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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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悪食受胎

 学校までの道のりを確認していた事が功を奏する事になるとは世の中分からないものだ。サクモと喜平からゲームの誘いがないのは、流石に二人も疲れたという事だろうか。仮に誘いが来ても今回は断るつもりだ。とっくに寝ていたというオチなら納得されるだろう。俺の噂に対する熱の入れようは周知されている。走り回って疲れたから寝るというのは、五歳の頃から許されている共通のパターンである。

「……日方君の家に行く際に毎度出ているとはいえ、いつ出ても気分が悪いですねー」

「……外から見ると普段以上に中って明るく見えるのな」

「ええ……まるで、別世界ですね。窓一枚を隔てただけで、澪雨様がこんなにも遠く見える……」

 澪雨は俺の部屋から必要になりそうな物を勝手に調達中だ。窓を開けて入れば同じ場所に行けるのに、何故ここまで距離が遠く感じるのだろう。凛の言う通り、ここは別世界なのかもしれない。屋根の上で二人して足を放りながら寛いでいると、そう思う。このじっとりと肌に粘着するような空気も、熱帯にでもいるみたいな暑苦しさも、とても同じ場所とは思えない。

「……首、何かあったの?」

「…………」

「澪雨様には聞こえてない。心配かけたく無かったんでしょ?」

 最初に俺の異変に気付いただけあって、凛にはお見通しか。時々意味もなくこちらの様子を窺う澪雨と視線を一致させながら、俺は何となく小声で切り出した。

「インターネットで『口なしさん』の情報を集めようとしたんだ。まあヒットしなくてな。切り口を替えて調べようとしたんだよ。木ノ比良家の事。偶然かもしれないけど、そうしたら検索は出来ないし首の痣が熱くなったしで殺されそうになった。アイツが来たら収まったけど」

「ああ、それは……確かに」

 言わない方が良さそう、と苦笑される。澪雨は自由を求めていたが、その行動で死人が出たかもしれないならそこで思いとどまれる良識のあるお嬢様だ。今も突き進んでいるのは俺と凛の命が―――もしかしたら自分も死ぬかもしれないという危惧から。誰だって死ぬのは怖い。進めばまた人が死ぬかもしれないが、止まれば自分達が死ぬ。

 それで自分を選ぶのは、別に悪い事ではないと思う。誰だって自分が大切だ。それが生物としての本能だ。人間はいつか死ぬ。それを分かっていても死に方くらいは選びたいように、その人生の結末においてまで、個人は全てが自分の思う通りにどうにかしたいと願っている。バラバラに死ぬのは俺だって嫌だ。

 だから俺達は、夜更かしを続けている。たった一夜の過ちをいつまで清算する事になるかは分からないが、同盟者としてはいつまでもつき合う所存だ。とりあえず、脅されているし。

「お待たせ。じゃあ日方君、案内宜しくね」

 帰りの目印になるかは分からないが、部屋の電気は点けっぱなしにしてある。カーテンも引かず電気を点けていれば嫌でも目立つ筈だ。昼と夜では道が違ってくるので、位置によってはこの明かりを目安に行動したい。三人で玄関前に飛び降りた所で、俺は前方を懐中電灯で照らしながら言った。

「―――なあ、別に嫌ならいいんだけど、二人して日方君呼びってのはちょっと他人行儀だと思わないか?」

「え、いいじゃん。君呼びってクラスメイトっぽい」

「夜は違うだろ。俺達は禁じられた関係なんだ」

「語弊しかなさそうな言い方ですね。最悪です」

「うるさいな。別にどっちでもいいんだけど、せめて夜の間くらいは呼び方を変えてくれると……俺は嬉しいかな」

 こういう発言をする時、俺には大抵下心がある。これも仕方ない事だと思っている。女の子二人と夜な夜な遊んでいるのだ。距離感は他の男子と比べても近いだろうし、ならばそれを呼び方で実感したいと考えているだけ。無理強いはしない。これは単に俺のモチベーションが多少上がるかどうかという、それだけの話だ。

「じゃあ、日方で」

 呼び方を変えたのは、澪雨だった。こういうのは従者に丸投げしそうだと思った手前、少し驚いている。

「……よ、呼び捨てってなんかクラスメイト感なくない?」

「仲間感はあるよな」

「う、うーん。そうなのかな。よくわかんないや。まあでも、これで満足でしょ? さっさと行こうよ」

 リーダーは澪雨なので、俺に拒否権はない。光を弱める不思議な暗闇の中を、俺達は縦に並んで歩き出した。一先ず確認したいのは、前回調べた時と道が変わっているかどうかという事だ。夜を迎える度に道が違うのでは苦労するだろう。帰り道だけでもちゃんと把握しない事には無事を保障出来ない。遠足は帰るまでが遠足というのなら、夜更かしもそうであるべきだ。

「ねえ、日方。もし『口なしさん』と遭遇したらどうする?」

「そりゃ……調べた噂で何とかするだろ。何とか出来なかったら逃げるしかない」

「逃げられるの?」

「知らん。俺だってこんな事初めてだ。転校前でもな。そんなお化けが常日頃出るような危なっかしい地域ある訳ないだろ。自分から向かう様な奴は……いやあ、いないだろうな。居たらそいつは馬鹿だ。いつも時間を無駄にしてるか、もしくはとっくに死んでるか」

 懐中電灯を二個持ってきても光は半減されたままだ。半減光と半減光が足されれば元の明るさになると思っていたが、一括で半減されているようでは話にならない。




「…………道、違うな」




 学校の足元に辿り着いた所で、俺はため息を吐きながら空を仰いだ。澪雨は驚いていたが、凛は大分前から気づいていた節がある。前回と違う方法で、今回は入り組んでいるのだ。町の地理にさえ詳しければ検証するまでもなく気づく。

「……道が組み直されてますね」

「そうだな」

「そうなの?」

例えば―――ちょっとこっちに来てみろ」

 澪雨の手を引っ張って、学校とは違う方向の道へと連れていく。この道の先は癖の強いT字路があり、右を見れば小学校があるのだが……それは昼の話だ。夜はというと、道の先が謎の住居に封鎖されており、不自然に通る事が出来ない。

「え、何この……でも道路は」

「道路は続いてる。見るからにな。でも実際は行き止まりだ。家が動いてる以外にどうやって説明する? ゲーム的に言うなら前回はワープ。今回はマップ変化だ。そういうゲームもあるけどな、リアルでやられたら最悪だよ」

 幸運だったのは学校へ続く道を封鎖されていない事だ。裏側から回れば良いだけだが、その裏側も含めて封鎖されていた場合、俺達は道と呼べないような場所を通って無理やり学校へ向かわないといけない。具体的には近くの雑木林を無理やり上らなければ。  

「…………聞きたいんだけど、他の町でこんなの」

「ある訳ねえだろ。この町の夜がおかしいのは元々だ。まあ、外出しないんだったら気づかないかもな。かもっていうか気づかない。こんな話は聞いた覚えもないし」

 解説が済んだ所で元の場所へ。道の続く先が変わらないなら後は一直線に進めば校舎に到着する。夜に見る校舎は、この町でなくとも怖い。昔は何故だろうと必死に考えた事もあるが、今なら何となく理由がわかる。この誰も居ない『夜』だからこそ、納得出来る理由が見つかった。

 普段は人が多くいるような場所からさっぱり気配がなくなってしまう。それが感覚として、不気味なのだ。


























「大丈夫か?」

「ちょっと…………手、貸してッ」

「……重いの、ちょっとな」

「誰が重いって!?」

「いや、人間は重いだろ」

 女性だから軽いとかではなくて、骨と血液がまず重い。仮に四〇キロでも六〇キロでもそれは軽いと重いではなく『重い』と『もっと重い』だ。まして俺はゲーム好きの高校生。人並みの体力はあっても、人並みは四〇キロを軽いとは言わない。

「私も手伝います」

 凛の助力もあって、何とか澪雨を校舎の中に引きずり込む。門が締まっているのは当たり前だが、壁の上に有刺鉄線が張り巡らされているのはどういう訳だ。お陰で門の上を無理やり通らないといけなくなって、今は股が痛い。

「何とか入れたけど……いや、早く降りて来いよ」

 扉の上でビクビクする澪雨を真下から高みの見物……高み? 暗いのは分かるが頭から着地でもしない限り怪我する程の高さではない。思い切って下りればいいものを、お嬢様はいつまでも腰が引けていて、逆に危ない。反対側に落ちたらそれこそ脳天直下だ。

「ちょ、ちょっと待って。怖いだけだから。大丈夫。ちょっと……ねえ、下りるの手伝ってよ!」

「二階から降りる訳じゃないんだからビビりすぎだろ。普通に下りて来いって」

「……うう」

 意を決して澪雨が飛び降りたが、特に何も起きなかった。当たり前だ。どんだけ背の高い門扉だ。

「何処から入るのでしょうね」

「恵太が来てるなら、何処かに入り口があると思うんだけどな」

「さ、探そう。こんな所ではぐれるとかは……ないよね?」

「うーんどうだろうな。まあ女の子一人だけ行かせるってのもあれだし、お前たちは二人で行動しろよ。俺は一人で裏側を見てみるから」

 二人を表側に取り残して、俺は校舎をぐるりと回る。今一緒に行動すると、何となく視線が吸い寄せられる気がした。それで変態扱いされるのは癪なので、早い所忘れないと。


 澪雨のパンツは白色、と。

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