胚校探索
凛と澪雨はいつも通りに部屋に来てくれた。いつも通りで済まなかったのは俺だけだ。恵太との約束も控えているが、その前に二人と話し合いたい。少しくらい遅れても大丈夫だろう。あちらだって俺と話はしたい筈だし。
「大丈夫? なんか顔色悪いよ?」
「…………」
「首に、何かございましたか?」
「……!」
首を擦っているから、気づかれない方がおかしい。そう言われればそうなのだが、改めて言及されるとどうしても心臓がドキリとしてしまう。そんな凛の左足には蛇の影が絡みついて、ぐるぐると動き回っていた。昨日よりは活発に見えるどころか、影が俺の方に顔を向けてちろちろと舌を出していた。
「…………まあ、色々あったよ。その前に……たった今確認したい事が出来た。澪雨。お前の背中の文様は今日も動いてるのか?」
「な、何! 今日はブラしてるから見せられないかんねッ?」
「いや、聞きたいだけだ。分からないなら分からないでもいい」
「……う、動いてる。それがどうかしたの?」
「昨日より激しかったか?」
「うーん……どうだろ。何故?」
「俺達についた痕跡みたいなのさ……時限式かもって話をしただろ。それで凛の方の蛇みたいな奴。明かりに触れると動き出すんじゃなくて、暗闇に一度当てられると動き出すんじゃないか? そう考えたら、夜に引っ張られるっていう文献の話とも一致する」
「…………で?」
「いや、終わりだけどさ」
だから何だという話だが、事実関係の確認は大切だ。この場では必要なくても後々ここがスッキリしていれば役立つかもしれない。この話の流れのまま続けようとすると今日一日の成果を不自然な形で発表しないといけなくなるので、「それは一旦いいんだ」と置いて、改めて話を切り出した。
「今日一日で『口なしさん』について判明した事と、ちょっとした疑問がある。二人の考えを聞かせて欲しい所だけど……そっちは何かあったか?」
授業気取りではないが、澪雨が元気よく腕を上げてくれたので、これを選ばないのはどうかと思う。人数が多くても少なくても、ここまで何か言いたげな人には言わせてあげないと可哀そうだ。
「―――澪雨は?」
「私は習い事の最中に、隙間を縫って師匠や道行くご年配の方々に噂を聞いてきたよ。でも、そんな噂は知らないって。嘘は吐いてないと思うけど」
「ついていないでしょうね。町の大人は敬虔な澪雨様の信者です。神に欺瞞する人が何処に居るでしょう。信ずる神には皆正直な物……報われたいと願うのは、誰しも同じでしょうから」
「ちょっとやだ七愛。神様なんて大袈裟な表現しないでよ。皆々善い人ばかりよ? 信仰って言うけど、可愛がってもらってるだけ。木ノ比良家に生まれた私はこの町全体にとっての娘であると。お父様にもお母様にも言われたし」
「…………見解の相違ですよー、澪雨様」
俺には縁遠い家庭環境に物言いをしたくはないが、澪雨は自分でも気づかないくらい複雑な状態にあると分かっているのだろうか。彼女は両親に……いや、この町という環境に間違いなく反抗しているが、甘えてもいる。
両親は自分に自由を与えてくれないと彼女は言ったが、その一方で両親の事は疑っていない。彼女が追求したいのは飽くまで『夜』に何があるか、何故この町は『夜』を嫌っているのか、前回の神社を踏まえて、何を隠しているのかだ。自分の家に手がかりがあるだろうという発想は出来るが、元から両親を敵視はしていない。
何故自分が敬われているかも分からない状態では自覚も出来ないのだろうが……その無知な感じが何らかの『偶像』っぽくて、嫌な気配がする。
「俺の調べでも町の外に噂は出ていない。校内限定だって考えるべきだな。凛の方は……あー。見失ったんだったよな」
「二人共、一緒に行動してたの?」
「……申し訳ございません」
「謝る事か?」
「まあ、少しは。日方君の言う通り確かに見失いましたが、これが残されていたので、拾ってきました。少々失礼します」
そういうと凛は窓から一時的に退室。あんまり遠出をされるとまず帰ってこられない気がしているが、彼女は直ぐに戻って来た。
その手に、ラジカセを持ちながら。
「……何だそのラジカセ」
「もう忘れたんですかー? あそこに置き去りにされた物ですよ」
「……ああー」
小さな女の子と思わしき声が置いていった物だ。俺は焦っていたせいで収録された足音に気を取られるという馬鹿なミスをした。その後は商店街に行ってしまったが、ラジカセはそのまま残っていて、それを凛が回収したようだ。
「拾って、色々と調べてみましたが特に変わった所は見受けられず……足音の録音は消されたようです」
「……消された?」
「録音されている音が存在しないみたいなので、そう考えた方が無難だと思いまーす。何故消したかまではちょっと。今日持ってきたのは、これ以上家に不審な物を置くべきではないとの判断です。日方君の家で管理してもらっても構いませんか?」
「まあ……自分で言うのもあれだけど無駄な物だらけだからな。別にいいよ。二人の成果はそれくらいか?」
責めたりはしない。一日は二四時間だがこの町における実質的な活動時間は半分もない。学校に居る時間を自由時間としないのであれば俺達が平日に使える時間はわずか数時間。ネットが機能しない以上『口なしさん』について調べるのには限界がある。
「俺は友達と一緒に『口なしさん』の噂と、その言い出しっぺが誰なのかについて調べてきたんだが……一応、噂については教えておこうか」
ゲーム仲間の二人からも新しい情報はない。ネットで調べても手応えがないなら今日は期待しない方が良さそうだ。俺は二人に『口なしさん』の噂の詳細を共有した。
・『口なしさん』は質問をしてくるが絶対に答えられる。答えたら質問をしないといけない。
・『口なしさん』の質問に無視をしたら喋れなくなる。
・『口なしさん』の噂は何故か始まりがない
・『口なしさん』は女性
・『口なしさん』は耳が良い
・『口なしさん』はこの学校の生徒だった
まず存在するかも分からない存在を相手にここまで必死になれたのも不思議だ。こうして情報を俯瞰していても『口なしさん』とやらの実態が全く分からない。てっきり口がないからその名前なのかなと思ったが、質問をするなら口は必要だ。杜撰な噂とみるべきだろうか。
「……なあ二人共。誰が噂を流したんだと思う?」
「それを調べているのでは?」
「うんうん。分からないから調べようって話だったじゃん」
「どう説明したらいいかちょっと難しいんだが……あの死体が出てからだな、噂が広まったのは。『口なしさん』が出てくる時間帯は話を聞いてる感じだと夜だ。でも噂が出てくるまで誰も夜に何かしようとかって話は聞かなかっただろ? 噂のお陰で今は追い風だけど、前からそれを考えてる奴がいるならとっくにつるし上げられてるとは思わないか?」
「……ああ、そっかあ。校外に噂が出てないから、外の人って訳でもないのか」
「そうとも限らないのでは? 外の人間が悪意を持って校内に噂を広めた可能性も」
「目的はさておき、これだけ探して噂の出だしがないのはおかしいだろ? 外の人間ならそれこそ知らないおじさんから聞いたとか、言いようがある筈だ。どのクラスも噂を辿れば無限ループだ。口を開けばアイツから聞いたアイツから聞いたアイツから聞いた……最初に言い出した奴がいない」
「え、でもそれだと……」
噂には言い出しっぺが存在しない事になる。つまり噂は、そもそも何処からも始まっていない。俺もその結論に達したから良く分からなくなった。物事に辻褄をあわせるには道理が必要で、この結論は道理なんて物も全く軽視している。だから分からない。分かりたくない。
ただ。
「噂は『口なしさん』が流しているのでは?」
「…………そうなる、よ、ね?」
二人も意見が一致したなら、そこには道理が生まれる。
これは、そういうものだと。
「やっぱりお前達もその結論に達したか」
「現時点の情報だと、そう考えざるを得ませんねー」
「じゃあ『口なしさん』は実在の人物?」
「…………話がややこしくなりそうだが、言いたい事は分かる。そこでだ。俺は多分この件で一番情報を持ってそうな奴の連絡先を入手した。そいつに電話して、疑問をぶつけてみようと思う。夜の外出がバレたらあれだから、二人は黙っていてくれるか?」
澪雨が口を手で覆いながら頷いた。そのオーバーアクションは流石に可愛いが、和んでいる場合ではない。彼は今か今かと俺の電話を心待ちにしている筈だ。凛は窓を背中に距離を取って準備オーケーの合図を出している。椎乃から教えてもらった連絡先に、今度は俺の手で電話を掛けた。
トゥルルルル……。
トゥルルル………………。
トゥルルル……………………。
ガチャッ。
『もしもし。ちょっと遅れた。済まない。恵太だよな?』
『 』
『もしもし?』
『 』
『おい! 聞こえてるか! もしもー!」
『がっこう』
ガチャッ。
電波が遠くなった訳ではなく、明確に電話を切られた。俺以上に二人が驚いている。状況が呑み込めていないようだ。
「……なんか、切られた」
「え? どういう事?」
「良く分からない。学校って何だ? ……まさかと思うけど、来いって事じゃないよな」
「―――行ってみませんか?」
凛は胸元のボタンを閉めて、窓の外に視線を流した。それは偶然か否か、足に絡みついた蛇も同じ方向に舌を出している。
「死ぬのは怖いです。澪雨様の護衛としても、一人の人間としても。しかし何か手がかりが見つかるかもしれないなら、行くべきではないでしょうか」
「…………まあ、神社と違って学校に人は居ないだろう。以前に夜専用ルートも把握したし、神社に比べたら不安はなさそうだな。どうする澪雨。行ってみるか?」
「そりゃ、勿論」
握り拳を震わせながら、澪雨は力強く頷いた。
「その為の夜更かしだもんね」
もう一度更新します。




