夜更かしの恋
一章終わりです。
「起きろーーーーーー!」
いつにも増して父親の声が大きい。寝ぼけ眼に声のする方向を見つめると、珍しく聖二が不機嫌そうに腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「馬鹿者ー! 遅刻するぞ! さっさと起きろ! 朝食はないぞ!」
「…………帰ってきた、のか?」
「何言ってるんだ? 夢でも何でもないぞここは。夢なら遅刻するなよ。自分の都合の良いようにあるだろ、普通は。ゲームのしすぎだぞ全く。怒られて反省文は面倒だろ? さっさと起きろ」
それだけ言って、父親は部屋の扉を閉めた。寝起きとは半ば催眠状態に近い。言われるがまま俺は身体を起こすと―――ぼんやりと自分の部屋を見渡した。
―――戻って来たのか?
戻って来た。それは確かだ。決して夢なんかではない。枕元に置いてあった置手紙がそれを示している。
『また明日、幸運を信じましょう』
あのカイブツを解き放ってしまった後から、全く記憶がない。凛が運んでくれたのだろう。服装は制服のままな事について両親に突っ込まれなかったのは奇跡としか言いようがない。そのフォローとしてこの季節に布団を被っているという点も 妙に思わなかったのだろうか。
「…………」
単純に、学校へ行きたくない。あの日生き延びた奴らが学校で待ち構えているに決まっている。何故そうと分かっている場所にわざわざ突っ込まなければならないのか。
―――どっちみち詰んでるなら、逃げなくてもいいか。
それは昨夜決断した事でもある。どちらにしても最悪なら、突っ込んでやろう。ゲームだって俺はそういうスタイルを取る。どうせ後一発で死ぬならリスク度外視で突っ込むのだ。基本的には何にもならないが、たまに一矢報いる事がある。
携帯のカメラを使って首の痣を確認すると、昨日よりも濃くなっていた。また俺は、自分でも知らない内に首吊りでもしていたのだろうか。
「…………」
覚悟を決めて制服に着替える。一階に降りると、両親が神妙な顔でテレビニュースを見ていた。
「じゃあ行ってくるよ」
「…………こんな事、初めてじゃないか?」
「ええ。何でかしらねー」
朝食抜きは、甘んじて罰として受けよう。気絶したお陰かは分からないが寝不足という事はない。首の痣は隠してはみたものの、元々正体が割れているなら大して意味もない気がする。
学校に着くまでに絡まれるという事もなく、普通に到着してしまった。ただし校門前には人だかりが出来ており、相当無理に通ろうとしない限り通行止めだ。
「ちょっとこれ、何があったんだ?」
俺は集団の中からサクモを見つけると、力ずくで人込みの中から引っ張り出して事情を尋ねた。
「…………俺も良く分からん。憶測で何かを語っても仕方ないんだ、事実だけを言うぞ」
「今朝、校庭にバラバラ死体が見つかったそうだ」
「…………え」
バラバラ死体の中身はというと、この町に住む男女六人。俺の知人ではなかったものの、町内では広く知られた顔のようで、町内会を主導するメンバーであったらしい。彼らは食い散らかされたように四肢をもがれ、顔と皮膚と臓器だけの状態で鉄棒に括りつけられていたそうだ。その両目は共通して引っこ抜かれ、今も行方が分かっていないらしい。
「し、死体って。が、学校にか?」
「ああ。おかしいよな。昼間の間にどうやってそんな大量殺人が出来るのかって話だ。もしくはその六人が夜に外出したのか……真相は分からないな」
「が、外出っ? な、何でそこで外出の話が出るんだよ。不審者とか居ないんだろ? 外出は駄目だけど、死ぬ要素はないじゃないか?」
「だが昼にこんな真似ができるとは思えない。消去法でそう考えるのが自然だろう? それに……もっと分からない事がある。俺に言わせればこっちの方が分からんな」
「な、何だよ」
死体を直接見ていない事が大きいのだろう。サクモはいつにも増して饒舌で、彼なりに興奮しているようだ。怪しまれているとは思わないが、語るに落ちては救いようがない。夜の話題は控えつつ、友人の答えを待ってみる。
「―――林山。分かるだろ。同じクラスの」
「あ、ああ。アイツがどうした? まさかアイツも外に出て―――」
「いや」
「そこの木で首を吊ってるのが発見された」




