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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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君が望んだ幸せ

 沢兼恵太の顔を俺は知らないが、確実に彼の電話番号にかけたし、実際学校には死体があった。あれが恵太でなくて何だというのか。ならばここに死者が居るのはおかしい。凛も澪雨も死体を見ていないから確信は持てないかもしれないが、あそこで血の臭いを感じた後で俺が取り乱したのだ。何を見たかくらいは見当がつく筈。

 違和感を持っていて欲しい。俺は関われないが、気を払ってほしい。その沢兼恵太はまずい。何がどうまずいか、専門的な事は何も分からないが、確実に言えるのは本物ではないという事だ。いや、だが待て。偽物と分かった上で音だけでも観察するのはありだ。ラジカセの音は完全気まぐれだが、今は大人しくしてくれているので今の内に校内へ行こう。


 ぞわっ。


 得体のしれない悪寒が背中を撫でる。比喩ではなく本当に背中を撫でられたみたいだ。振り返ったがそこにあるのは通ったばかりの昇降口と当たり前に存在する暗闇だけ。気のせいと信じて、俺は教室棟の二階へ移動する。あちらは現在一階の教室に入っているので、俺の姿が『口なしさん』と勘違いされる恐れは……あるのだろうか。


『恵太の奴、居ないなー』

『ねえ、なんか聞こえなかった!? 足音とか!?』


 俺の足音。


『気のせいだろ! おーい口なしさん! 居るか~あははは!』

『これだけ騒いでも迎えに来ないのは変だな』

『もしかしてそういうのじゃないんじゃない? みんなして手分けしてるとか』

『……怖くないのか?』

『夜は外出禁止って聞いたけど、別になんてことないなあ! 澪雨! そう思わないか!』

『……そ、そうですね。何でも、ないです』

『こう静かだと、騒ぐのなんか申し訳なくなるよね~きゃはは』


 一度あの歯軋りを聞いた二人は流石に大人しい。ギャル凛も素が少し出ている。あーだこーだと雑談してばかりで暫く進展はなさそうなので、俺はノートを開いて昼の教室を確認。夜と見比べて……椅子が一個多いか。余剰分の椅子は教壇の中に差し込まれている。

 だから、何だ。

「…………」

 座ってみたが、特に何も起こらない。だが俺の見立て通り、昼と夜では学校も構造が違っている様だ。頃合いを見計らって二人にサポートをするべきか。




 ギイイイイ。ギイイイイ。




 それはラジカセから。否、壁越しに聞こえる。奴は廊下を歩いている。

「…………!」

 声を出したくても出せない。その状況でも恐怖から音が漏れそうになる。本格的に猿轡を作らなかったら危なかった。強烈な歯軋りが廊下をゆっくりと通過し、階段を下りていく。


『手分けして探さない? 『口なしさん』とか、居る訳ないけど』

『そ、そうでしょうか。まだ入って直ぐですよ。簡単に見つかる……見つかる……見つかる……』

『どうした澪雨! 歯切れが悪いなあ! 気楽に行こうぜ気楽に!』

『そ、そうですよね。まだ何も聞こえませんから』


 ―――何も聞こえないッ?


 馬鹿な。俺の距離感覚が狂っているのか。歯軋りは確かに階段を下りている。音を聞きつけてやってきたのだ。もうすぐで接触する。どんな見た目かなんて分からないが、全員襲われる!


『本当に何も聞こえないねえ~ウソ?』

『や、やめようよぉ……暗い……帰りたい……』

『恵太? 何処に居る?』


 歯軋りは聞こえなくなった。

 代わりに凛が携帯をポケットから出したようだ。鮮明に周囲の音が拾えるようになり、そこに新たな声が加わった。


『呼んだか!』


 その声は、俺が椎乃の力を借りて連絡を取った恵太その物だった。携帯から聞こえる声は本人の物ではないらしいが、携帯越しに同じ声が聞こえるなら本人ではないかという話もあるし、それ以前に周りが歓迎している時点でこの声は恵太の物だ。


『恵太じゃん。どこ行ってたんだよ。他の二人は?」

「手分けしてたからなー。分からねえな」

『恵太さんは、何処に向かわれたんですか?』

『特別教室棟の三階のコンピュータ室とか、図書室とか、二階のトイレとか? 『口なしさん』は居なかったけどな!』


 ナイス、澪雨。

 ラジカセが鳴っている内は迂闊に身動きも取れなかったが今は静かだ。全員が一階に留まっている今が動くチャンス。ここから一番近いのは二階のトイレだが、遭遇のリスクがあるので特別教室棟の方を行こう。

慎重に扉を開けて反対側の廊下へ。特別教室棟へは二階の渡り廊下を使ってからでも行けるが、鍵がないのでまず使用できない。地続きになっている一階を使おう。


『なあ、相談なんだがグループに分かれて探そうじゃないか! 俺が見た感じだと、この町に居る奴らは全員夜に耐性がなくて混乱してる! 俺は一人で歩くのもいいが、隣に人が居れば随分違うだろうと思ってな』

『おう! それいいなあ! じゃあ俺は澪雨と……!』

『え。仁井原さんと……?』

『十人居るから二人一組で丁度か。ああでも、恵太以外の二人は単独行動中だから八人……俺は、恵太と一緒の方がいいな』

『じゃあ私は凛と。ちょっとうざいけど、襲われたりしなさそうだし』

『なーんか複雑~。いいけどねー!』

『誰も誘わないぃぃ……』


 ―――楽しそうだな。


 ペアを話し合う大人数での肝試しはさぞ楽しいだろう。ギャル凛の方は良く分からないが、澪雨は露骨に声の調子が上がって、面白い事も言われてないのに微笑んでいる。大真面目に単独で隠密行動をする俺が馬鹿みたいだ。

 歯軋りも『口なしさん』だと思っていたら恵太だったし、偽物かと思ったらそうでもないようで。本当に良く分からない。ラジカセからは完全に気まぐれで歯軋りが聞こえるわ、俺は猿轡をつけていて馬鹿みたいだ。もしかして昨夜も、あの少女に助けてもらわなかった所でなんともなかったのだろうか。

 一階の教室では夜に似つかわしくなく雑談に華が咲いている。隠密行動をする必要もなさそうだ。呼吸を半分以上塞いでいる都合で普段よりも体力切れを起こすのが早まっている。呼吸を整えるのが難しい。軽く走るだけでも窒息しそうだったので走っている間は猿轡を外す事にした。

「はあ、はあ、はあ…………」

 トイレの前で堂々と座り込んで休憩。猿轡を噛んでいる内に鞄のラジカセが再び雑音を響かせ始めた。この響く廊下で騒音は良くない。呼吸を整える暇もなく、逃げるように図書室の中へ。入るその時まで全く疑問に思わなかったが、鍵は開いていた。

「…………っ!」

 強烈な臭いに、ガタタっと、壁に背中をぶつけた。まただ。またあの臭い。俺が初めて死体を見た時。違う。第二化学室の扉を開けた瞬間から感じたあれ。


『で、澪雨は何カップなんだ!? なあ!』

『え、えっと。そう、ですね。私は』

『ミオミオ~答えなくていいってー! うーんマジで、本当に答えなくていいよ』

『こいつさっきからサイテーなんだよね』

『どうする! 俺は誰と組んでもいいからなッ』


 ああくそ、今回の変化は気付くべきだった。窓にカーテンが引かれて光を遮っている。教室は電気を点けなければ、全体を見渡せない程暗いが、今こそ懐中電灯の出番か。問題は一階の窓から内側の窓を覗くとここが丸見えという事。怪しまれるリスクの全てを恐れるなら扉を閉めないといけないが、扉を閉めたらこの密室に臭いが充満する。

 脳みそがひりつく様な臭いに眩暈を覚えながら、考えた末に図書室の扉を閉めた。リスクをケアするのは簡単な話だ。外からは誰も見ていないのだから窓を開ければいい。だが歩く過程で何かを踏んだらそれこそ抑えられる気がしない。

 動揺から思考が二転三転していくが、結局俺はこの悪臭に耐える道を選んだ。懐中電灯を点け、臭いの大本を照らす。

「…………………ッッッ」

 

 


 また、死体だ。

 顔の下半分から喉にかけてを剥ぎ取られている。顔を見ても誰かなんてはっきりしないが、二度にわたって同じ死因の死体を見た俺には分かっている。二人は同じ存在に殺された―――つまり『口なしさん』だ。

「ッッ! ッッッッッ―――!」

 猿轡を過剰に作っていて助かっている。声にならない叫びがいつまでも喉で震えて言葉にならない。いつの間にか腰が抜けて身体が震える様になっても、声は出ない。声だけが出せない。『口なしさん』に聞かれたくないが為に、自ら殺したから。

 遠目に見た感じだと、違うクラスの人間が集まるという事情を考慮して制服で集ったのだろう。この死体も制服を着ている。あの恵太は知らないと言っていたが―――嘘だ。この様子では残る一人も死んでいるだろう。

 問題は、何故殺されたか。ただ遭遇しただけで殺されるなら俺達はとっくに死んでいるし、そもそもあの様な噂が流れる事自体意味が分からない。見つけ次第相手を殺しに来るジェノサイドお化けなら恵太も学校には近寄らない筈だ。それに―――俺は一度、質問をされている。あれが『口なしさん』でないとしたら何だったのかという事も考えないといけない。だから『口なしさん』は質問をしてくるという前提で考えよう。ある程度決め打ちをしないと知識のない俺にはどうする事も出来ない。合っている事を祈るのだ。


『咲彩さん。私と組みましょうか』

『み、澪雨ちゃんが私とぉぉぉ?』

『これって~こんなテキトーな感じで決めていいんだー。ちょっと意外ー」


 口なしさんの情報は、


 ・『口なしさん』は質問をしてくるが絶対に答えられる。答えたら質問をしないといけない。




・『口なしさん』の質問に無視をしたら喋れなくなる。




・『口なしさん』の噂は何故か始まりがない。




・『口なしさん』は女性。




・『口なしさん』は耳が良い。




・『口なしさん』はこの学校の生徒だった。


 

 俺が知る所ではこれが全て。関係ありそうなのは無視をした場合だ。喋れなくなるというのがこの死体の状態であるなら納得がいく。すると気がかりなのは絶対に答えられる質問を敢えて外した場合と、質問をしなかった場合―――俺の状態だ。それはどうなるのだろうか。

 少し落ち着いた所で改めて死体を照らすと、その手に何かが握り締められている。血に塗れてはいるが、体育館の鍵だ。何故こんな物を…………いや、違う!


 

『んーと。私と美寿紀、ミオミオと咲彩、西藤と恵太、岡田と仁井原って感じだね~? あはッ、いつもの学校みたいに男女で別れちゃって、残念だったね~!』


 




 俺が次に向かうべきは職員室だ。知っておかないといけない情報がある。全員が危ない。

 

  

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