蜈ィ蜩。謨代∴繧九→諤昴≧縺ェ繧
「…………は?」
「え?」
「…………」
猿轡を噛んでいる場合、常識で語ろうとするなら手足も縛られていてしかるべきだが、彼にそこまでの不自由はなさそうだ。声を必死に殺そうとしていた俺の様に、口元以外は自由。ただしその身体は尋常でなく震えており、それが恐怖に因るものである事を見抜くのは容易かった。つい直前まで澪雨も同じ様に取り乱していたから。
何故か俺達を見て逃げようとしたが、三人も居て一人逃がすようなら俺達はどれだけ連携が取れていないのかと。側面に逃げたのを凛が通せんぼして確保。残る二人で猿轡を外し、暴れる手足を抑えつける。
「は、離せぇ! 離してくれえ!」
「ちょっと待て。俺達は『口なしさん』って訳じゃない! 生きてる! 生存者だ!」
「嘘だ! 離せってえええええええ!」
「ちょっと日方。これどうすんの?」
「抑えつけるのはむしろ逆効果な気が―――」
凛の言う事に一理あるなと思い直して力を緩めた瞬間、振りほどけた手がバネのように跳ねて澪雨の胸を横から弾いた。
「あ」
「あ」
「…………」
「あ……」
予期せず女子の胸を触った事で彼も多少正気に戻ってくれたが、男として既に手遅れだ。そして夜の澪雨は昼の物腰とは反転してお転婆になって気が強くなるので、されるがままに終わる事はない。
バンッ。
案の定、鋭利なビンタが男子の頬を捉えた。警戒心を解くつもりが澪雨の方にそれを生んでしまった。暗くて良く分からないが、多分彼女の顔は赤くなっている。わざわざ俺の背中に隠れたのは警戒どころか敵意の表れだ。
「こいつ嫌いです!」
「…………わ、悪い」
「痛いの一発食らって落ち着いたか。えーと、改めて言うけど、俺達は生存者だ。お前は今日『口なしさん』の存在を確認しに来た。違うか?」
「……た、頼まれたんだよ、恵太に。自己紹介がまだだったな。俺は花中正次。お前の事は知ってる。悠心だよな。つっても恵太から聞いただけだけど」
「ちっすー。七愛凛でーす」
「……澪雨」
「そ、そうか…………胸を触ったのは、謝る。でも俺も取り乱してて―――選択を間違えた。大人しく帰るべきだったんだよ俺は」
「何の話だ?」
「……元はと言えば、俺が悪いんだよ」
正次が言うには、本物の恵太が学校に居たのは自分のせいだという(やはり彼は最初から偽物だと知っていた)。元々本当に恵太はこの計画を立てており、彼はそれに誘われた。だがこの町の殆どの住人は夜に出歩くという発想をそもそもしない。同町圧力なのかもしれないが、元転校生が計画してそれに乗ったという所からも分かる通り、出歩くにしても誰かには責任を押し付けたいのだろう。
正次は少し違っていて、夜に行くからには女子に格好いい所を見せたいと一人で下見をしようとしたのだと。すると間もなく『口なしさん』に遭遇。最初はまぐれで逃げ切った所で恵太に電話をして助けを求めたようだ。
「お、俺が呼ばなきゃアイツも…………」
「ねえ~良く分かんないだけどー。どうしてあっちが死んじゃうの? 詳しかったんでしょ?」
「く、詳しかったさ! 絶対に死なない方法を教えてくれたのもアイツで、本当は二人で逃げ切るつもりだったんだよ! でも俺が……無視しちゃって。『口なしさん』、複数人に無視されたら新しい順に襲い掛かるみたいだから、それで恵太が助けてくれたんだ。別れ際に色々教えてもらって―――えっと! そう! 俺の偽物が肝試しを進めるだろうから、お前が全員を助けるんだって託されたんだ!」
「―――まとめるとこうだな。お前がドジ踏んだツケをアイツが代わりに払って、ついでに情報も全部伝えてお前に他の参加者を守るように託した。でもお前は守るどころか一人で逃げ回ってこうして隠れ回っていると」
「しょうがねえだろ! 『口なしさん』の奴、恵太の声でやたら俺を探し回るんだから! 今だって危ない。喋れたら不味いんだよ!」
「不味いとはどういう意味ですか?」
「『口なしさん』は、喋れない相手に質問をしないらしいんだ。喋れないって言うのは単に病気とかでって事じゃなくて……こんな感じで口を塞いで喋ろうにも言葉が成立しなくなるようにすればいいって! 恵太が……言ってた」
似たような方法は俺もやっていたが、あれは単に声を出さないようにする為のつもりだった。奇しくも俺は違う理由から同じ対処をしていたらしい。猿轡で喋れなくなった俺に、『口なしさん』は質問をしてこない。成程、それなら俺の居場所が分かっても襲いに来ない訳だ。無視も何も俺は喋れないのだから。
さて、これが明確な対処法かと言われると、また少し話が違ってくる。
「他に何か言ってなかったか? 訳あって俺達は逃げるだけじゃ駄目なんだ。『口なしさん』自体をどうにかするやり方とか……何でもいい。弱点とかないのか?」
そう、俺達には時限爆弾がついている。ただ逃げるだけでいいならそもそもここに来ないで話は終わりだ。逃げ続ければ勝ちもしないが負けもしない。だがタイムアップは自動的に俺達の敗北。となると他の人間はともかく俺達だけはその手段を取れないし、取る訳にはいかない。
まくしたてる様に尋ねる俺の圧に怯み、正次は慌てたように「えーと」の三文字を繰り返す。ラジカセから歯軋りが聞こえてきたので、慌てている所悪いが一旦静かになってもらおう。
ギイイイイイ。ギイイイイイ。
…………音は止んだ。やはり屋上は盲点か。
「え、えっと。だな。確か『口なしさん』に攻撃は駄目だって言ってた。それと……何だったかな。『口なしさん』は無視と答えを間違わない限り無害みたいな……あー! 何だっけな! 弱点じゃないよなこれ。なんか言ってた気がするけど思い出せねえ! ド忘れだ!」
「落ち着いた場所に避難させた方が良いのでしょうか」
「それなら良い場所があるな。おい正次。お前が守らなかったせいで三人くらい死んだ。残りの生存者は体育館で引き籠ってる。鍵は『口なしさん』が持ってる訳じゃないから安全だ。そっちなら少しは落ち着けるんじゃないか?」
「猿轡しながら行くって~マジ?」
「見た目は悪いけどな。こいつには生きててもらわないと困る。唯一の情報源だからな。その代わり思い出したら俺達に連絡してくれ。代わりに何とかするから」
「わ、分かった…………」
喧嘩別れのような形になったので特に俺は歓迎されないだろう。だが俺でなければどうだ。大人しく引き籠りたいという気持ちは彼らだって同じ筈。正次が改めて猿轡で口を固めたのを見届けてから、俺達は改めて体育館へと舞い戻った。
まだまだ岡田の良心も捨てた物ではない。体育館前で別れた後、名前を告げたらすぐに入れてもらったようだ。これで言い方は悪いが情報源の安全は確保した。万が一にもピンチは訪れない。
「喋れない人に質問はしない……という事は、失声症の人を連れてくれば比較的無害だったのでしょうか」
「そいつだけな。ただ俺達も少し大げさに怖がってたかもしれない」
「どういう事?」
「歯軋りは怖いが、結局『口なしさん』は質問を介さないと何もしてこないんだ。される質問は絶対に答えられるらしいから、もっと果敢に遭遇してもいいのかも……怖いけど」
絶対に答えられる質問という割には、電話越しにしてきた質問は博打みたいなものだった。『口なし』だから好きな物なんてない。食べられない。そんな安直な発想の答えがまさか正解だとは思わなかった。もし間違っていたら何をされていたのだろうか。
「でも、なんにせよ戦わないといけないんだよね……自信ないや」
「間違えたらと思うと……恐ろしいですね。かといって無視は厳禁ですし」
俺の背中を盾にびくびくとした足取りで廊下を歩く二人。俺は不意に身を翻し、二人を手近な教室へと連れ込んだ。そこはたまたま昼とは構造が異なっており、机が五つ程足りなくなっている。外に比べたら些細な変化だ。多少スペースが広く取れるくらいの異界に何の特別性もない。
「二人、どっちかでいいんだけど猿轡を噛んでここで待機しててくれ。俺は今から隣の教室で『口なしさん』を誘導する」
「何をするおつもりですか?」
「俺達は『口なしさん』と戦わないといけないが、逃げ回る事だって時には必要かもしれない。まだ弱点も判明してないんだ。行動範囲は広ければ広い程いい。だから、鍵を取り返したい。俺が質問に答えてる隙に二人のどっちかが鍵を奪ってくれ。喋れない状態ならアイツも追わない…………と、思う」
質問をしないだけで追い回すという事なら、また少し話は変わってくる。とにかく挑戦しない事には何も始まらない。現在時刻は丑三つ時を過ぎようとしている。これ以上うだうだと夜に怯えるのはやめだ。
蜈ィ蜩。繧呈舞縺医k縺ェ繧峨◎繧後′縺?>。そうだろ?




