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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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秘密日記

『昔から私は病気がちで、療養の為に引っ越してきた。ここは田舎で気楽だからなんて言われたけど、本当にそうなのかな。授業だって簡単な訳じゃないし、平常点も気にしないといけない』


 どうにもこれは、誰かの日記だ。書き方から女の子な気もするが、それにしては珍しく字が汚い気もする。何にせよ同じくらい字が汚い俺でなければ判読は困難を極めるだろう。それよりも何よりも気になるのは、日付と名前が黒塗りにされている事だ。油性ペンで上から塗り潰されているのでこれがいつの出来事かも、そもそも持ち主が誰なのかも分からない。


『病気が治った。信じられない。前の病院では完治は難しいって言われてたのに。ずっと保健室登校だったのが教室に行けるなんて。でも勉強、嫌いだな』


「気持ちは分かる」

「ゲームの方が良いと?」

「そりゃそうだな。確かにうちの高校は特別頭の良い場所じゃない。でも嫌いなもんは嫌いだ。特に強制される勉強は好きになる要素がない。澪雨の前で言うのは……あれだけどな」

「……ノーコメントでお願いします」

 好きになれないから勉強をしない。俺にはその自由がある。だがお嬢様にはそれさえもなかった。ただ約束された幸福の為の交通費、或いは片道切符の為の料金。お金持ちの子供が必ずしも幸せになる保障はないが、普通の人間が困る様な不幸には陥らない。この世にはお金で解決出来る不幸は山ほどあって、それを跳ねのけられる出生が彼女にはある。


『何でお父さんもお母さんも勉強を強要してくるんだろ。休日くらい好きにさせて欲しい。前はこんな事無かったのに。何で。良く分からない。成績だって最低限はあるのに。どうして怒るの。何で褒めてくれないの。学校嫌い。消えればいい。地震とかで消えないかな』


「……そういえば地震とか暴風とか洪水とか受けた覚えないな。これまでにも全国的には何回かあったと思うけど」

「地震速報は来ますが、こちらに揺れが伝わった事は……あるのでしょうか。暴風も、ちょっと強い風程度で、特別被害が出るような強さでは」

「それがこの町の良さって町長さんが言ってたじゃん。災害対策がしっかりしてて、訓練も積んであるんだって。ニュース見てないの?」

「災害対策も何もまず災害が来てないし、訓練も何もやっぱり災害が来てないからそれ答えになってるかどうか怪しくないか? 俺は転校してまだ二年そこらだから分かんないと思ってたが、その言い方だと二人にも心当たりはないんだな」

「生まれてこの方、災害に見舞われた事がありません。私や澪雨様―――いえ、この町の住人にとっては災害などテレビの中の出来事……は流石に言い過ぎですが、縁は薄いでしょうね。現に避難訓練など実施していないでしょう」

「俺の薄っぺらい知識ですまんが、あれって何回かやるの義務付けられてるんじゃなかったか?」

「仮に義務でなくとも、一度もやらないというのは教育機関として問題がありますね」

「澪雨が口出しすれば何とかなったりしないか?」

「…………日方君。私に逆らう自由はございませんよ」

 うんざりした様な敬語で澪雨は言い返す。夜にでも頼らないと、彼女には何の自由も許されていない。抵抗する気も起きない。小さい頃から刷り込まれた拘束は、成長しても取り除けないものだ。


『ヤダヤダヤダヤダ。勉強なんてしたくない。もっとしたい事があるのに嫌だ。この町の為って何。ボランティアなんてやだよ。慈善行為なのに強制なの。どうしてお父さんは先生の言いなりなの? お母さんは何で町内会の機嫌を窺ってるの?』


 ノートはここで終わっている。『口なしさん』について分かったかと思えば、単なる愚痴ノートだ。気になる事は書かれているが、今の状況に対して変化がない。

「これ、ノートで合ってるよな」

「さあ……」

 物体としてはノートだが、関係あるのだろうか。いやしかし、発見時の状況は異常だ。机の裏側に張り付いている事なんて普通ない。やはりこのノートが正しいのか。荷物の負担はせっかく三人もいるなら分散するべきだ。ノートは発見者の澪雨に任せるとして、教室棟に向かうとしよう。

「ねえ日方。全滅なんて……しないよね」

「……」

 ノーコメントだ。

 言ったら嫌われてしまうだろう。お嬢様は自分の状況を理解していて尚、善き行いを貫こうとする育ちの良さを備えている。夜遊びだって、まさかこんな大ごとに繋がると誰が想像した? 結果論は幾らでも言える。あの時点ではほんの夜遊びに過ぎなかった。

 これ以上話が大きくなるなら自由を求める事さえやめようとした事も忘れてはいけない。ただそこに時限爆弾が生まれてしまったから続けざるを得ないだけ。ここまで含めて澪雨を自己中な女だと定められる人間がいるなら、俺は仲良く出来そうにない。

 彼女は限りなく善い人だ。環境がそれを許していないだけ。悪いとすればこの町全体が悪い。夜に外へ出たらどうなるかを一切説明していないのだから、そりゃ想像なんて出来ないだろう。

「全滅は……避けたいけどな」

 生存者が居ると後々困るかもしれないのは確かだが、わざわざ見殺しにするのも気分が悪い。最初から妥協しているのは相手が悪すぎるから。せめてこの三人だけでも生き残ろうとしているだけ。だから正直な事を言わせてもらうと、全滅するならそれはそれで澪雨に被害が及ばなくて構わないと俺は思っている。

 勿論、死体を見たらこうはいかない。どんな悍ましい死に顔を見たとしても激しく後悔するだろう。救っておけばよかった、無理をしてでも助ければ良かった。そう思えるくらいにはまともな教育を受けたと思う。

 

 だが、それだけだ。


 顔の見えない所で誰が死んでも、それは俺の責任じゃない。責任を負う必要もない。この世の何処かで見知らぬ誰かが死んだとして、何ができる? 今は相手が誰かを知っているだけで、その死の原因は全く未知の存在だ。見殺しにしなかったとして、助けたとして。俺に何が出来た? 一緒に死ぬだけではないのか?

 日方悠心は神様ではない。デウス・エクス・マキナの様に現れたが最後あらゆる流れを捻じ曲げるような役割も持たない。人が人を助けるには限度がある。だから例えば、ゲームをクリアしなければ誰かが死ぬという事なら俺は全員を助けるつもりで動いた。

 唯一全員助けられた可能性のある恵太は、たった一人を助ける為に死んだ。

 だからもう、どうしようもない。どうしようもないという事にしてくれ。


 

 じゃないと心が死にそうだ。こんなどうしようもない状況で、俺のせいなんて。



 教室棟に戻ると、一階の女子トイレ前で呆然と立ち尽くす岡田の姿があった。

「……岡田!」

「…………」

 足元にライトを向けると、トイレから血が漏れ出している。ここが何処なのかを踏まえたら、誰の血なのかは言うまでもない。あんな別れ方をしたというのに、最早彼には一々敵意を向ける余裕もなくなっていた。

「…………何があった」

「…………」

「おい」

「…………」

「おい!」




「うるせえええええええええええええ!」




 『口なしさん』に聞こえるかもなんて考慮はおかまいなく、狂った岡田は俺の首を掴みながら壁へ押し付けた。

「ぐえ……ちょ!」

「あんな事になるなんて知らなかった! 何でアイツがこっち来るんだ! 何で何で何で何で何で何ででられないじゃないかああああああああああああ!」

「日方!」

「日方君!」

「ぐぅ………ぇ!」

 これが火事場の馬鹿力という奴か。元々そういう体質なのだろうが、力を込めた腕から血管が浮き出ている。それがより、強い力で引き締められていると認識させる。

「何だよあれ! 何なんだよあれはああああああ! 教えろ! 知ってんだろ。お前か! お前のせいなのか! おまえがあああああああああああ!」

「ねえやめて! やめてください! 彼は何も知りません!」

「澪雨様。二人で岡田君を……!」


 ギイイイイ。ギイイイイイイイイ。


「早く! 教えろ! 俺は帰る! 帰ってチクってやる! 皆死んだのはお前達のせいだ! どうやった! なあどうやったんだよ! 外に出られないのはどういう事なんだよおおおおおお!」




「今ハ何時?」




 女子二人の空しい抵抗も、『口なしさん』の到来によって動きが止まってしまった。そこには俺だって含まれてもいい

。自分が殺されるかもしれないと言うのに、異形の見た目に視界を奪われ、抵抗が止まる。声は元々首を絞められていて出せない。『口なしさん』はどう考えても、この中で一番元気な岡田に問いかけている。

 そんな男は『口なしさん』の姿を見つけると、困惑した様に身体を震わせた。

「……ば、は? ど、どういう事だよ。じゃあ何で西藤は生きてて……え。あれ。え、あ、あ。」

「無視―――」




「うわあああああああああああああああああ!」




 気が触れたとはこういう人間に対して言うのだろう。岡田は口なしさんに向かってとびかかり、裂け目のような口より更に上の部分を殴りつけ始めた。

「あああああああああああああああああ! うあがあああああああああああああああ!」

「日方君! 今の内に逃げましょう!」

「う……ぁ。ごほ。ごほ。ああ、にげ、よう…………」

 逃げるというか、行きたい場所がある。澪雨に伝えると、彼女は俺の手を引っ張りながら息も絶え絶えに走り出した。













    





 やってきたのは体育館。鍵は開いており中には誰の姿も確認出来ない。残る生存者は花中と美寿紀、だがあれだけ錯乱していた女子が頼りがいもなく怯えていた男と共に逃げるだろうか。逃げられるだろうか。

 ここには誰も居ないが、何が起こったかを確認する方法ならある。

「わ、悪い。こんな時に言うのもあれだが……ちょっと、トイレに行かせてくれ」

「は、はい……」

「はあ、はあ、はあ。だ、大丈夫だよね」

 館内の倉庫に二人を取り残すと、俺はきっちり扉を閉めて。




 外へ出た。

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[一言] 学校で人間が死んでいく 黒彼の冒頭を思い出しますな…
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