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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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そこに幸せはない


 ―――やっぱりか。


 職員室の中に鍵束がない。昨日と同じだ。恐らくあの恵太が持っているのだろう。やはりまずい。それの何がまずいって―――最初から気づくべきだったのが、何故鍵もないのにあの教室が開いていたか。それは勿論恵太が開けたからなのだが……裏を返せば、恵太しか開けられない。手分けして探すなんてそもそも無理なのだ。まず全部の鍵を開けてくれているとは考えにくい、意味がないのだ。開ける意味ではなく、鍵束を所有したままにする意味が。

 開けた数はそのまま俺達の行動範囲。

 開けなかった場所は物理的に立入が出来なくなる。

 俺達が初めて『口なしさん』と遭遇した時は隠れてやり過ごしたが、これはある種の対策だ。入れない場所があると、絶対的に隠れられる場所という物は限られてくる。場所が絞れるなら俺だって探しやすい。一つの廊下に六つクラスがあるとして、五つが封鎖されているなら誰が隠れようとしても残る教室の中でどうにかするだろう。

 どうするどうするどうするどうする。俺が後ろから襲い掛かったとして勝てる保障はあるのか、奪える可能性は存在するのか。少なくとも鍵だけは俺が掌握しておかないと命に関わる。


『日方君』


 口が開けないので考える事が自然に多くなる。それが急に話しかけられたら誰だって驚くだろう。ラジカセが静かでなければ聞き逃していたくらいの小さな声。猿轡を外すと、適当な椅子に腰かけて応答する。

「何だ? 俺は居ないんだから話しかけてくるなよ」

「今は美寿紀さんがトイレに籠っています。大丈夫です。こちらの音声は聞こえていますかー?」

「聞こえてる。手分けする事になったのは都合が悪いな。全員の様子が分からない。澪雨も心配だ」

「澪雨様でしたら、少し前方の方を歩いております。手分けするとは言いましたが、私も含めてあまり離れたくはないようですねー。怖いので、当然だと思います…………澪雨様、楽しそうです」

「…………それはなんか、聞いてても分かる。友達と気楽に話せて嬉しいんだろうな」

「貴方のお陰です。感謝いたします」

「礼とかいいよ。同盟仲間だろ」

「…………いいえ。礼を言わせて下さい。澪雨様があんなに楽しそうな顔をしていらっしゃるのは、貴方のお陰なんです」

「―――少し気になったんだけど、お前達って付き合いはどのくらいなんだ?」

「中学生から……ですね。私が護衛であるのもその頃からです。貴方は何故私が軽薄そうな女性を演じているか分かりますか?」

「その場のノリに合わせやすいからだろ」

「澪雨様を少しでも楽しませる事が出来れば、という判断からです。私自身はつまらない女ですが、話題はその限りではありません。そう思っていたのですが、逆も然りだったようです。私にはどうする事も出来ませんでした」

「…………あんまりそう、卑下するなよ。存在するだけで面白い人間って誰だ? 仮に顔が面白い奴が居たとしても、それは顔が面白いのであって存在するだけで面白いとは少し違うな。そんな奴は居ない。お前はちょっと真面目なだけだ。まあ夜更かしはしてるけど」

「…………女の子にはそうやって、優しくしてるんですか?」

「下心は否定しない」

「ふふっ。素直なんですね」

「下心があると理解してもらった方が、隠すよりはいいと思ってるよ。ゲーム三昧なのを抜きにしても、俺は高潔とは言えないし、そのフリも出来ないからな」

 純朴な少年はもういない。そんな弱い心は転校と共に捨て去った。綺麗誠実な恋愛なんて幻想。夜の闇が見せる景色よりも性質が悪い。椎乃然り、夜更かし同盟然り。何かしらの不純さがなければとてもじゃないが女子とは関わりたくない。

 だから澪雨とも、こんな形でなければ傍観を続けていただろう。これはその反動の様なものだ。 

「……この話はもういいだろ。それよりも―――恵太は近くに居るのか?」

「それは―――」



 ギイイイイイ。ギイイイ。



 ラジカセがまた鳴り出した。

 何故鳴り出すのかも良く分かっていないが、煩い場所で無暗に会話しようとすると普通に声が聞き取りにくい。だから煩い場所では声も自然に大きくなる。どうしても大きな声を出したくないなら黙るしかない。

 不自然な会話の間にはなったものの、ラジカセの音が止んでから会話を再開する。凛にもこの音は聞こえていると思う、彼女も黙っていた。

「……恵太君のペアだけが近くに居ません。西藤君と組んでいた筈ですが。あ、すみません。美寿紀さんがトイレから出てくるのでそろそろ―――」

「ん」

 猿轡を自分に噛ませて、口を封じる。あきれ返るくらいあっちが平和で俺も緊張の糸が解れてきた。会話が出来ない状況なのでメッセージを使っていくらか情報を共有する。


『昨夜俺が見たのは恵太の死体だ。そこの恵太は偽物だから動向に注意しろ』

『職員室の鍵束は恵太が持ってる。逃げる時は気をつけろ』


 偽物の件については二人共分かっているとは思うが、一応。

 あのグループがこちらに来る動向は確認出来ないので暫くゆっくりさせてもらう。職員室に座っているとまるで自分が教師になったみたいだ。優越感はないし、椅子もあまり気持ち良くない。学校の椅子よりはマシというくらい。



 ギイイ。ギイイイイイイ。



 動いても動かなくても、ラジカセ越しに歯軋りが聞こえる。これは一体何なのだろうか。暫くは行動をやめて様子見―――聞き専に徹しないと。

 どっと、本当に。俺は。暑くて。疲れて。疲れて。疲れて。ツカレタ。

























「マジでごめん。ちょっとお腹が痛くてね」

 美寿紀さんは怖がっていないように見えて、このグループで一番怖がっています。セミロングの髪のキレ目な彼女は、当たりのきつい性格にも見えますが、多少強いのは性格だけで、夜は大の苦手に思えます。

「もしかして~美寿紀ってこういうの苦手ぇ?」

「ば、馬鹿言わないでよッ、そんな訳……ていうか、皆そうでしょうが。それとも凛はずっと前から外出してたんだ?」

「やだな~私はミオミオの付き添いで来ただけでー、夜更かしはお肌の天敵だぞ~! 大体こういう状況でもないとする事ないし、どうして起きてる意味があるのさ?」

「それは、そうね……」

 手分けして探すのは構わないとして、この組み合わせは幸運だったかもしれませんね。チラ見やそれとなく意識されるくらいは問題ないとして、仁井原君の様に正々堂々とセクハラをしに来る人は苦手です。夜には注意する大人が居ないから舞い上がっているのでしょうか。理想を言えば勿論澪雨様と組みたかった訳ですが……それでは日方君も困ってしまうでしょう。

「所で美寿紀さー、恵太が何処行ったかって分かる?」

「恵太? ……近くに居ないの? っていうか何で私に聞くの。トイレの外に居たんだからそっちの方が知ってるでしょ」

「手分けする前に西藤君の方見てたじゃ~ん。何も知らないの?」

「ああそれ……私、アイツと付き合ってるから。彼氏の方見るの、悪い?」

「んにゃ全然~。でも彼氏なら猶更何処に行くとか聞いてないの?」

「じゃあ今から聞いてみる?」

 美寿紀さんは携帯を手にして慣れた手つきで触る。それにしても日方君は一体何処に居るのでしょうか。職員室の鍵について言及出来るなら校内に居るとは思うのですが、その存在を感じられた瞬間はありません。声くらい聞かせてくれれば……







「うわあああああああああああああああ!」








 夜の学校ながら穏やかな空気が流れていた、その時。

 青ざめた様子の恵太君が、転び滑りを繰り返しながら私達の所へやってきました。手分けすると言いつつそこまで離れていなかった他の方々も集まって、一人取り乱した様子の彼を迎え入れる。

「み、みんな逃げろ!」

「どうかしましたかッ?」

 それとなく校舎全体を見回して異常事態を確認するも、確認は出来ません。異常事態と言えばこれだけの人数が夜に外出している事くらいですか。




「く、口なしさんが……口なしさんが……居たん……だ! さ、西藤がそれでつかま……早く逃げろって!」




 ―――?

 恵太君は偽物の筈では……『口なしさん』は複数体居るのでしょうか。



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