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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
弐蟲 死神に口なし

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蚕の裂ける時

 凛に引っ張り込まれた場所は、商店街を抜けてやや閑散とした場所の、草が無秩序に生えただだっ広い空き地の中にポツンと取り残された空き家だった。季節が夏だから隠れているだけの感じはあるが、嘘は吐いていないか。期間限定の秘密基地という事なら、その方が秘密基地っぽいのかもしれない。常時秘匿性がないという意味で、かなりの変化球だが。

「……見たまんま廃墟だけど、中は片づけてあるから、入ってくれますか?」

「これ、誰の家なんだ?」

「私はここの都市計画に関わった身ではございません。町内会の方にでも聞いたら如何ですかねー。知らないけど。こちらから言えるのは……日方君が初めての客人かな、という事です」

「自分の家扱いかよ」

「捨てられた家なら、有効活用しないとですね」

 廃墟の中は廃墟とされるだけあって埃っぽいし、汚いし、脆そうだ。床は所々穴が開いており、窓はひび割れていて頼りにならない。台所の蛇口を捻ってみたが案の定水は出ず、脱衣所の鏡は完全に割れて破片が洗面所に溜まっていた。

「…………秘密基地って言うけど、どういう時に使ってたんだ?」

「誰かと関わりたくない時、でしょうか。もしくは今回の様に逃げる時。こちらへどうぞー。何もお出しできませんが、机と椅子は比較的まともに使えますよー」

 あんまり見て回っていても仕方ないか。俺は別に廃墟マニアではない。既に凛が座っていたので、対面の椅子に座って、何となく視線を逸らした。気まずい訳ではないが、一対一で話すのは何となく。女子だし。今は深夜でもないし。

「日方君。正直に言って、悪手だと思います」

「は? な、何が?」

「外での聞き込みですよ。やはり、理解していなかったようですね。商店街は特に町内会の眼が光っている部分です。そんな所で噂について調べるなんて。どうぞ僕を監視してくださいと大声で叫んでいる様な物です。夜更かしのメンバーとして、到底許容出来る愚行ではありません。馬鹿です」

「……そういうお前は、どうしてこんな所に?」

「恐らく、貴方と同じ理由です。果たしてあの噂は校外にも広がっているのか、と。私も休み時間を縫ってそれとなくクラスに聞いて回ったんですが、『口なしさん』の噂はクラス内で伝播が完結していて、手がかりが何も得られませんでした。貴方と違うのはここでの集め方くらいです。いや本当にもう見てらんない。やり方って知らないんですか?」

 恐る恐る凛の綺麗な顔を見ると、彼女は不機嫌そうに顔を顰めて、心底俺のやり方に対して理解出来ないと言わんばかり、多少なりとも人となりを知っている手前、売り言葉に買い言葉で俺も何か言い返したくなってきた。

「な、何だよ。じゃあどうやって聞けばいいんだよ」

「聞かなくていいでしょ?」

「へ?」

「噂は、聞かれて出てくる物じゃないですよー。もしも噂になってるならそれこそ、商店街を歩いてるだけでも聞こえてくる筈。違いますか?」

 悔しいが、全くその通りだ。クラスでの聞き込みが成立したのは飽くまで噂の発端を探りたかったからで、外に伝わっているかどうかなら聞き込む必要なんてなかった。こう、誰かの助言で気づかされると自分の馬鹿さ加減に凹みたくなる。ゲームでも、サクモや喜平に『ああした方が良かったな』なんて言われると、腹が立つより前に凹む。大体その通りで、しかもその瞬間は絶対に気づけないから。

「……そりゃ、そうだな。ごめん」

「―――素直ですね」

「ゲームで協力プレイとかすると、まあ眠気と共にイライラしてくることもある。そういう時、素直に謝れるようじゃないと後で亀裂が入るし」

「ふーん。…………良いと思うよ、そういう所」

「べ、別に褒められる様な物じゃねえよ。単に友達と険悪になりたくないってだけだ。それより、俺もお前に確認したい。そっちのクラスも結局噂は内側で完結してたんだな?」

 サクモ達とのグループには、また新しい情報が舞い込んでいた。提供者は喜平だった。

「そうですね。不思議な事ってあるんだねーという形でこちらでの捜索は打ち切らせていただきました。いつまでも引きずると怪しまれますから……何してるんですか?」

「俺のゲーム友達に協力してもらってるんだよ。勿論夜更かしの事は伝えてない。えーと」



・口なしさんは、この学校の生徒だった。



「……………………え」

「………………」

 一緒になって携帯を覗き込んで、同時にフリーズ。二人で顔を見合わせて、声を張り上げた。


「えええええええええ!」

「ちょ、詳しく! 詳しく聞いて!」


 言われるまでもない。その情報は一体何処から入手したのだ、と問いかけると直ぐに既読がついた。その情報が何処のクラスから出たかというだけでも話は変わってくる。クラスが分からなくても、最悪問題ない。名前さえ分かれば後は職員室で聞けばいいのである。


『それがなー。図書室で勉強してた奴に聞き込んでたら後ろの方で聞こえただけなんだ』

『姿を確認しろよ』

『声まで掛けて回り込んだんだぜ。うちの図書室、後ろ中央の棚は壁から離れてるだろ? 人の姿が見えないとしたらその裏側だと思ったんだが、居なかったんだよな。声は男子だったぜー』


 ここまで判明した情報は。


・『口なしさん』は質問をしてくるが絶対に答えられる。答えたら質問をしないといけない。

・『口なしさん』の質問に無視をしたら喋れなくなる。

・『口なしさん』の噂は何故か始まりがない

・『口なしさん』は女性。

  

 という事。ここに今の情報を合わせると―――どういう状況になるだろうか。









「『口なしさん』は耳が良い」








 


 俺達にもハッキリと聞こえる少女の声が、俺達にしか聞こえない所から聞こえた。それは秘密基地の裏側。住居ではなく、壁越しに聴こえてくる。

 何がどうと理屈を問う前に二人で確認しようと外へ出たが、鍵が開かない。

「凛、鍵は!?」

「いや、外から鍵なんてかからないでしょ!」

 鍵とか関係ない。所詮は廃墟なのだから最悪力ずくでも壊せればいいと思っていた。そう簡単には壊れない。いくら木製でも枠が腐敗していないとそれなりに強度があるようだ。

 声は俺達の焦りも構わず、続けていく。

「きっと何処かで聞いている」

「貴方達を狙ってる」

「蟲が貴方を狙ってる」


「『カイコドク』はまだ、始まったばかり」



 声が途切れると同時に、あれだけ頑固だった扉がすんなりと開く。慌てて裏側に回り込んだが、既に声の主は姿を。


 がさ、がさ、がさ。


 今まさに、行方をくらまそうとしている最中だった。これは、追うしかないだろう。聞いてもないのに情報をくれるなんて怪しすぎる。

「凛、後を追うぞ!」

「いや、待って。私達の繋がりが明らかになったら都合が悪いでしょう。携帯で連絡を取り合って別のルートから追い込みます」

「なるほど!」

 ならそれで行こう。携帯の通話がつながった所で、俺は一目散に足音の追った。追跡に気づいた様子がないというのもおかしな話だが足音は常に一定で、淀みがない。

 順当に行けばわざわざ挟み撃ちするまでもないが、すぐに俺はその異変に気がついた。草むらをかき分けて足元を探ると、そこには足音だけを収録したラジカセが置いてあるだけだった。

「…………クソ!」

 ここは草がぼうぼうに生えた空き地だ。足音なんかよりも遥かに草をかき分ける音が聞こえて然るべき。何故俺は純粋な足音を辿った。

 お化けじゃない。相手にはちゃんと実体がある人間だ。空き地から出る道は二つしかないので、凛とは反対の方向から出る事になる。商店街に舞い戻った俺が目当ての人物を探すには……


 ピロン。


 携帯から、通知音。夜にどんなことがあってもいいようにと通知は全般的にオフにしていた筈だが、何かを漏らしただろうか。SNSを見ると文字化けした謎の個人が友達に追加されており、ただ一言。




『アナタハだレを  にスる¿』




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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか黒彼っぽいホラーですね 最近のも良かったですけどこっちも好き… [一言] もう既に特定されてるが
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