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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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魔の巣食う町

 心臓が、止まったような錯覚。


 目の前に危険は迫っていないのに、タキサイキア現象が起きてしまった。つまり俺の眼の前には何か危険が迫っているのだろうか。


『………………』


 脳みそが高速で回転する。ここまでに俺が集めた噂の詳細は、



・『口なしさん』は質問をしてくるが絶対に答えられる。答えたら質問をしないといけない


・『口なしさん』の質問に無視をしたら喋れなくなる


・『口なしさん』の噂は何故か始まりがない


・『口なしさん』は女性


・『口なしさん』は耳が良い


・『口なしさん』はこの学校の生徒。


 絶対に答えられる質問? 早速噂と実情が違う。いやそもそも―――まだ夕方だ。お化けが出るなんて想像出来る訳がない。


『た、たべ、もの。は』

 

 無視してはいけない。それだけが目覚まし時計のように繰り返し繰り返し脳に響いている。絶対に答えられる質問の癖に予備知識がない。これはあれだ。転校前の知識で悪いが、口裂け女的なあれだろう。あれは好きなものがべっこう飴らしいが、『口なしさん』は……?

 思考が無制限に加速していく。絶対に答えられるとは、どういう意味だろう。事前に噂を知らなくても答えられるのか。それとも噂を知らなければ答えられないのか。噂なんてそんな物? あまりに無責任だ。喋れなくなるのは物理的にきつい。実質的に人生を殺されるというのに、そんないい加減な話があってたまるか。

 今、俺の手持ちで使える情報は何だ。耳が良い事か? 女性である事か? この学校の生徒である事か? 女性なら共通して好きな食べ物なんてないだろうし、生徒というグループでも同じだ。統計を用いれば分の良い勝負が出来る? なんのデータを用いて統計を測ればいい?

 考えれば考えるほど、頭が真っ白になっていく。無視をしてはいけない。無視をしてはいけない。無視を。無視を。無視を。むしをむしをむしをむしをむしをむしをむしをむしをむしをむしをむしをむしを。


『……そんな物、ない』


 プツ。


 ……………………………長い沈黙と、不可思議な静寂。ここはレストランの席だ。人混みも減る気配がない。絶対に騒がしく思える気配が、今はどうしても気にならないし、耳に入らない。思考が白熱し、その結果俺の行動はおかしくなった。まさか質問に答えた後、質問をしないなんて。

 挙句の果てに電話を切ってしまうなんて。

 一度落ち着いてから冷静に着信履歴を見たが、この携帯には誰かに発信したという履歴すら残っていなかった。確かに椎乃から貰った番号にかけたのに。それなら俺の携帯は一体何処に繋がっていたのだろうか。『口なしさん』だろうと言われたらそこまでだが、そんな単純な話ではない。


 何故ならお化けが携帯を持っている理由を解決しないといけなくなるから。


 これがメリイさんとからなら話は分かるが、『口なしさん』の噂に電話は関与していない。それはお化けとしてどうなのだろうか。ルール無用なら俺達に端から勝ち目はあるまいて。




「はいこれ、シフト表」




 心を落ち着ける為にメロンソーダに口をつけていると、職務に戻った筈の椎乃が戻ってきて、コンパクトに折り畳まれた勤務表を俺に渡してきた。彼女が居る日に店を訪ねれば割引してくれるからだろう…………。

「え? 要るって言ったか?」

「あれ。要らないの?」

「貰うけどさ」

 タダより高い物はないので、貰えるなら貰う。すると何となくお得な気分になる。クラスが別になるとどうしても顔をあわせる機会も減るし、彼女の顔が見たくなったら使うのも手だ。これは夜更かしとも噂とも関係ない。直前の危機とは無関係に話しかけてくれる椎乃の存在が、今は頼もしい。

「あ、椎。ちょっと頼まれて欲しいんだけど時間あるか?」

「いいよっ。ていうかちょっと暇になったから戻って来たんだし。何?」

「お前がくれたこの番号に……ちょっと掛けてくれ」

 目を点にして固まる椎乃。不思議なお願いなのは重々承知しているが、さっきの今でもう一度同じ番号に電話を掛ける気にはなれない。また『口なしさん』に繋がったら最悪だ。次に掛かったらとてもじゃないが正気を保てない。

 携帯を渡して何度か催促すると、「わかったよ」と言って椎乃は受け取ってくれた。ただ電話を掛けてもらうだけなのに、この緊迫感は何だろうか。それとも俺が勝手に緊迫しているだけ?

「……繋がったけど、もういい?」

「ごめん。スピーカーにして、声を聴かせてくれ。あとついでにお前も一緒に居てくれると助かる」

「変なの。ユージンに頼られるの、悪い気はしないけどね」

 机の上に携帯が置かれて着信がなり続ける。何度目かのコールの後、電話はもう一度繋がった。


『もしもし?』

『……もしもし。恵太か?』

『……誰だ? 知らない番号っちゃ番号だったけど。詐欺じゃなさそうだ』

『同じ学校の日方悠心だ。お前が口なしさんを調べてるって聞いて、ちょっと電話してみた』


 知らない番号から掛かって来たので警戒しているのは当然として、相手の人となりを観察したい。知り合い以外に攻撃的なタイプなら椎乃に仲介してもらう気でいる。返事を待つ間に彼女の方へ視線を持ち上げると、目が合った。椎乃の微笑みに同じ表情で返す事は出来ず、逸らしてしまう。


『おお! お前が日方か! そうか、誰から聞いたかは気になるが、今はそんな事どうでもいいな! 今日はもう時間的にも会うのは難しいだろうから、夜にまた話そう! 大丈夫か?』

『いつも夜更かししてるから問題ない。お前が持ってる情報をどうか教えてくれ』

『俺が一方的に教えるだけは虫が良すぎるだろう! ここは一つ同じ噂を追う男同士共有しようじゃないか!』

『……分かった。その前に一つ聞かせて欲しいんだけど、お前は何でこの噂を追ってるんだ?』

『何でって、ワクワクするだろ! 昔テレビで見た噂がこんな近くにあるんだ! 七不思議もないどころか怪談すらない学校なんて退屈だと思ってたが、これだよこれ! 俺が求めてたのはこういうのだって! お前だってそう思うだろ!?』

『ま、まあな。えっと、十二時くらいでいいか?』


 同好の士(と言っていいかは分からないが)を見つけてテンションが上がっているのかもしれないが、随分と饒舌であってくれる。これなら隣に凛と澪雨が居ても構わず話してくれそうだ。純粋に娯楽の一種として噂を追う彼とは思惑こそ違うが、見かけだけでも助け合おう。

 電話を切ると、椎乃が不思議そうに俺を見つめていた。

「何だ?」

「首、どうしたの?」

 ぎょっとして首に手を当ててしまう。きちんとボタンを閉めて隠したつもりだったが、見えていたか。なんと言い訳をしようか迷うのは時間の無駄だ。今の反応が全てであり、語るに落ちている。

「…………秘密にしてくれないか?」

「うーん。どうしよっかな。タダゴトじゃ無さそうだけど、今の反応だと深刻って訳でもなさそうだし」

「沢山注文するから見逃してくれ」

「そこまで!? うーん、じゃあいいよ。今日の所は。次お店に来てくれるまでに色々考えとく」

「それ聞いて、俺が来店すると思うのか?」

「ユージンなら来てくれるっしょ?」

 ゲームを通して仲良くなったせいで、俺もいまいち強気になれない。彼女の言う通り、この件が終わったら訪ねるつもりだ。単に外食をしたくなったら優先的に寄るだけの事で、そこには何の思惑もない。

 それでも一応担保として己のIDを書いて渡そうと思ったが、紙を一旦受け取った椎乃はそれを見るや、突き返してきた。

「え?」

 交換をしたいのではなかったのかと思い、驚いてしまう。彼女はいつまでも恥ずかしそうに己の首筋を掌で撫でながら頬を赤らめていた。

「ん~こういうのはさ。私の方から渡したいんだよね、ユージンには分からないかもだけど」

「本当に分からない奴来たな。拘りって奴か?」

「そそそ。だからちゃんとまた来てよ。それでバイト終わりまで待っててよ。そうしたら渡す。渡したいっ」

 個人の拘りは自由だが、変な奴だ。しかしこういう裏表のない性格が人気者の秘訣であり……俺も、そんな彼女に気を許していた。それは紛れもない事実だ。俺は違うが、『彼女は自分が好きだ』と勘違いさせる要因にもなりうるので、注意した方が良いと思う。これは俗に八方美人と呼ばれる物で、個人個人に大した思い入れなんてないのである。

「俺、今日の所は帰るな。早速割引使えるか?」

「あー…………うん。ちょっと待っててね。五分くらいしたら出てくれる?」 

 




 



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