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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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軋む命と嗤う闇

 校舎の裏側に回るという事は、必然的に校庭の方へ向かう。だだっ広い空間も全く人気が無いとなると不気味だ。広いからこそなのだが、放課後でも多く人を見かけるだけにこの感覚は校舎以上に不安を過らせる。真面目に、たまたまパンツが見えたくらいでは誤魔化しきれない恐怖があった。

「…………何処も開いてないな」

 出来るだけ校舎に近づいて、校庭の方は見たくもない。月明かりに照らされていても不気味なくらい見通しが悪いし、何よりグラウンドに取り残されたサッカーボールに近づきたくない。特に理由はないし、恐らく片付け忘れだとは思うのだが……いや、どうなのだろう。あんな目立つ場所に忘れるサッカー部なんて要るだろうか。先生が気づかないのもおかしいが、そうでなくても他にグラウンドを使用する部活が気づきそうな物だ。

 諸々の理由から不自然なので近づきたくない。一人でグラウンドに入ったらそれだけで手遅れな気がしている。

「…………」

 よくよく考えたら、この状態も妙だ。何故戸締りをするかと言われたら、それは侵入者への対策だ。他の町だと夜に人が出歩くのは当たり前で、眠らない町なんて呼ばれている場所もある。そんな場所で建物を構えていると嫌が応でも空き巣や不審者のリスクには付き合わないといけない。それをケアする為の初歩的な対策が戸締りなのだが、知っての通りこの町の『夜』は無人だ。つまり侵入者とは無縁であり、戸締まりをする意味がない。

 早朝の対策なのかもしれないが、夜がないお陰でこの町は早起きだ。わざわざ空き巣をするリスクが……そもそもこの町で何か犯罪が起きた事なんて、聞いた事もないが。交通事故くらいはあるが、死人が出る程の物はやはり聞いた覚えがない。

 考えれば考えるほど、ただ単に取り繕われているだけに思うのは俺だけか。まるでここは普通の町であるかの様に、だから表面的に周りに合わせている……考え過ぎだろうか。

「そっちはどう?」



「ぎゃああああああああ!」



 緊張状態で声を掛けられれば、誰だって驚くだろう。存在しない人目も憚らず大声を出した俺に、声を掛けた澪雨の方も驚いていた。心臓を抑えながら俺を睨みつけている辺り、そのつもりはなかったと考えられる。

「な、何! 脅かさないで! びっくりしたじゃんかっ」

「急に声を掛けてくるなよ……誰だって驚くだろ」

「だから申し上げたのですが。澪雨様は夜更かしを楽しみたい様子でして」

「七愛!? だ、だっておっかなびっくりでこんな所入るなんて怖いじゃん。神社であんな事があった後だと、せめて雰囲気くらいは明るく行きたいと思わない?」

「言いたい事は分かるが、俺は余計怖くなったぞ……」

「……ごめんなさい」

 これは肝試しとは違う。雰囲気のためにびくびくおどおどするのとは違って、俺達には時限爆弾がついている可能性がある。ふざけている場合ではない。しょんぼりしている澪雨を見ると怒る気にもなれないが、もう少ししっかりして欲しい物だ。神社での一件、あの変な怪物を目撃したのは俺だけだからなのかもしれないが、もうこの町には確実に『あれ』が居る。何か出るまではのんびり楽しくやっていこうという気には、とてもじゃないがなれない。

 だってここは、外なのだから。

「裏は…………見つかってない。その様子だとそっちも見つかってないんだな」

「いえ。見つかりはしたのですが、開かなくて」

「世間ではそういうのを鍵が掛かってるって言わないか?」

「違うんだよ。見た方が早いかな、ちょっと来て。見れば分かるから。開かないだけなんだって」

 鍵が掛かっていないのに開かないとなると単純にたてつけが悪いのだろうか。だがそんな窓……いや、どうだろう。隅々まで学校を見た事はないので言い切れないか。二人に引き連れられてやってきたのは昇降口の側面にある窓だった。

「…………鍵、開いてるな」

「でも開かないの。日方、任せていい?」

「しょうがないな……」

 色々原因は考えられるが、足元に砂でも詰まっているとかなら、力が必要か。どれだけ固まっていてもいい様に渾身の力を込めてから思い切って横に退くと、窓は何の抵抗もなく開き、余った勢いそのままに冊子が勢いよく叩きつけられる。

「うおおおおっ。おい、全然固くないぞ!」

「見ているとそんな感じはしましたね。誰かが詰まりを解消してくれたのでしょうか」

「恵太とか?」

「だったら迎えに来いよ。あっちも肝試し感覚な訳……」

 と思ったが、恵太も転校生で、今まで夜間に外出した事がないなら肝試しと思っていても不思議はない。元は興味の薄かった俺に比べて彼は大好きらしいから、何か出てくれば御の字と思っていても不思議はないか。俺達を怖がらせようとするのは意味が分からないし正直やめて欲しいが―――肝試しはおっかなびっくりの雰囲気が肝要なので、文句を言っても仕方ないのかもしれない。

「まあいいや、入ろう」

 窓を全開まで開けて、今度こそ校内へ侵入。昇降口を抜けたすぐ先には体育祭に向けた連絡事項やイラスト部が描いたポスター、町内行事のお知らせなどが張り出されている。普段は気にも留めないのだが夜となると話は別だ。不思議と視線が吸い寄せられる。大した事は何も書いていないのに。

「不気味ですね。澪雨様、何か雰囲気を和ませる方法は?」

「え、ええ? それは……でも。声が響きそうだし。やめておいた方がいいんじゃ。あ、でも恵太って人と合流するなら自分から音を―――」



 ギイ。ギイイ。



 何かが、軋む音。凛も澪雨も、和ませる様な空気ではないと察して口を噤んだ。本校舎の階段の方から聞こえる音は徐々に近づいてきている様だ。恵太であるなら声を出してほしいが、俺達を呼びかけてくれそうな様子はない。何となく危険を感じた俺は二人を連れて特別教室棟へ移動する。

「な、何? 何何。あれ。あ、足音かな?」

「確かに廊下の一部は老朽化で踏むと軋みますが……」

「なんにせよ恵太って感じがしないな。一旦離れよう」

 一応、驚かそうとしてくる恵太という線は捨てていない。その方がお化けなんかよりも余程現実的だからだ。だが現実的だからと言って盲目気味にリスクを負うのは避けるべきだ。そこで、何とか足音の正体を目視で捉えたい。


 ギイイイ。ギイイイイ。


 ―――ああ、やば。

 謎の音は、俺達の存在に気が付いている。ゆっくりだが確実に距離を縮めようとしてきている。これは一旦隠れた方が良さそうだ。小走りで廊下を駆け抜けながら幾つかの教室に入ろうとしたが全て鍵が掛かっている。そううまくは行かないか。

 理由はどうあれ夜になっても鍵は掛からず、三人が隠れてワンチャンスある場所―――

「―――い、いいか? 今から絶対、声出すなよ」

「日方、こ、怖い」

「そりゃこええよ。だっておかしいだろ追ってくるの―――ていうか靴脱げ。普通に聞かれてる気がする」

 可及的速やかに女子トイレに入ると、奥の個室に向かって一直線。三人が入ったのを確認して、静かに鍵を掛けた。誰に言われずとも三人が手で口を押えて、自分から発せられる音を極限まで減らそうと努力している。震えを抑えきれない澪雨を、凛と二人で抱きしめて、何とか安心させる。

  

 ギイイ。ギイイ。

 

 音はどんどんと近づいてくるが、俺達が靴を脱いだ辺りで音の進みが止まった様な気がしている。床を軋ませる足音は相変わらず聞こえるが、見失ってくれただろうか。


 ギイイイ。ギイイイイイイイイ。


 長い潜伏の末に、俺達を見失ってくれたらしい。足音はゆっくりと遠ざかっていく。完全に聞こえなくなるまで待ったのはやりすぎかもしれないが、少なくともあれが恵太でない可能性は跳ね上がった。


 ………………。


 ………………。






 ギイイイイ。ギイイイイイイイイ。







  「「「!!」」」

 誰から口を開けば良いか迷っている内に、突然足音が戻って来た。それは躊躇なく女子トイレの扉を開けると、生物の気配を確かめるかのようにゆっくりと歩いていく。



 ギイイイ。ギイイイイ。



 そこで、気づいた。トイレの隙間から見える足は裸足で、それは良い。だがここは新校舎の女子トイレだ。足元は決して木製ではなく、きちんとしたタイルで埋められている。老朽化で素材が軋むという事はあり得ない。

 だから足音などではない。




 ギイイイイイイイ。ギイイイイイイ。




  扉一枚を隔てて、そいつは俺達を探している。











 これは、歯軋りだ。

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