友達の友達の…
口なしさんの噂について特別情報が多そうな人間を当たりたかったが、今の今までゲーム三昧だったのが裏目に出た。他のクラスメイトとする話なんて学校行事の事か、成績の事か、テストの事か。担任の事―――要するに学校を絡めないとどうにもならない。虐められている訳ではないので声を掛ければ話は聞いてくれると思うが、絡みのない奴がいきなり話しかけてくるのは流石に少し驚かせてしまうか。
「ん? 口なしさんの噂だと?」
悩んだ末に、俺は言い出しっぺのサクモを頼ってみた。授業の昼休み、当たり前の様に机を囲んで、尋ねてみる。基本的にというか全般的にゲームの話題にしか触れないので俺からそれ以外のジャンルを振るのは少々違和感があったかもしれないが、誰が振っても違和感にはなる。必要経費みたいな物だ。
「気になるのか?」
「気になるっていうか。誰が言い出したのかだけが気になるんだ。考えてもみろよ。今まで誰か一人でもそんな噂してたか? 死体が見つかってから急にじゃんか。それが嘘か本当かは置いといてさ、言い出た奴は何考えてるんだよって事」
「あー。それは俺っちも気になるかもな。この噂広まったらみんなテストどころじゃない的な? サクモがよ、夜に外へ出る奴がいるかもーって言ってたろ? まあ駄目だけどよ、そもそも夜に出たらテスト勉強の時間とか削られんだから、普通に悪影響じゃね?」
「そう! そうなんだよ。だから俺的には噂で集中を削ぐ事でテスト順位を上げようという姑息な手段に打って出たんだと思うんだが、ただの推測だしな」
「誤用の方ではなく、本当に姑息だな……分かった。少し調べてみようか。俺もゲームに集中できなくなるかもしれない……いや、現に悠が集中出来なくなっているな」
「あーそうだなー! 昨日のコイツ、何かそわそわしてたよな!」
それについては、あの二人が悪い。
怪しまれないようにゲームをするなんて、かえって怪しまれるとしか思えない。今までは何の気兼ねもなく楽しんでいたのだ。それに突然義務感が生じると幾らゲームが楽しくても、気が散る事くらいある。
それだけに飽き足らず、興味津々な澪雨と凛が隣でずっと画面を見ていたのだ。無意識だろうが胸は当たるし、二人とも滅茶苦茶美人だしで、何となく張り切りたくなる俺の気持ちが分かるだろうか。分かるのではないだろうか? そこそこまともな男性諸君なら欠片でも理解出来るのではないだろうか!
俺には、ゲームしかない。それくらいしか自慢に出来る事がない。せっかく女子が興味を持ってくれたなら、格好つけたいと思うのは悪い事ではない筈だ。
心の中で言い訳をつけている内に息が乱れてきた。二人は怪訝な表情で俺を見つめている。口なしさんの話をしていたら段々興奮混じりになってきた友達を見たら俺でも同じ反応をするだろう。
「おー。もしかしてそわそわしてる理由って聞かない方が良い感じか?」
「いや……き、気のせいだろ。な、何だよ正直に言えばいいのか? 噂が気になってたんだよ! 気になり過ぎて、俺が外に出ようとする勢いなんだ。だからその前に……相談したかったんだよ」
「おうふ。そこまでだったかー。こりゃしゃーねーなー。俺っちも協力するよー」
「すまん。有難う。えっと……確認したいんだが、手伝ってくれるって事はつまり誰が言い出したのか知らないんだな?」
二人は顔を見合わせて、一緒に頷く。サクモの方は『皆が噂してる』と言っていたし、知っている方がおかしい。
「放課後に聞き込みか?」
「授業ほったらかしてまで聞き込む度胸はないな……」
「あいやりょーかい。つか俺もそれくらいしか出来ねーわ。ははは! あーちっとトイレ。水筒の中身が茶だぜおい」
喜平が笑いながら席を外して廊下へと歩いていく。サクモと二人きりになっても、別に気まずくはないのだが状況が状況もあってやや申し訳ない。こいつらはきちんと夜間外出禁止を守っているのに、俺だけが破っているなんて。
「…………もし有効だったら、俺もやった方がいいんじゃねえか?」
「あん? 噂か?」
「テストに対して有効だったらやり得だろ。ゲームしてても順位上げられたりな」
「ふん。そこまで甘いとは思えないがな。しかし夜に外へ出るよりはマシだ。噂をするななんてルールは何処にもないからな」
「あんまり害があったらまた違いそうだけどな。夜に外出禁止ってのも、なんか色々あったんだろ。不審者とか」
「人の噂も七十五日だ。どんなに噂が経ってもその内消える。嘘か本当か分からない物にいつまでも執着出来る程暇にはなれんさ」
サクモは水筒を豪快に飲みながらけらけら笑っている。『口なしさん』についてはあんまり信じてはいないようだ。それにしては…………俺に噂を教えてくれたのも彼だが。
二人の協力を得た所で、方針を決めた方がいいか。
具体的に言うと、最初に聞くべき人物だ。連想ゲームではないが、横のつながりは大切で、噂は基本的に友達から聞く事が殆どだろう。学校の凛はギャルとして振舞っているから友達も多いだろうが、俺はそうもいかない。
「サクモ。お前は誰から聞いたんだ?」
「同じクラスの壁村から。一番近かったってだけな。俺が興味示した訳じゃないぞ」
「やートイレって誰か入ってる時が気まずいよなー!」
喜平が戻ってきた。彼がトイレの滞在時間が長いのは俺達の間で有名な話だ。現に弁当を食べ終えてしまった。だが当人はあまり気にしていない様だ。へらへら軽い調子で笑いながら、また弁当に箸を伸ばす。
「実はもう聞いてきたりしたか?」
「んー。あー。アイツから聞いたぞ」
「誰だ?」
「D組の凛って奴。女子トイレから出てきたところにたまたま鉢合わせちまってよ~」
ああ~。
ノーカウントで。
授業中に合間を縫ってまずは適当にクラスの人間に話を振ってみたが、誰が言い出しっぺという事はなかった。クラスメイトはまた別のクラスメイトに聞いたし、そのクラスメイトもまた別のクラスメイトに。思い切って担任の先生に聞いてみると、
「俺の耳に入る頃にはもう全員知ってたぞ」
との事。因みに噂については『下らないが、とにかく夜に外へは出るな』との事。特別俺が怪しまれている訳ではないようだ。気のせいかもしれないが、死体が見つかってからあの不穏な、捜索されている様な雰囲気は感じなくなっていた。
「…………」
情報を整理するまでもないが、発端がうちのクラスという事はないようだ。休み時間に一言尋ねるだけなので所要時間はそうかからない。澪雨を除く全員に聞いたつもりだが、一度も他のクラスに派生しなかったのは不思議だ。
誰かから聞いたのに、その誰かが見つからない。
サクモの様に、たまたま小耳に挟んだ奴がいるだけ……いや、それすらない。必ずクラスメイトは特定の人物から聞いたと言っていた。どういう事だろう。
「…………」
さて、残るは澪雨だけだが。彼女に聞くなんて滑稽な事この上ない。裏で繋がっているのに、どうして他人を装って尋ねなければならないのかと。だが、これも偽装工作の一環だ。ここで彼女にも聞かないと、まるで既に知っているかの様にとらえられるではないか。微妙にサクモと喜平から疑いを向けられている手前、下手な真似は出来ない。
昼休みも授業の合間の休み時間も、彼女は一人だった。何も喋らず、淡々と授業を受け続けている。
「み、澪雨」
ただ話しかけるだけなら注目は浴びない。何の兆候も見えないならまだしも、俺が噂を聞いて回っているのはクラスの知る所にある。澪雨は俺の声にぴくっと反応すると、露骨に困惑した様子で、堂々と俺の声を無視した。
「…………いや、おい。あの。ちょっとだけ聞きたいんだけど」
演技下手かこいつ。
それとも事前にそういう作戦だと打合せしないと駄目なのだろうか。凛と違ってまるで融通が利かない。
「――――――何か御用ですか?」
「うーん。えっと、口なしさんの噂って知ってるか?」
「ええ、知っていますよ」
「誰から聞いたか……教えてくれないか?」
「…………」
「D組の人から、ですね。すみませんが名前までは……」
名前までは分からないって?
いいや、俺には分かる。
答えられなくて気まずいから、柔軟な凛に投げたのだこのポンコツお嬢様は。
そんな風に答えられたら次はD組に向かうしかないだろうに。




