好奇心は人を狂わせる
商店街に走り込んできただけの俺が怪しまれる事はないが、身体全体を振り回して何かを探そうとする俺をいつものことと流すのは無理があるだろう。何人かは俺の方に視線を寄せて行動を気にしている様だった。
―――無理だろ、この人混み!
夜は外出禁止なので、当たり前だが昼から夕方にかけての混雑具合は国内と比較しても群を抜いている。都心は言い過ぎだが、田舎にしては多すぎだ。しかも都心の勝因はどう考えても人口密度にあり、同じ人口という条件で勝負をしたら間違いなくこの地域が覇を取るだろう。それくらい人は多く、だからこそ夜に人通りが無くなっても商売が成立している。コンビニでさえそうだ。
こんな忙しさなので時給も高いしで、金銭面のメリットは中々。とはいえ俺はごめんだ。バイトなんてしたら頭がおかしくなる。怠け者と言われてもいいからゲームをして日がな一日過ごしたい。そうは思わないだろうか。
「…………はあ、見失ったか」
明らかに俺から逃げてくれる様な背中が発見出来れば良かったが、それも見つからない。もう少し探したいが、息が上がってそれどころではないので、テラス席を開いていたレストランに入って、メロンソーダを頼んだ。
「うい~。疲れた…………」
夜と違うのは、空気が気持ちいい事だ。流石にこの暑苦しい季節も走り回れば風が吹く。夜と違って空気に対する嫌悪感もないし、ともすれば素晴らしい日だ。素晴らしい日なのだろうか。良く分からない。
「お待たせしましたー。メロンソーダです」
「あいあい。どうも」
「これ、おまけね」
「あいあ…………ん?」
差し出されたのは、誰かのID。SNSに打ち込めばこの番号に振り分けられた誰かを友達に追加出来る。
顔を上げると、職務規定のウエイター服を着たくせ毛の強いショートカットの女子が俺を見つめて嬉しそうにしていた。
「…………え?」
「久しぶり、ユージン。クラス別になったけど、どう?」
「…………あ、椎か!」
「顔忘れてたんだ……ちょっと傷つく。そ、私だよ私。えへへ、本当に久しぶり」
緒切椎乃。転校してばかりの頃―――つまりは俺がこの高校に来たばかりの時、同じクラスに居た女子だ。凛や澪雨みたいな暴力的な発育を知っていると小さく見えるが、十分発育はある方だ。足はすらりと細長く、それでいて力強い。或いはどちらもこのレストランの制服が強調されやすいだけかもしれないが。これを文句と思えるならこの世はクレーマーだらけだ。
椎乃は誰にでも絡む性格から男女問わず人気だった。サクモと喜平は知る由もないが、二人に秘密で俺達は互いだけでゲームをした事もある。ゲームに造詣がないにしてはセンスが良く、教えるのが本当に楽しかった。
クラス分けで離れてからは疎遠だったが、こんな所でバイトをしていたのか。
「どう? 私が居なくて寂しくない?」
「いや、ちゃんと友達居るよ。サクモと喜平とはまだゲーム仲間だ。逆に聞くがお前はいつバイト始めたんだ? 昔はしてなかったと思うけど」
このレストランも大概人が多いが、その分ウエイターが多いのでどうにかなっている節はある。椎乃は俺の机に手を突きながら、恥ずかしそうに笑って頭を掻いた。
「実はどうしても成績が落ち込んじゃってさ。授業、難しくなるでしょ。平常点を稼ぐ為にバイトしてるんだ。一応経済的な理由って事で申請してるから内緒ね?」
「……平常点? ちょっと待て。平常点って授業態度が評価されるんだろ?」
「うちの学校は違うんだって。授業態度だけじゃなくて普段の生活とか、ボランティアとか、そういうのも点数に入れるらしいよ。なんか平常点が高いとある程度の違反も見逃されたりしてくれそうじゃないッ?」
「……何か、妙だな。学校ってのは校内だけで判断する物だと思ってたよ。俺が転校生だったからか?」
夜に理由もなく外出が禁止されてる事と言い、神社で怪しげな物を管理していた事と言い、どうもきな臭い。この町がおかしいのは言わずもがな、取り立ててこの学校には問題があるのではないか。俺をユージンと呼ぶ彼女はまるで違和感を持っていないみたいだが。
「平常点が一位だったら表彰されるみたいな話もあるみたいだけど、こっちはどうだろうね。見た事ないかな」
「…………俺もないな。あー……それで。このIDは何だ? 確かに交換してなかったけど、この流れで交換するのは逆ナン食らったみたいでちょっと恥ずかしいな」
「ユージンさ、『口なしさん』について調べてるんだよね?」
目を剥いて、その表情を窺う。椎乃は可愛らしく首を傾げて、悪意なく微笑んでいた。
「―――誰から聞いた?」
「誰からって、あんなに調べ回ってたら目につくって。確かにあの噂気になってる人は多いけど、ユージンくらい必死に聞きこんでるのは、そこのIDの人くらいじゃないかな」
「……誰なんだ?」
「うちのクラスの……あ、A組なんだけどね! 沢兼恵太っていう同級生。私みたいな地元民は良く分からないけど、他の地方だとこの時期は心霊番組? みたいなのがやるんだってね」
「……ちょっと待て。そいつは地元民じゃないのか?」
「ユージンよりは古参だけど転校生だよ。小学校くらいかな。それ以降心霊? が大好きみたいで、急に噂が流行り出したのも含めて気になってるみたい。連絡したら喜ぶと思うな」
転校生。
成程、古参の転校生なら知らない訳だ。何もこの地に外から入って来たのは俺が初めてという訳ではない。探そうと思えば幾らでも居るだろうが、その多くは町内会の規則に従っている。恵太とやらも例には漏れていないかもしれないが、噂の発端を調べるだけなら心強い味方になりそうだ。
「私のIDなあ、教えてもいいけど。バイト終わるまで待てないでしょ?」
「……ごめん。時間がちょっとな」
「いいっていいってっ。気にしないで。また来てくれたらそれでいいよ。あ、シフト表渡そうか? 私が居る時に来てくれたら割引してあげるよ」
「それ、権限的に不味くないか?」
「うん。だから内緒ね?」
椎乃は人差し指を口に当てながら悪戯っぽく笑い、離れていった。俺と出会えたのがそんなに嬉しかったのか、鼻唄なんか歌いながら、厨房の方へと戻っていく。
「………………恵太、か」
せっかくの手がかりを見失っていた所だ。連絡してみるのもいいだろう。そこまで俺が目立っていたなら詳細な事情は省ける可能性も高いし。早速携帯に打ち込もうとすると、通話が繋がりっぱなしである事を思い出した。
『もしもし?』
『見失いましたー』
『ああ……ごめん。それは俺も。かなり早く見失った』
『申し訳ございませんが、澪雨様を夜に連れ出す為の仕込みをしないといけないので、今日はこのまま失礼します……今日の夜、そっち行くから』
『え?』
『そういう事ですので、どうか就寝だけはご遠慮願います』
では、という言葉を最後に通話が切れた。何がそういう事なのかは分からないが、集まりたいというなら断る理由もない。澪雨は今頃家に帰って勉強しているだろうから、情報にはいまいち期待出来ないか。一緒に考える役になってもらおう。
サクモ達から新規の情報はない。これは椎乃がくれた情報を頼りに、恵太とやらを頼ってみようか。同じ転校生として、ひょっとしたら仲良くなれるかもしれない。男友達は幾らいてもいい。気難しい奴でないのを祈りながら、俺は彼を友達に追加して、早速電話を掛けてみた。
『もしもし?』
『私ノ好キナ食ベ物ハ何デスカ?』




