口なしの詠
二章お疲れ様でした。
『口なしさん』と最後の出会いを果たしてからというもの。ラジカセも歯軋りもめっきり聞こえなくなり、俺達は無事に……無事かどうかは人によるか。澪雨と凛は度重なる同学年の死にショックを受けて、別れ際まで一言も喋れなくなっていた。これは別に、俺が大丈夫だったという意味ではない。
俺は左眼を喪っている。
家に帰って鏡で見てみると、左目は目を瞑ったままぴくりとも動かなくなっていた。血痕が見当たらないので誰かが処置をしてくれたのだとは思うが、あの二人ではない。とにかく昨夜の事は出来るだけ忘れるように努めながら俺も一夜を明かし、翌日。
寝不足と極度の緊張と疲労から露骨に体調を崩してしまったが、両親にはあえて元気を装って学校へ向かった。二人はいつも以上に元気な振る舞いだった俺をむしろ気味悪く思っていたが、それくらいでいい。あの日記を見た後だと、両親にさえ悟られなくないと猶更思うようになってしまった。
学校についたのはHRギリギリであり、喜平達からは普通に心配された。適当にあしらったと思うが会話の内容も覚えられない。凛の方は分からないが、澪雨はちゃんと登校しているようだ。しかしその面持ちは暗いなんて物じゃない。いつにも増して近寄りがたいオーラを放っており、実際誰も話しかけようとはしていなかった。
少しでも睡眠時間を補強しようと眠る体勢に入った瞬間、担任が勢いよく教室の中へ入ってくる。
「HRを始めるが~ここで悲しいお知らせがある。仁井原と愛村は転校する事になった」
―――え?
そういえば、二人の席が空席のままだ。しかしこの学年にはもう一人校内探検の参加者が居た。彼は含まれていないのだろうか。それにしては、空席だが。
「二人共家の都合でな。本当に突然の事で俺も悲しく思ってる」
「せんせー。岡田はどうしたんすか?」
「…………岡田は今朝、この学校で自殺を図ったらしい。良く分からないが、何だ。化け物に付きまとわれてるって幻覚を見てるみたいな話は聞いたがな。あんまり詳しい話はするなと言われてるんだ。だからこの話はお終い。アイツに何があったかは分からないが、お前達はくれぐれも普通に生活してくれ。くどいかもしれないが、絶対に夜に出歩かないようにな」
担任はそう言ったのを最後に、彼らの話の一切をやめた。誰もその件には触れようともしない。休み時間中に知った事だが、他のクラスでも同じ通達が入ったらしい。
つまり昨夜の犠牲者は岡田を除くと、転校扱いという訳だ。
因みに美寿紀は自分の喉を割って自殺したという話もある。真偽の程は不明だ。そもそも俺達はスペシャリストではない。完璧に調べつくして無事に帰還したのではなく、何とか命だけは繋いだに等しい。
だから何も分からない。手がかりはあのノートと、この記憶だけ。
心を落ち着かせる為にトイレへ出向いたが、鏡の自分は首の痣が薄くなっていた。これで時限爆弾は…………解除されたのだろうか。とてもそうは思えない。だが少なくとも痛みは感じないし、わざわざ隠さなければならない程濃い痣でもない。暫くは放っておいても大丈夫だと思う。ハッキリ言ってこの痣に割く思考リソースは残っていない。さっきから頭がパンクしそうで演技すらまともに出来ない。
「何なんだよ何なんだよ何なんだよ……!」
鏡の俺は頭を抱えている。
「もうこんなのごめんだ……俺が。俺達が悪かったんだ。夜に外出なんてしないから……時限爆弾…………止まってくれてるよな……」
誰も答えは教えてくれない。答えなんて誰も知らない。鏡の俺も当然知らない。
「…………アイツらに死なれたら、俺の責任…………だよな」
本当にそうだろうか。
俺は二人に脅されている。仕方なく協力している。ならば助けられなくても、そこに責任などないのでは?
「………………………………優しいの、嫌いだ」
優しくされるのが、嫌いだ。
だから俺は、脅迫されるのを好む。
脅迫されているなら仕方ないと割り切れる。
弱みを握られているなら、そうしないといけない。
あの二人がどんな気持ちで続けているかなんて知らないが、今後もそうあってくれないと困る。優しい女の子は嫌いだ。俺にだけ優しい子はもっと嫌いだ。
『悠心ってさ、かっこいいよね! 私にだけ優しいし、勉強も出来るし。私、悠心の事、結構好きだよ?』
『シン。お姉ちゃんの言う事を聞かないんだ? じゃあキョーハク、しちゃおっかな』
「……………………俺は優しくなんてない」
優しいのは嫌いだ。
でも優しい人は守らないと。
例えば、俺みたいな奴を選んでくれるお嬢様、例えば俺なんかを信頼してくれる侍女。どんな事があっても、守らないと。人の死が簡単に隠蔽される環境なら猶更だ。何を犠牲にしても守らないと、次の瞬間にはなかった事にされてしまう。
だから。
昼に生きて、夜に死ぬこの町で。
俺は夜更かしを、希う。




