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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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黒淵が招くは人の戯れ

 夜に誰も居ない学校へ赴く、夜更かし計画。その動機は好奇心もあるが、膨れ上がった噂に不安を煽られた事が一番の原因だという。『口なしさん』は耳が良く、またこの学校の死んだ生徒であるらしい為、生きている自分達に恨みがあるとの事。あのバラバラ死体も林山も、きっと『口なしさん』が夜に誘い出して殺したのだと。俺の知らない内にそういう流れが生まれたのだそうだ。

 勿論誰が言い出したとかはないらしい。

 それで、殺されない為には先に『口なしさん』を封印すればいいという流れになって、今に至るようだ。このクラスで参加するのは三人。岡田、仁井原、愛村。他のクラスからもちょいちょいと参加者がいるようで、参加人数は合計で八人くらいとの事。

 これを非常に少ないとみるか多いと見るかは人による。全校生徒何百人の中で八人がデマに踊らされたと見ればしょうもないが、八人がわざわざ死にに行くと考えたら多すぎる。

「ま、マジで……か」

「やめておけ。ゲームをしておいた方が安全だぞ。噂なんて嘘だ。ゲームが嫌ならテストに備えればいい。先生もそれを推奨している。平常点を下げてまで行きたいのか?」

「………………」

 行きたい、ではなく行かないといけない。そんな気がする。時限爆弾も『口なしさん』の存在も嘘であるならそれでいいのだ。また夜更かしをしました。終わり。たったそれだけの事。問題は真実であった場合。それは即ち俺達夜更かし同盟全員の死を意味する。

 一%でも死ぬ可能性があるなら、それをケアしないと駄目だろう。人の事は全く言えないが、二人の怯え方は相当なものだった。恵太と思わしき死体をただ一人目撃した者として、今度は俺が守れるようにならなければ。

 一応、脅されているし。協力的にならないとあの写真がばら撒かれてしまうかもしれないし?

 問題はここで返事をするかどうかだ。この二人も町に巣食う禁忌を順守している事は忘れてはいけない。露骨な捜索はなくなっても、後々嫌疑が掛かるような状況は避けたい所だ。また、それを抜きにしても安易な返事は迷う。どうせ行くなら全員で行きたいが、その場合夜更かしをしたメンバーに俺と凛と澪雨のラインが明かされてしまう。それは今後、冗談ではなく脅しのネタになりそうだ。

 

 選択肢は三つ。


 全員で行くか、凛だけ行かせるか、二人を向かわせるか。

 俺だけが行く選択肢はない。自分だけ人数の安心感を得て女の子二人を置き去りにするなんてどんな鬼畜の所業だ。それだけはない。

「…………取り敢えず後で繋いでもらっていいか?」

「おいっ」

「違うよ。メンバーの中に噂の言い出しっぺがいるかもしれないだろ? 俺だって夜に出かけるのはごめんだ。別に楽しくないからな」

「行かないのかー?」

「サクモの言う通り、他にやれる有意義な事があるだろ。噂は十中八九デマだ。考えてもみろ、バラバラ死体と林山じゃ死因が違うだろ。それとこれとは話が別だ。夜に出かける名目を得るために都合よく情報を解釈する……ネットなんかじゃよくあるだろ。

「そっかー。ま、俺っちはどっちでもいいけど。んじゃ後で教えるわな」

  


「HRを始めるぞー!」



 担任が高らかにそう告げながら教室に現れる。朝礼の前に彼は手を突き出し、教壇の上を叩いた。

「何やら妙な噂が流れているがー! ぜええったいに夜には外出しない様に! いいかー。夜に外出してはいけない! 駄目な物は駄目だー! 分かってると思うが…………駄目だからなー。殺人が駄目なのと一緒だ」

 教室全体がそんな当たり前の事を今更と言わんばかりだが、この中に居る三名は破る気満々であるなんて、傍目からは分からないか。それとも疑おうとする俺がまず夜更かしをしているので見抜けなくなっているだけか。いずれにせよ、表向きは模範的な生徒でないと。テストの成績も優秀とは言えない。平常点くらいはまともに稼いでおかなければ―――


『うちの学校は違うんだって。授業態度だけじゃなくて普段の生活とか、ボランティアとか、そういうのも点数に入れるらしいよ。なんか平常点が高いとある程度の違反も見逃されたりしてくれそうじゃないッ?』 


 椎乃の言葉が脳裏を過る。

 殆どの日数をゲームで夜更かしする俺の平常点は、低いのかもしれない。流石にプライベートの侵害だろうか。夜更かしは当然平常点に差し障るか……いや。差し障ったら気づかれているのと同義だ。平均以上はあるだろう。

 澪雨の方を見ると、愛想の良さそうな表情で担任の発言に頷いている。こいつが一番猫を被っているが、昨日の今日でこれが出来るなら凄い。何年も猫を被っていると、怖い目に遭っても続けられる物なのか。
























 自分が死ぬかもしれないと思うと、授業に身が入らない。隠しているつもりだったが不安が体調不良に変わると限界があるようだ。喜平の勧めもあって俺は昼休み以降を保健室で過ごしていた。具体的には腹を下し、寒くもないのに体が震え、瞳の焦点が合わなくなっている。頭痛は酷いし先生の声は聴き間違えるし、声を掛けられている時には大抵無視してしまっている。故意はない。心配されたのは当然であるというか、心配されない方が目立たなかったがあの二人が善良であるならそれは無理である。

「布団、あったけえ…………」

 身体は寒さを感じている訳ではないのに、この暖かさは別物だ。不安も少しだけ収まってきた。考える事が多すぎて頭が沸騰している。今はとにかく休まないと。


 ガララッ。


「……日方君ッ?」

 来客というよりは開いた扉の音に反応して起き上がると、凛が保健室を訪れていた。白いブラウスにブレザーを腰に巻くスタイルは相変わらずだが、その足には軽く渦を巻くように包帯が巻かれている。

「その呼び名をやめろ。後、扉」

「あ、はい……」

 当たり前の様に扉を閉めて鍵を掛ける。他に人は居ないのにそんな事をして気にならないのだろうか。凛が俺を異性として意識する道理はないので気にならないか。そうかそうか。俺だけだ。下心があるのは。

「何でここに?」

「…………ちょっと、体調不良だよ。そういうお前は?」

「…………そちらへ行ってもよろしいですかー?」

「ん。一応カーテン閉めておくか。外から何かの間違いで目撃されちゃまずい」

 移動して彼女のためにスペースを開けると殆ど同時に彼女が腰を滑らせてベッドに乗った。保健室の利用者はこの町でなくてもそこまで多くはない。ただ、去年は誰一人として保険室を利用どころか、怪我をしなかった。なのでここはある意味安全地帯だ。養護教諭さえ居なければ作戦会議の場所としても使用出来る。

「昨夜帰った後、左足の蛇に足を絞られました。感覚がなくなって、みるみる老化していって、でも凄く痛くて。今朝起きてみれば、絞められた跡が残っていました。ごらんのとおり、私はミニスカートでして太腿までを露出しています。不自然な傷跡はそれだけで何か不利益を被るかもしれません。だから包帯を……友人にはテーピングの一種だと誤魔化していますが」

「誤魔化せるか? まずテープじゃないし、分からないなら調べるだろ」

「分からない事があったらすぐに調べる。誰しもそういう習慣を持ち合わせている訳ではございません。何にでも興味津々とはいかないのですよー。ネットで直ぐに調べられる様な状況であってもね」

「そういう物か……まあそうかもな。俺もサッカーとかでフォワードとかって言われると今も良く分からないけど、別に調べたりしないし」

「それはちょっと興味がなさすぎる気もしますが……」

 雑談で少しは俺の方も気を紛らわせた。一度会話を切って周囲を確認。何も聞こえないのを確認してから、話題を切り出した。

「まあそれはいいんだよ。どうせサッカーの話題になんか付き合わないし。本題に入ろう。凛、俺の予想だと、今日がタイムリミットな気がするんだ。だから今日も……怖いと思うけど、校舎に行こうと考えてる」

「そういえば、夜にここへ行こうという計画が進められていますねー。参加するのですか?」

「―――いや、実はお前と澪雨にだけ参加してもらおうと思ってる。俺も勿論行くが、全員には内緒、単独行動で行こうと思ってる」

「何故?」

「恵太が死んだ今、俺達が一番『口なしさん』については詳しい筈だ。歯軋りも、俺達は二度目だから最初よりは動揺しないだろ。俺達はたまたま生きてただけだ。誰か経験者が居ないと全員死ぬと思う。だから行って欲しいっていうのと―――澪雨の為だな」

「澪雨様の?」

「ほら、アイツってボッチだろ。家柄というか、大人―――特に年寄りには信仰されてるけど、そのせいでなんか浮いてるっていうかさ。でも夜更かしは悪い事だ。あの模範的なお嬢様でも夜更かしをするんだって分かったら、絡みやすさも生まれると思わないか?」

 凛は驚いた様な表情のまま、俺の話に聞き入っている。確かに今の関係は理想的だが、澪雨の孤独は癒されていない。学校が終わればすぐに習い事、自由が無いと彼女は言った。そんな彼女にのみ、学生としての責務は自由であるべきだ。友達とくだらない事で話したり笑い合ったり、そこだけは普通であるべきだ。

 今まで傍観するしかなかった、これからも関係を悟られない為に俺は傍観するだろうが―――これくらいは、してやりたい。生き残れたら、それが最も良い結果を生む。

「勿論、あの喋り方は抑えさせる。ていうかお前から伝えて欲しい。お嬢様は飽くまでお嬢様。ただちょっと悪い事をするだけだ。猫を被ってても他の奴にとってはそれが本性だからな。理由はまあそんな所だ」

「日方君……」

「ああ、うん。わかるわかる。俺はどうすんだって。でも大丈夫だ。大丈夫。他人の心配より自分の心配をしてくれよ。危なくなったら……せめてお前達だけは助けると思う。俺を信じろってのは難しいかもしれないけど……えっと」

 ベッドに置いていた手に、彼女の手が重なった。



「信じていますよ」



 凛の瞳に視線が一致する。その黒い眼差しは何処までも澄んでいて、曇りもなく純粋に、俺を見つめていた。

「だって、脅してますから。それくらいしてもらわないと困ります」

「…………凛。ごめん。ちょっとだけ…………手繋いでもいいか? 元気をもらいたいっていうか……そういうプレッシャー掛けられると怖くなってきた」

「澪雨様には駄目ですよ? ―――で、どっちの手を握りますか? 貴方になら、いいですよ」

 恋人同士ならキスの一つでもしそうな雰囲気の中。それが最後の触れ合いにならない事を祈りながら、俺達は互いの両手を握りしめた。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんでこんな感じでラブコメ要素来るんだ… 不吉ですね… [一言] それはそれとしてかわいい
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