知らない誰かのウワサ
二章始まりです。
死体の話は、すぐに町全体へと知れ渡った。
警察の捜査から証拠は上がらず打ち切りとなり、事故として処理されるそうだ。何の事故としてまとめられるかは良く分からないし、そもそも誰もあれを事故だとは思っていない(事故にしては現場に作為が見られる)だろうが。分からない物は分からない。学校全体も死体について探りを入れる事はやめるようにと生徒に通達した。
だが一度始まった噂は止まらない。死体が出たのは、この町において初めての事だ(老衰や殺人は除く)。クラスメイトも死んでいる手前、特に俺達のクラスがするには圧倒的に不謹慎だと分かっていても、話が広まるのはどうにもならなかった。
「んー。騒がしいな」
「ゲームの話題で盛り上がってる俺っちらー、もしや浮いてる?」
「仕方ないだろ。俺もここに来てから……いや、死体を生で見たのは初めてだ。騒ぎたくなる奴がいるなら気持ちは分からないでもない」
あれから一週間。
死体の悍ましさが目に張り付いてしまい、俺はまともに暗闇を直視出来なくなっている。夜に神社に居た人間と死体が同一人物とは限らないが、俺があの影のようなカイブツを解き放ったからこうなったのではと。
凛と澪雨だが、二人も休まず学校には来ている。しかし死体の発覚が町の空気にどういう影響を与えるか分からない関係で、夜の探検は休止中だ。学校でも関わりは持っていない。凛はまだしも澪雨は、一人ぼっちがデフォルトの近寄りがたいお嬢様なのだから。今日も俺は友人と三人で、傍観に留めている。
「なー。知ってっか? 林山の話ー」
「いや……あまり噂には興味がなくてな。新作のゲームの噂なら取り入れるが」
「どんな話なんだ?」
「アイツさ、『夜』に外出したから死んだんじゃねえのかなって」
………………それは、違うだろう。
夜に外出したのは俺達だ。俺も誘われるまではそうだったが、特に理由がないならわざわざ外出しようとは思わない。夜に外へ出たら駄目だと言われているし、何よりコンビニも交番も夜には閉じている。つまり用事なんて生まれようがないのだ。
「……有り得ないな。夜の外出は禁止されている。アイツにそれを破る理由はあるのか? じゃあ周りの死体はアイツが殺したとでも?」
「や、知らねえよ。俺っちは噂を話してるだけなんだもん」
「…………なあ。ちょっと気になってるんだけどさ。何で夜に外出しちゃダメなんだ。殺人は犯罪だから駄目とかそういうのを聞きたいんじゃないぞ。じゃあ犯罪じゃなかったら殺人はオーケーなのかって話になるだろ。もっと根本的な……理由とかってあるのか?」
「俺に聞かれても困る。駄目なものは駄目。学校でだってそうじゃないか。友達と喧嘩は駄目。カンニングは駄目。理由とかじゃない。謝罪以外は全部言い訳。駄目なものは駄目。よくある事だ」
「まー俺っちも大体同じだけんども。うちの爺ちゃんが言うには『夜は魔物が巣食っている』んだってよ。まあ昔ながらの教え方って感じだよな! 嘘を吐くと閻魔様に舌を抜かれる的なー」
今の俺には、笑える冗談になり得ない。
夜は魔物が巣食っている。確かに非現実的な例えであり、昔の教え方と言われればそれまでだ。だが実際に夜に出て、あの暗闇を肌で感じ取ると、あながちその発言が間違いとも言えないのがどうにも俺を動揺させてしまう。
そして実際、俺はその魔物と呼べそうな存在に遭遇してしまった。後で話を聞くに、凛と澪雨はその姿を見ていないらしいが……。
「……それと関係があるかは分からないがこんな噂を知ってるか?」
「噂に興味がないんじゃなかったのかよ」
「聞こえてくるんだよ。自分から探ろうという気がないだけだ。話を戻すが、この町には『口なしさん』と呼ばれるお化けがいるらしい」
それは、幼い女の子とも、自分と同じくらいの年齢になるとも言われているようだ。
口なしさんと出会った時、彼女から質問をされるが答えなければならない。質問される内容はその時々次第で、絶対に答えられる質問であるらしい。質問に答えられたら代わりに質問をしなければいけない。そしてどんな場合においても絶対に無視をしてはいけない。
「…………なんだ、それ?」
「知らん。別のクラスでも何処でも言ってみろ。誰かは必ずこの噂をしてるぞ。出所は分からないがな」
「…………なあ、まさかと思うんだけど。その噂の真偽を確かめようとする奴って、出てくると思うか?」
「俺っちはねえと思ってるなー。実際はどうあれ林山がそれで死んだ『かも』しれないんだ。わざわざ死ぬような所に突っ込むなんざゲームだけで十分。突スナなんて現実じゃやんねーだろ? それと一緒」
「良くも悪くも、俺達は悪趣味に盛り上がってる。良くない流れだ。殺人が起きて盛り上がるなんて道徳的にな。だから今後……夜に外へ出る奴は現れるかもしれない。そしてそれをやられたらどうしようもない。俺は人助けの為に教えを破ろうとは思わん。死体がそのせいだとするなら猶更だ。死んだらゲームが出来ないからな」
好奇心は猫をも殺す。
ただただ何となく町内会からのお達しで従っていた人間が、死体が見つかったのを契機に動き出す可能性がある。それは様々な人間にとって都合が悪いのではないだろうか。自分を名探偵と思い込んだ興味本位、何とか原因を究明したい正義心、友達に誘われたから。理由はどうあれ、夜に出歩くのは非常に危険だと俺は考えている。
最初の夜を過ぎて、昼に俺達の正体を嗅ぎ回られていたのだとしたら、正体不明の彼らは夜にこの町について探られる事が余程都合が悪いと見える。今後何事もなく動きが広まっていけば、他の町同様に、この町の夜には活気が戻るだろう。
果たしてそう上手く行くだろうか。とてもそうは思えない。話の中では一くくりにされていたが、林山だけが人間にも可能な手段で殺害されていたのも気掛かりである。
――――――夜には気をつけろ、か。
或いは、ゲームと友達が俺を守っていたのかもしれない。全てを忘れてゲームに興じるなら、これからも俺の安全は保障されるのかもしれない。だがあの二人が心配だ。死体が見つかって以降、夜更かしについて改めて進退を問うた事はないが、今日にでも聞いてみようか。二人が退くなら俺も退く。二人が進むなら―――付き合うしかない。
丁度新しいネタで、脅されている所だ。
「暫く部活は休みとなりました。皆さん、くれぐれも寄り道をせず帰宅して、夜はくれぐれも外出をしないように。HR終わり。気をつけて帰れよ」
「「「はーい」」」
いつもは分かり切った事とばかりに省いていたのに、わざわざ『夜は外出をするな』なんて言う辺り、教師もこの盛り上がり方はまずいと思っているのかもしれない。部活が無くなったという事でクラス全員が速やかに教室を離れる中、俺達は歩幅を合わせながらゆっくりと帰路についていた。
「今日もゲームしようや」
「俺は構わん」
「俺も……あーでもちょっと遅れるかも。待っててくれるなら参加したい」
今日もどうせ、探検はしない。夜更かし同盟は全会一致が基本だ。誰が決めたとかではなくて、足並みが乱れると探検なんて不可能だからだ。
――――――まあ、役得って奴だよ。
最近の俺は毎日の夜がどうしようもなく楽しい。外にさえ出なければ危険がない。つまり一度外を介して中に入っても、再度外に出ない限りは危険が訪れないという事だ。確かに夜の探検はしていないと言ったが―――会っていないとは一言も言っていない。
言い方を極限に悪くすれば。
毎夜、俺はやってくる二人の女子を歓迎して、色々遊んでいる。
新しい脅されのネタも、その際に生まれてしまった物だ。




