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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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懐古の闇

 外に出られないことに、岡田は文句を言っていた。アイツが何を見たのかは分からないが、咲彩の電話と合わせて幾らか考えられる事もある。岡田を追って美寿紀がどうにかなった。岡田の方は帰ろうとして何かに遭遇。それは恐らく『口なしさん』…………? 

 推測で分かるのはそれくらいで、だから確かめに行った。こんな事に二人は付き合わせられないので一人。



「…………」



 誰も居ない。出ようと思えばいつでも出られる様な隙だらけだ。校門が閉まっている事を除けば入って来た時のまま。岡田は一体何を見たのだろうか。試しに校門まで近づいたがここでも何も起きない。彼は何を見たのだろう。ひょっとして出ようとすると何かがあるのだろうか。


 ―――やってみるか?


 いや、そんな勇気はない。ライトで見た限りの情報だが出ようとした痕跡もないので、変なリスクを掴む必要はないだろう。確かに時限爆弾はあるが、だからと言って死を早める事はない。


『……………………………………………え。さ、西藤…………く』

『……ば、は? ど、どういう事だよ。じゃあ何で西藤は生きてて……え。あれ。え、あ、あ』


 電話の限りでは、咲彩を襲ったのは西藤の姿を模した『口なしさん』だ。そして岡田と俺達の前に現れたのも『口なしさん』だ。こちらは本体だったので、間違いない。何故本体だったのかと言われたら正体が割れているからという考えもあるが、それよりももっと自然に考えられるのは。



 西藤に扮している何かがもう一体存在している。



 そうは考えられないだろうか。いや、それくらいしか考えられない。この可能性の一番怖い所は、そいつに俺達はまだ一度として遭遇していないという事。つまり不意打ちを食らう。備えようにも俺達はそれを知らない。ラジカセも『口なしさん』ではないので反応はしてくれない。

「…………」

 これは、まずいかもしれない。慌てて体育館に引き返そうとすると、何となく足を止めて、息を殺した。


 見られている。


 この暗闇で。光源もなく。だが見られている。確実にそんな気がしている。動いたら死ぬ様なシビアな感覚ではない。ただ視られているだけで、それがたまらなく不愉快なだけ。足は勝手に止まった。

「……………………」

 足音も、呼吸も、何も感じない。ここには何処までも続く暗闇があるだけ。周りに誰も居るはずがない。居る筈がない。蟄伜惠縺励↑縺。

「蟄伜惠縺励∪縺帙s蟄伜惠縺励∪縺帙s縺ゅj蠕励∪縺帙s蟄伜惠縺励∪縺帙s蜈ィ縺ヲ縺ッ蝌倥〒縺吶≠繧翫∪縺帙s」

 

 視線が、消えた。


 体育館の中に入る直前、頭上から降ってきた肉の塊が横の地面に激突。二人に気づかれないように入ったつもりだが、扉の前で二人が不機嫌そうに口を結んで待ち伏せをしていた。

「何してるの!」

「一人で何処へ行ってたんですか!」

「わ、悪い! ちょっと、気になった事があって。大丈夫だ。何もされてない。『口なしさん』に乗っ取られたとかもないって」

「だとしても迂闊です。ラジカセも持って行かずに行くなんて」

「日方が死んだらもう、どうしようもないんだから。やめてよ。そういうの」

「…………悪かったよ。悪かった。ごめん。ごめんって。だから泣かないでくれ」

「は! 泣いてないし! 馬鹿じゃないの!」

「いや、どう考えても泣いて―――」

「ない! 顔触んな馬鹿!」

 お嬢様にしては口が悪い。ふんと鼻を鳴らして澪雨はそっぽを向いてしまった。今の所孤立した人間がどれも死んでいる現状、俺の気遣いが迂闊だったのは否めない。それにしても妙な感覚を覚えたくらいだ。やはり同行しないで正解だったと思う。

「それよりも、ねえ。ノートって何冊あるの? それも聞いた方がいいんじゃない?」

「『口なしさん』にか? ……確かに。何冊あるか分かった方が。待てよ。ていうかそれなら、一々見つけて次のノートの場所を聞けばよくないか?」

「答えてくれるのでしょうか。それは答えを教えている様な」

「自分を倒す条件だって教えてくれるか怪しかったけど、教えてくれただろ。やったのは澪雨だけど、その澪雨が言い出したんだから試す価値はあると思わないか?」

「え、もしかして私頼りにされてるの?」

「俺とか凛みたいに常識的な奴じゃまず思いつかなかった。凄いと思う」

「……褒めても、何も出ませんったら……」

 おお、敬語に戻ってしまう独特の照れ隠しだ。褒めたというよりは皮肉……いや、褒めてはいるのだがそこまで純粋に褒めた覚えはない。そもそも素直に褒める事自体物凄く恥ずかしいので、何か一枚噛ませないとどうにも言葉が詰まるというか。

「今度は俺がやる。お前らはちゃんと猿轡をして、喋れないようにしておいてくれ。ノートは全部で何冊かを聞けばいいんだよな」

「そうですね。話の流れだとそうなります。では日方君。少々後ろを向いててもらって」

「は? え? 着替えなくていいんだぞ?」

「そうですが、何となく恥ずかしいでしょう。澪雨様も、ね」

「え? 私はそんな事」

「あると言っています」

「ないって言ってると思うんだけどな……」

 まあ近くに居るならそれでもいいかと思い、背中を向けた。目を離したら消えるかもしれない状況でもないし、多少のリラックスも大切だ。俺も気を引き締めて脳内に質問を反芻させる。『口なしさん』が誰かの姿になってくれたらまだ楽なのに、正体を知っているせいか本体でしか現れてくれない。あの異形は何度見ても心臓に悪く、うっかりすると質問が飛んでしまうかも。

「終わったか?」

「~~~~~~~」

「~~~~!」

「ああそう。それじゃ行こう」

 かくれんぼではないが、今度は隠れる側から見つける側へ。段々ゲームらしくなってきた。これが『口なしさん』との対話方法であるなら、むしろ積極性を見せないと生き残れないのかもしれない。だからこれは罠なのだ。喋れない人間には質問をしないが、質問をしないという事は『口なしさん』に関連するあらゆる情報を得られないという事。勝ちはしないが負けもしない。普通の人間ならそれでもいいのかもしれないが、時限爆弾があると話は別だ。

 教室棟二階までぼんやりと歩きながらラジカセの音に耳を澄ませていると、前方から普通の足音が聞こえてきた。

「…………誰だ!」

 すかさずライトを当てると、殆ど同時にライトを照らされてこちらも視界を奪われる。後ろの二人は喋れないので俺は自力で正体を特定するしかない。

「ねえ、あ、アンタ達さ。『口なしさん』をどうやって倒すか知ってたりする?」

「……美寿紀か?」

「そうよ」


 ―――落ち着きすぎてるな。


 あんなに取り乱していた女の子が、ここまで落ち着くだろうか。残る生存者は花中と彼女くらいの筈で、強いて言えば岡田が生死不明のままであるくらいで。落ち着く要素が何処にある。

「眩しいから照らすのやめてくれよ」

「普通に嫌。で、知ってるの。知らないの?」

「…………知ってたらとっくに脱出するなり終わらせてると思わないか? お前の方はどうなんだよ。知ってるなら教えて欲しいもんだ」

「は? 知ってる訳ないじゃん。ほんと役立たず。もういい、じゃあね。何にも知らないならいいや」

 苦し紛れの嘘を追及する様子もなく、美寿紀はやってきた方向へと去っていく。明かりがなければろくに通用しない視界だと、どうしても聴覚の方が鋭くなる。だから美寿紀の足音が倍の数聞こえるのも見逃さなかった。

「…………おい、ちょっと待て」

 足音が止まる。

「何?」

「もう一人居るな。お前の後ろ。花中じゃなさそうだ。誰が居る?」

「……何? 西藤だよ。あ、知らないか? それとも知ってる?」

「…………西藤は、死んだだろ。何言ってるんだ」

「は? 死んだ?」

 



 ……………………。




 会話にしては不自然な間が空いてしまった。緊張状態の面持ちのまま返答を待っていると、背後から肩を叩かれる。凛だ。猿轡のせいで喋る事こそ叶わないが、何かを拒否するように頭を振っている。

「何、言ってんの。何言ってんの。そんな訳ない生きてるだってここに居て西藤は私を守ってくれてるのに何言ってんの死んでるなんておかしいじゃん死んでたら守れないじゃん」

「…………」

 澪雨も凛もただならぬ様子の美寿紀を相手に退く事を望んでいる。だが待って欲しい。これはチャンスではないのか? 西藤に扮したもう一人を特定する絶好の機会だ。目の前の相手が本物という可能性はない 

「ちょっと待て。美寿紀。こっちに来い。俺が守るから」

「は? あんたみたいなのに何が出来んの。いいよ別に。『口なしさん』の事も何も知らないんだから、勝手に死ねば。西藤はね、彼氏なの。頼りにしてる度合いが違うの。だからいい。要らない」

 今度こそ遠ざかる足音。止まれと言っても聞いてくれない。背後からの制止を振り切って後を追う。明かりを持っているのだ。追跡に失敗する事はない。

「そいつについていくな! 殺されるぞ!」

「うるさいうるさいうるさい! 何で西藤が居ないなんてデタラメを言うの!? ついてきてまで言わないでよ!」

「デタラメなんかじゃない! ってちょっと待て! 待てってば待てっての―――いい加減にしろよ!」

 全力で校内を逃げ回られて手間取ったが、遂に彼女の手を掴み、その顔を振り向かせる事に成功した。もう片方の手は暗闇に遮られたまま繋がれている。

「そいつは西藤じゃない! 顔はそっくりでも違うんだよ! よく見ろって!」

「さっきから―――しつこいんだよ!」

 美寿紀は力任せに俺の手を振り払うと、懐に隠し持っていた包丁(家庭科室のだろう)を握り、俺の左眼に向かって突き刺した。








「―――ぎぁ゙ぐぃああ―――――――――――――っ!」








 途中から声が擦り切れて音にさえならない。眼を刺された経験などある筈もなく、入院を必要する怪我もない。そんな男が初めて経験した至上の痛みは、激痛や死という言葉さえ生ぬるい過熱―――頭全体を巨大な電線で包んで一気にショートさせたような、爆発的な感電。一撃でショック死してくれたら良いような物を、この身体は変な所で耐えてしまった。

「逞帙>ィ゙た逞帙>痛い逞帙>痛い逞帙>逞帙>ぁぁあ逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>!」

「…………え。やだ。ごめ。ちが! そんなつもり……え、あれ? 何で包丁……持ってるん………………だっけ」

 一度死に損なった身体も、絶え間なく続くヤスリのような地獄に根を上げた。消えゆく意識の中、最後に見えた光景は。西藤らしき手を引っ張る美寿紀。そして。



 手首から先が何処にもない、西藤の『   』すがた

   

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― 新着の感想 ―
[一言] 頼むから夢オチとかであってほしい。犠牲があまりにも、、、。
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