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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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口なし考察

 『口なしさん』が聞いていない内は恐らく会話も可能だと思われる(でないとさっき言い争いをした時点で待ち伏せされているだろう)ものの、『歯軋り』の音が聞こえた瞬間に黙り込むというのも難しい。また、注意しないとラジカセから聞こえているのかそれとも本体が出しているのかがいまいち分からない。

「それで言うと、疑問なのですが」

「どうした?」

「恵太君が『口なしさん』だとするなら、どうして歯軋りが聞こえなかったのでしょう。私達は暫く行動を共にしていました。歯軋りが聞こえっぱなしになるのが道理では?」

「それはそれで気が狂いそう……私と七愛はきっと取り乱してたよね」

「で、怪しまれるって訳か……音の正体を知ってるってもんで。俺もその件についてはハッキリした事は言えないな。でもまあ……擬態ってそういう事なんじゃないのか。他の生物とか物とか、それっぽく見せかけるから擬態なんだろ」

「知識がないって不便ですね……」

 今どきは携帯で何でも調べられるのかもしれないが、『口なしさん』の噂を調べて収穫があった事などない。というかインターネットで全て解決するなら西藤や仁井原もあんな事にはなっていないだろう。意図的に情報を隠すように流れた噂が悪いのだが。

 悪いと言えば、行先も告げずに離れたもう一人も悪い。生きている可能性も含めてハッキリしないから俺達も苦労している。


 ―――待てよ。


 もう一人が何処に居るのかも分からない。闇雲に探そうとするよりは何かとっかかりがあった方が良いと思い、二人をそれとなく誘導。『歯軋り』の音を一旦やり過ごしつつ、図書室の前まで移動してきた。

「ここにもう一人の死体がある。名前は知らない」

「な、何で連れてきたの! もう死体は……!」

「落ち着け! 中に入れとは言ってないだろ! 不思議に思ったんだよ。元々の人数は八人で、お前らが加わって十人。三人は単独行動中だった。恵太、生徒A、生徒Bだ。この内恵太が偽物、Aがここで死んでる。Bは生死不明。Aの死因は同じだ」

「…………何処にも妙な点とかなくない?」

「………………Aだけが殺されている事とか、何か関係ありますか?」

「その通りだ。流石は凛だな」

「……七愛!」

「申し訳ありません」

 この状況で何を張り合う必要があるのだろうか。まあでも、澪雨にも下らない張り合いを出来るだけの余裕があるなら何よりだ。嗜虐趣味はないもので、残念ながら泣き顔よりは笑顔の方が好きである。大体泣かれるとこっちが悪い事をしたみたいで弱気に……

「Aと恵太だけが合流してたまたま間が悪かったって考えはあるけどな。西藤は恵太と組んだがばっかりに死んだ。偽物だと知らなかったなら恵太が呼べば来るだろう。校内は音が良く聞こえるからな。正体がばれないに越した事はない。恵太だってそう思っていなきゃあそこまで粘らないと思うし」

「何であの時は正体を現す気になったんだろ?」

「全員を殺せると思ったのではないでしょうか。恵太君にのみ擬態出来るなんて都合が良すぎます。何らかの条件で他の者にも成り代われるのでは? 私達は『口なしさん』について詳しくありませんから……」

「そこはいいんだ。問題はアイツの殺害方針……取り敢えず一対一で殺そうとしてる方針にある。多分、同時には殺せないんだろうな。で、俺以外偽物だと気付いてないという前提だと、残るもう一人は早々に死体が発見されてなきゃ話がおかしくなる……」

 話していて不安になってきたので、恵太こと『口なしさん』が入った場所に向かってみる。三階のコンピュータ室、二階のトイレ……しかしいずれにももう一人の姿は見当たらず、俺の説はますます立証される事となった。

「やっぱりいない。誰かに呼ばれたら普通合流するだろ。凛から聞いた話じゃ、手分けして探すっていう割にはそんなに離れなかったみたいじゃないか」

「それはまあ……怖いし」

「私達は特に……この町の者はお化けに耐性がないどころか夜とも縁がありませんから。日方君は怖くなかったんですか?」

「俺は一人ぼっちで行動しないといけないから一番怖いに決まってんだろっ。何度叫び声をあげそうになったか……まあこの場に居る全員がそんな感じなら、単独行動をしてた奴が一人、耐性があるとは考えにくい。むしろその特別性は恵太にこそあった筈で……例えば、元々恵太に対して警戒心を抱いてたとかなら、話は変わってくるな?」

「警戒心……あ、本物の方の恵太を知ってたとかでは?」

「本物と偽物にそこまで大きな違いがあるならお前達の内の誰かは気付きそうだな。多分もっと限定的な……彼だか彼女だか知らないが、そいつにだけ分かるような形で……」




「恵太から何か聞いてたんじゃない?」




 トイレよりは探す意義があるだろうと思って俺達はコンピュータ室に舞い戻って片っ端から起動しようと試みている。話はその最中に行われていて、澪雨が声を荒げたのもその時だ。

「恵太は詳しいんでしょ。だったら恵太から『口なしさん』の特徴を聞いてて、一瞬で分かったとか」

「あー。成程な。そういう方向性か……」

「それでしたら、もっと単純な状態でも可能な筈です。例えば…………恵太君の死体を見たとか」

 三人寄ればもんじゃの知恵だかなんだか。美味しそうなことわざだが、確かな手応えを感じている。緊迫した状況だからか俺も頭の回転が悪いらしい。何か専門的な知識を与えられるよりも、死体を見たという方が近寄らない。現に俺はずっと警戒しっぱなしだった。最初に死体を見たアドバンテージというのは状況次第では幾らでも覆る。何せ俺達は恵太の死体を見て直ぐに絶体絶命に陥り、何とかして脱出しただけだ。初めて死体を目撃したのが俺だという証拠は何処にもない。


 ―――何で恵太は、学校になんか来てたんだ?


 アイツは俺と情報を共有するつもりだった。先んじて学校に居たのには何か理由がある筈だ。俺との約束を差し置いてわざわざ単独で行く理由は考えられない。誰かが居て、アイツを呼んだと考えるべきで―――つまりあの時、校内にはもう一人居たのかもしれない。それがもし現在生死不明のもう一人だとしたら辻褄は合う。合うように考えたから。

「PC何処もつかないな。当たり前なんだけど」

「何処に隠れたのでしょ……」


 ギイイイイイ。


 これはラジカセではない。俺達は直ぐにPCの設置された机の下に隠れ、音をやり過ごすように息を潜めた。

 まだ見つかっていない筈だが、歯軋りは何の躊躇もなくこの部屋へと踏み入り、歯軋りと共に俺達を探している。しらみつぶしに捜索されたら打つ手がない。あちらの位置に合わせて動くのも、地獄耳な特性を考慮すれば悪手になるかもしれない。

 やはり鍵を掌握されているのはまずいか。どうにか取り返さなければいけないのに、取り返すという事は一度対峙する必要があるという事。リスクを負わずに対面出来る方法があれば良いのだが……その前に生死不明のもう一人が生きているとして、何処に隠れているのかを考えなければ。


 ギイイ。ギリイイイイ。

 

 ほとんどの教室の鍵は所有されている状況である程度安全が保障され、且つアクセスが可能な所。

「………………!」

「…………」

「…………」

 歯軋りが聞こえなくなった瞬間、俺はPC室の窓に向かって急いで鍵を開けた。

「ど、どうしたの?」

「屋上だ」

「は?」

「殆どの教室に鍵が掛かってるから隠れるにしても見つかりやすいって話しただろ。屋上に行くには鍵が必要だが……三階なら頑張れば上れる」






















 俺の予想は当たっていたが、この状況に対して真面目に振舞えばいいのか茶化せばいいのかが分からない。

 屋上の貯水タンクの陰に、猿轡を噛んだ男子が座り込んでいた。


  

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっと謎の手がかりが見つかりそうな感じですね [一言] 最適解は猿轡
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