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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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光を喪った町

「…………ねえ、日方。日方。大丈夫。生きて、る?」

「…………」

 目を開いた。

「…………生きてます、ね」

 俺が照らされている。照らしているのは二人の女子だ。それぞれ木ノ比良澪雨と七愛凛。共に夜更かし同盟の仲間であり、俺達は今夜を生き延びる為にこの学校へ。


 ―――思い出した!


 自分の身に何があったのかも。何故ここに居るのかも。

「……美寿紀はどうした?」

「何処にも居なかった。ていうか、私達が知る訳ないでしょ? だって日方が憑りつかれたみたいに愛村さんを追っていって。慌てて後を追ったの。でも全然見つからなくて……足音を追ったんだけど」

「声を出して探していたら、『口なしさん』に何度か遭遇してしまいましたね。日方君が頼りないので、私達で代わりにノートを集めて。その過程でようやく見つけたという訳です」

「…………頼りなくて悪かったな」

「あ、いえ。そういう意味ではなく。すみません。廊下で倒れていた人に言うべき言葉ではありませんでしたね…………そういう意味では、ないんです。場を和ませればなと」

 身体を起こしてライトを借りる。ここは保健室か。倒れていたと言うが、俺は客観的に見て慌てるような怪我をしている訳ではないのか? 外傷がないなら保健室を利用してはいけないという決まりはないにしても、俺は確かに目を。

「俺、怪我してなかったのか?」

「怪我……いえ、怪我はしていますね。多少左目の辺りを切っていましたが、大事になるような物ではないかと」

「そもそも保健室を使う事自体が異常って話はあるけどね」

「は?」

「学校。っていうかこの町だけど、滅多に重傷でどうとかってないの。交通事故はあっても年数件、死亡事故はなくていずれも軽症。だから保健室も滅多に使われないの」

「…………おい。ちょっと待て。じゃあ今日の俺と凛は、浮いてたのか?」

「え、何で凛? ていうか日方と二人で会ってたの?」

「いえ、違いますよ。違います。ねえ、日方君」

「……あ、ああ………………ただ体調不良でさ、ちょっと休んでたんだ」

 体調不良は傍目からは分からない事が多いから離脱する言い訳に便利だと思っていたが、むしろ逆。完全に裏目だったか。あの一件で怪しまれないといいが……しかもたまたま同じ場所で遭遇したという体裁があるとはいえ、俺と凛にラインが出来てしまった。下手すると、そのまま澪雨まで炙り出される恐れがある。

「えっと……悪い。ちょっと視界がまだ悪くてな」

「ちょっと、何処触ってんの破廉恥!」

「え……あ、いや。違う。悪い。違う。違うんだ……」

 手では抑えきれないようなとても柔らかい弾力に触れたと思ったら、澪雨の胸だった。何を言ってるか分からないと思うが、見えてないので仕方ない。慌てて手を引っ込めて、ベッドの柵を手探りで探し当てる。

「…………日方君。何か変ですよ。どうかしたんですか? 身体に異変があるなら」

「何でもない。ちょっと感触を確かめたくなっただけ」

「? ………………日方」

「そ、そんな事はいいんだ。ノート集めたんだったよな。見せてくれ」

「触った側が言うのもどうかと思いますが……どうにも。ノートは全部で四冊あるようです」

 凛は保健室のベッドに腰かけて入ると、俺の膝にノートを広げて懐中電灯を渡してきた。自分のペースで読めと言いたいのだろう。その気遣いは有難い。

 俺は顔を少し左に捻ってから、ノートに目を通した。



 左目が見えないなんてバレたら、心配をかけてしまう。






『この町が怖い』





『なんかこの町おかしくない? 今までずっと単なる呼びかけだと思ってたけど、どうして夜に誰も出歩いてないんだろう。その事をお母さんに話したら怒られた。あんな怖い顔見た事ない。二度と外に出ないって約束したら黙ってるって言った。何で駄目なんだろう。前住んでた所は人がいっぱいいたのに』

『病気も治った。成績も上がった。順風満帆なのかな。夜に外へ出る事以外は自由なのって変じゃない? 携帯で調べたけど、理由とかも出ないし、この町にそんな慣習がある事も伝わってない。ただ、年配の人が一杯いるから早めに眠る町とは書いてあるけど。そういう問題なの?』

『なんかちょっと、興味が出てきたかも』




 二冊目の内容はそんな感じだ。町のルール通りに生きていたら幸せを感じるようになったものの、何故そんなルールがあるのかだけが分からない。人間、欲求が満たされていけば娯楽に興味が流れる。このノートの持ち主もそうだ。夜に出てはいけない理由が気になって、持ち主の場合は一度バレて怒られた。だが文章を見た感じだと町には伝わっていないと思う。内々で済ませたか。

 まあ俺は……両親にこれ以上謎の迷惑を掛けようとは思わないので、バレたくもないのだが。

「三冊目が、これです」

 




『ごめんなさい』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいゆるしてくださいたすけてくださいもとにもどしてくださいしらなかったんですきになったんですしりたかったんですこわかったんですゆるしてくださいゆるしてくださいたすけてくださいさがさないでくださいだしてくださいにがしてくださいはなしてくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいころしてください』






「…………」

 ノートを、閉じる。

「何があったんだ……?」

「分かるのは、このノートの持ち主も私達と同じ様な行動を取って、失敗したという事です。具体的にどんな目に遭ったかは……最後のノートに隠されているのでしょうか」

「最後のノート、見つからなかったんだよね」

「見つからなかった? 『口なしさん』が嘘を吐いたのか?」

「そうじゃないの。ノートの所在を聞いた後にその場所へ行ったら、探し出した痕があったんだよ。だからその」


「花中君と愛村さんのどっちかが持ってるって事だと…………思うんだけど」

 

 その答えは聞きたくなかった。『口なしさん』関連なら幾らでも聞きだせば良い事が判明している。だが相手が人間になると話が別だ。探し出さないといけない。仮に『口なしさん』から現在の居所を聞いたとしても、人間は物体ではない。移動してしまえばそれまでだ。



「…………ぐう……!」

「…………ッ痛!」



 首が、絞めつけられている……! それに目が、痛い!


「ああああがぁ゙ぐぅ……!」

「蛇が…………」

「わ、私なんともないけど……? ねえちょっと、大丈夫? 二人共!」

 二人から見て俺の眼は何ともなっていない様だが、確信した。この眼にはまだナイフが刺さっている。生卵をぐちゃぐちゃに掻きこんでスクランブルエッグにするみたいに、俺の眼球を掻き回してくる。首の痛みなんて正直どうでも良くなるくらいに鋭いが、澪雨に余計な心配をかけたくない。だから痛くなくても、その痛みを思い出させるように自分で自分の首を絞めて、ほら痛がってみる。呼吸が圧迫され、頭に血が上っていく。なんて甘美な頭痛だろう。この秘密を守る為なら、ここで死んでも構わない。

「時間が…………なさそうだな……!」

「…………足が、千切れそうで! どっちが持ってると、思いますか! 澪雨様!」

「え、ええ! 私! そんなの。えっと……ええっと……わ、分かんない! ねえどっち! どっち! どっちだと思う日方!」

「俺……かよ…………!」

 

 ギイイイイ。ギイイイイイイイイイイイ。


 ああ最悪だ。この声を抑える事は出来ない。だから選択肢を決めないと質問を無視して殺される事になる。

 だから決めないと駄目だ。ノートを持ってる人はだれか。居場所を知りたい人間はどっちか。今度こそ左目がはじけ飛ぶ。今度こそ凛の足が切断される。ノートを持ってる可能性が高いのは。深く考えてなどいられない。直感的に。或いはこれまでの言動を加味して。



「ノートヲ持ッテルノハ誰?」



 まるで俺達の会話を聞いていたみたいに、『口なしさん』もそんな質問をしてくる物だから。




「―――――――」

 
























 花中は三年の教室の一番端っこ―――E組に居るそうだ。

 俺達の足音が聞こえたら移動されると踏んでいたが、到着して間もなく、それはあり得ない事だと理解した。扉を開いた瞬間に飛び込んできた臭いは図書室で嗅いだモノに相違ない。三人で突撃すると、窓に挟まれるように花中の死体が湾曲していた。

 その胴体は窓の側面によって半分以上切れ込みが入っており、みぞおちから上は外に放り出されていて分からないが、下半身は暗闇によってゆっくりと溶かされていくようだ。足元の木目に吸収されているみたいな。

 


 そしてその横に立っていたのは、あの日神社で俺が解放した人型。人影。



 机の上には、四冊目のノートが血に塗れた状態で置かれている。

良かった」     「話が、

違う」       「知らなきゃ

為に生きて」    「この町の

為に死んで」    「この町の

連鎖」     「それが

 開いた窓から人影はするりと外の闇に紛れてしまった。アイツを追うのはやめた方が良いだろう。俺の中では、あの神社に居た大人達を全員殺した犯人だ。

「うっ。ごめ。わたし…………うぉえ……ああ」

「………………私も。澪雨様の付き添いでうっぷ」

 血の臭いに堪えかねた二人が退室。俺は何とか鼻を抑えながら、四冊目のノートを手に取った。これで全てのノートを集めた事になるが……それだけで『口なしさん』は帰ってくれるのだろうか。何はともあれ、中身を読んでみよう。次第に目の痛みと首の締め付けが緩んできた。血に塗れて文章は八割程潰れているが、それでも何とか読めそうな雨分を拾って、繋げてみる。




『   蟲毒                        私                 たちのために         生き   。    校           違っ





                          許さない』




 ガチャンっ。



 ノートに目を通していたら、突然教室と窓に鍵がかかった。花中が挟まっていた窓は力任せに身体を切断して閉鎖。俺は慌てて出ようとしたが、反応した瞬間にはとっくに手遅れだ。視線を上げたその先には―――顔面の陥没した同い年くらいの女の子が、血液混じりの声で俺に問いかけた。


『コノ町ニ潜ム 異ノ正体ハ?』


 それは絶対に答えられる質問とは大きくかけ離れている。適当に答えても良かったが、質問を外したらどうなるかなど想像したくもない。もしかして今までの情報から答えが出るのかとも思い、必死に考えを巡らせたが―――ついにその答えが口に出される事はなく。

『口なしさん』は。









「ワカッタラマタオイデ」












 それだけ言い残すと、足元から溶けるように姿を消した。           

 

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