一夜の過ちは繰り返す
二人にシャワーを貸した後、俺達は特別何かを話し合う事はなく、そのまま解散した。夜の学校で見た事聞いた事、話し合う余裕なんてない。汗を流してほんのちょっぴりリフレッシュして、それが限界だ。特に別れもアフターケアもなく別れ、また俺は恐怖と疲れから泥の様に眠りについた。
翌朝。
数時間前に味わった疲労とは裏腹に、俺は随分早く目が覚めてしまった。首に違和感がある訳ではない。何故だろう。カーテンを開けて外を見ると、なんて眩しい日差しだろう、人を蝕む暗闇は一欠片の余地もなく消え去っており、窓を開ければ空気が美味しい。田舎だからとかいう問題ではなくて、夜と比較すると爽やかで湿っぽくなくて、心なしか涼しくもあるのだ。
「…………」
起きて真っ先に確認したのは、首の痕跡。目に見えたあからさまな変化はないように思えるが、いよいよ細胞が壊死しているのではないかというくらい、その痕は黒ずんでしまった。痛みもなければ身体に特別な変化もない。これが時限爆弾というのは俺達の想像……いや、澪雨の持ってきた文献に書かれていた情報(ただこの痕跡がそうと決まった訳ではない)だが。
あまり時間は残されていないのか。
『つぎはにげられない』
ポケットに入っていた紙は何処へ置いただろう。あってもなくても構わないが、その言葉が離れない。文字を見ただけなのに、まるでその声を聴いたみたいだ。『つぎはにげられない』、これを見た時は単に『同じ状況になったら今度は助けられない』という意味だと思っていたが、もしかして次助けるまでには死ぬという意味なのだろうか。要は、その次が来る時にはタイムリミットを迎えて死ぬのだと。
「…………どうすりゃいい」
死体を見つけなかったとして、『口なしさん』への対処法は分からないままだ。恵太がそれを教えてもらうつもりだったのにそれも期待出来なくなった。どうすればいい。どうすれば俺達は生き残れる。
―――今日がリミットだとしたら。
少なくとも今夜も外に出ないといけないし、今日で決着をつけないといけない。学校に向かうのに俺がするべきは勉強ではなく命を守る為の情報集めとは。今は平和な時代ではなかったのか。携帯でゲーム仲間の二人からの情報を期待したが、一件も来ていないという事は寝ていたか、ネットで調べても情報が無かったのだろう。
俺も木ノ比良家については調べたくない。今度は死ぬ予感がする。偶然かもしれないが。
「…………ん?」
特に理由はないが、凛が持ってきたラジカセに視線がいった。思えば俺達を助けてくれた声はあの時追いつこうとした少女で、あれは少女が置いていった代物だ。全くのゴミとは考えにくい。凛も妙な事を言っていた気がするし、何かに使えやしないだろうか。
「…………」
やれる事はやろう。俺だって死にたくない。ラジカセを鞄の中に入れると、続けてカメラ一台とボイスレコーダーも鞄に詰め込んで、後は朝食を待つだけだ。凛はともかく昼は澪雨と関わる事は出来ない。また、その凛とも夜のように話す事は出来ない。露骨さこそないが、まだ誰かが夜に外出した人間を探している可能性がある。何の繋がりもない俺達が中良さそうにすれば、それだけで勘繰られかねない。
こういう退屈な時間は無限にも等しい苦痛だったが、両親が起きたのに合わせてそれとなく一階へ降りる事でそれとなく朝食を催促。学校に行くには早すぎるが、それでも登校する事は可能だ。単に授業が始まらないだけ。先生は既に居るだろうし、部活は……いつもなら朝練があっただろう。今は誰も居ないか。
朝の通路はいつも通りだ。不自然に塞がれていた道は開けている。明らかに道路を封鎖している住居なんてある訳がない。都市計画的に不自然だ。学校に続く一本道を上って校門前へ。教師の車等は見えるが、生徒の姿は見えない。風紀委員会くらいは居ると思ったが。
「わっ」
校門を通り過ぎた瞬間、横から走り込みをしていたショートカットの女子に ̷轢̷か̷れ̷ ぶつかりそうになった。口にパンを咥えている訳ではないので別に何も起きないし、そもそもぶつかってもいない。彼女は体操服を来ており、服には一年C組の『莱古』と書かれている。日焼けした肌は健康的と言うべきなのだろう。俺はあまり馴染みたくない領分だ。遠目からでも分かるくらい睫毛が長く、二重だからか目全体が整った印象を受ける。
「悪い。邪魔したな」
「い、いえ……ど、同学年?」
「一応先輩になる」
「あ、すみません! 一年の莱古晴です」
「日方悠心だ」
自己紹介される謂れはないのだが、部活動によって生徒の生活方針は変わる。野球部は校歌を歌う時大声だし、手を挙げる時はグーだし、部活主任を見かけたら距離に拘らず挨拶する。うちの部活の中では特別過激な方を例として挙げたが、陸上部はとりあえず先輩には挨拶をする方針でもあるのかもしれない。
何故陸上部かと思ったかって……走り込みをしていたからだが。それと胸の大きさ。違っても責任は取らない。
「じゃあ俺行くから。邪魔して悪かった」
「はい。失礼しますッ」
生徒は居たが、彼女一人だけか。部活は出来ないが基礎体力作りは欠かさないという訳か。こんなに朝早くから登校しないと会えなさそうで、珍しい動物に遭ったみたいだ。まあそんな事はどうでもいい。俺には確認したい事がある。
教師に不審がられても面倒なので迂回してから第二化学室へ。鍵は開いているものと思っていたが、あの少女が戻したのだろうか。鞄から素早くカメラを取り出すと、化学準備室の中を撮影した。携帯でやらない理由は、中身をいつ覗かれるとも限らないからだ。
撮影する前から見えていたので分かっていたが、そこに死体はない。それどころか血痕も。化学室の方も椅子を出しっぱなしにしていた筈だが元に戻っている。あの日の危機など夢のよう。俺達は共に同じ夢を見ていた?
あんな夢があってたまるか。
「………………」
授業が始まるまで。他の生徒が登校するまでの猶予はまだまだある。他の部屋も撮影しよう。
朝のHRが来るまでに全ての部屋を撮影する事は出来なかったが、教室棟だけはどうにか完遂出来た。一年と三年の教室は学年が違うので人が来ない内にやらないとタイミングを見失う。違う学年の人間はいつ居ても怪しい物だ。
「ういーす。俺っちがビリってまーじー?」
「早いな悠。どうした?」
「いや…………一応聞きたいんだけど。『口なしさん』の新しい情報とかってないか?」
「送ってないのを見て察せよ。ある訳ねえだろ」
「俺っちも色々調べたんだけどな~。そんな噂、なくてよ」
二人はなんて呑気なのだろう。命が懸かってないからそんな事が言える。俺の命が懸かっているなんて言っても彼らは絶対に取り合わない。いつになく真剣だと思われるだけだ。なんて言葉を枕にしようがそれは『このテストで赤点だったら死ぬ』くらいの説得力でしかない。
「なんかあれだよな~。グループで盛り上がってる訳でもないのに一人だけ真剣なのってマジ珍し~」
「は? グループ」
「俺も知らんぞ」
サクモと二人で喜平を問い詰めると、彼は時計を確認してから前のめりになって呟いた。
「うん。あのな? 今夜にでも学校に忍び込んで『口なしさん』を見つけようって話が持ち上がってるんだ…………これ、教師には内緒な? 俺っちはパスすっけど。お前が行きたいってんなら繋いでもいいぜ?」




