた。見ていない。それどころではなかったから。

「おお、椎。久しぶり」

「久しぶりって……んー。ま、二週間は久しぶりかな。席に案内するね。一応要望があったら聞くけど」

「…………ない。任せる」

「はいはい」

 スカートの先から見える生足に視線を向けているのは、俺が脚フェチだからという訳ではない。綺麗な足は好きだが、あんまり顔を見てほしくないからだ。俺の顔を見れば百パーセント何があったのかと心配される。だからなるべく視線を合わせたくない。

 今日は人の入りがいつもよりは控えめだ。夜は外出禁止なので飲食店は基本的に昼が大忙しなのだが、運が良かったのかもしれない。案内されたのは店の奥側にある席。見通しも悪く、入り口からも見えない。だがトイレは近いので行きやすいし、人の視線や気配が少しでも気になるという人間なら選ぶ事もあるだろう。

「はいお待たせ。注文決まったら呼んでくれる?」

「お前が来るのか? なんか随分好き勝手出来るんだな」

「そりゃ、他にも店員は居るし。今日は暇だから。ユージンもせっかく来てくれたし話したいなっ」

「学校でやってくれよな」

「違うクラスに入るのって結構勇気居るって事くらい分かるでしょ。そんなちょっとしたハードルも超えないといけないくらい大切な話したい訳じゃないし」

 仕事をサボるな、と思う反面やる事がないならそれでもいいのか。また、サボるとは言うが勝手な裁量で特定の客に対応しているだけで、客は客だ。ちゃんと仕事はこなしているとも言える。

「…………で、さ。さっきから気になってた事聞いていい?」

「何だ?」



「何で左目瞑ってんの?」

 


 一度もこちらを見られた覚えはないが、窓の反射で見えたりしたのか。ここまで来ると隠し切れない。誤魔化したくても、椎乃は恐らく心配してくれているので、その気遣いを無碍にはしたくない。

「あー…………ちょっとな。怪我とかじゃない。怪我とかじゃないんだけど……うん」

「言いたくなさそうね」

「……聞かないでくれると有難い」

 そう頼むしかないとも言う。おそるおそる椎乃の顔を見上げると、彼女はいつだって明るい笑顔を弾けさせて、気持ちよく頷いた。

「うんっ、分かった。ユージンにも何か理由があるんだよね。聞かなかった事にしたげる!」

「…………悪いな。多めに注文するよ。お詫びみたいなあれで」

「いいよいいよ~。それで給料変わる訳じゃないし。お礼って事だったら……あ、そうだ」

 彼女は顔の前で掌を合わせて、にっこりと微笑む。次に手を開くと中には携帯が生まれており、そんな手品をしてまで見せたかった画面を俺に向かって差し出した。





「最近通信環境が整ったんだよね。それでなんか、新しい格闘ゲームが出たわね? お礼ならそれを一緒にやって欲しいんだけど…………どう」



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