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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
壱蠱 知らぬが一夜の過ち

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禁足の魔

 凍り付いたような空気とて、この吐息が白く色づく事はない。境内に上がると、昨夜を繰り返す様に誰も居ない。侵入者の前例は知っているだろうに、誰一人警備をしていないのは妙だ。それとも、あれでビビったからもう侵入者は来ないとでも思ったのだろうか。ある意味でその見解は正しかったが、過程がどうあれ俺達は来てしまった。


 ……都合が悪いのは、どちらにとってだろう。

 

 警備が一人、二人。そうあってくれれば理想だった。凛は警棒を持っているし、持ってきたアイテムを上手く活用すれば十分無力化出来る範囲だ。誰も居ないのは侵入が容易になる反面、崩す方が困難になっている。

「……どうやって中に入る?」

「キッチンタイマー」

「それにしても、だろ。場所を吟味しないとな……提案なんだけど、もう一回だけ裏行ってみないか?」

 今度は、もう少しだけ冷静になれるだろう。二人からの承諾を確認すると、やはり砂利の出す音を最小限に留めながら再度本殿の裏側へ向かう。間違っても壁には近づきたくない物だ。次に声が聞こえたら……いよいよ頭がおかしくなる。

「澪雨様。倉庫が」

「ん? あっ」

 光の弱まったライトが照らす先には、番号を知らない事には開けられない倉庫があった。昨夜と違う点があるとすれば、それが全て。鍵が開けっぱなしになっていた。そうと分かれば通じ合わせずとも三人の思惑は一致する。中身を見てやろうと、ライトの明かりが倉庫の内側を照らした。

 入っていたのは、掃除用具だ。畳帚や塵取りに始まり、バケツや雑巾などが詰まっている。それだけなら学校のロッカーを漁ればいくらでも見かけられるが、問題はその保存状態。

「…………何、これ」

 澪雨が声を震わせたのも無理はない。



 それらの道具には全て、べったりと血痕が残っていたのだから。



 特にバケツや雑巾は顕著だ。赤く染まりすぎてそういう柄と言い張る事も出来よう。だがこれがただの柄でない事は、発せられる匂いがあまりにきつい点からも明らかだ。雑巾を恐る恐る触ってみると、ぶちゅっとした柔らかい感触が伝わってきて―――指先が真っ赤に染まった。

「うおっ」

 近くに拭く物がなかったので砂利で誤魔化す。昔から物臭だった俺には良く分かる。水で濡らした雑巾を絞らずに一日二日放置したらこんな感じの感触になる。絞り過ぎてパサパサになるよりも遥かに不愉快だ。

「……これ。血…………だよ……な」

「………………た、確かに。こんなの隠してたら、鍵だって掛けたくなるでしょ……うッ」

「ね、ねえ…………バケツの裏にある奴、何?」

「…………さ。さ。さあな?」

「―――知らない方が、よろしいかと」 

 ただ血がついているというだけでも、俺達には過ぎた恐怖だ。それもこんな多量の血液は、日常生活でもそうお目にかかれない。夜よりも余程非日常な存在が、遂に目の前に現れてしまった。それと共に自覚するのは、真なる禁足地。


 

 ここから先、進む勇気があるのか?



 虚勢と興味と渇望が、俺達をここまで導いた。ここで引き返せばやんちゃで済むだろう。ここで引き返しても、良い思い出になるだろう。俺は女の子二人に挟まれて好待遇を受けた。これで終わらせるのもありだ。というか、命が惜しいならそうしないといけない。

 今度は可能性というより、確信に近い。

 正体不明の集団に捕まったら何をされるかなんて分からない。死ぬかもしれないから今日は必死に逃げた。だが、『かも』はない。俺達は見てはいけない物を確かに見た。確実に死ぬだろう。

「……………一つ聞きたいんだが。俺はここで立ち止まれるのか?」

「…………帰っても、いいよ。こんなの見たら、帰りたくなるに決まってるし」

「ちげえよ。ここで帰って、その後俺の安全は保障されるのかって聞いてるんだ」

 ここで引き返す事は可能だし、俺は猛烈に帰りたい。それをすれば一命はとりとめる。今日直ぐ死ぬような事にはならない。だが外出して以降、全ての動きが怪しく見えた。明日も明後日も来年も、周囲はあの日夜に外へ出た人間を探し続けるのではないか。そもそも探しておらず、全ては俺の気のせいなのか。

 確かなのは、そういう曖昧な不安はこの町に居る限りついて回るという事だ。怖いからって転校は出来ない。俺の都合でこれ以上親に迷惑をかけるのだけは嫌だ。金銭的な迷惑はこの世で最も困るのだと、子供の頃からよく言い聞かされてきたから。

「それは…………保障しかねますね。私も、澪雨様も」

「―――こんな物見たら、何となく殺されるって分かるよ。だからもう、とっくに遅い気がしてるんだ。ここで帰ったら、俺は卒業してこの町を離れるまで昨日の過ちを隠さなきゃいけなくなる。それって楽しくもないし、不自由だし……何より友達とゲームさえまともに出来なくなる気がしてる」

 たった一夜。されど一夜の過ちは今更取り返しがつかない。ここで逃げても、俺にはその代償が付いて回る。そうなるくらいならいっそ。失敗すればどうせ死ぬなら。





「だから―――俺は、帰らないぞ」





 二人を慰めるように、言い放つ。 

 大層な理由なんてものはない。どうせ死ぬならやりたい事やった方がいいだろうというだけだ。抑圧されたまま生きるなら、またそれがちょっとした事で破綻するなら、生きているとは言い難い。ここで帰れば死亡予備軍だ。死神が存在するなら俺を重点的に監視するのは間違いない。ならばいっそ、突っ走ってしまった方が良い。

 楽しくゲームすら出来なくなるなら、死んだ方がマシだ……なんて。ゲームと縁の浅い二人に言っても真剣みを感じてくれないだろうから、何かしら理由を考えなければ。

「あーほら。あれだよ。俺はゲームばっかりで恋愛とかした事ないから……お前達の好感度が欲しいなって、それだけ。下心って言われたらそれまでなんだけど!」

「……だそうですが。澪雨様。如何なさいますか? 下心があるとの事ですが」

「わ、私は付いてきてくれるなら……その方がいいけど。男の子、日方君だけだし。来てくれるなら、やっぱ頼りたいじゃん」

 人数は多い方が良い。明かりがない時に安心を得るには、単純に物量が有効だ。二人と三人とでは気の持ちようが違う。血を見て動揺していたお嬢様も、多少持ち直してくれたようだ。これ以上は単純に目に悪いので倉庫の扉を閉めて、キッチンタイマーをセットする。

「三分にしとくね」

「ああ」

 その間に俺は持ってきたサイリウムライトを発光させて、神社の上から住宅街へ向けて無造作に投げ込んだ。他の明かりが一切ない暗闇だ。小さな光源とてこの距離からでもはっきりと見える。誰がサイリウムを買ったのかなんて、お店を調べれば一瞬で判明すると思われるかもしれないが、これは転校前に買って、買った瞬間に満足して放置してあっただけの消耗品だ。簡単に調べはつくまい。

「……心配なのは、音に引っかからなかった場合ですね」

「へ?」

「こちらの狙いがバレていた、という想定です。中に入りたがっているという部分が見透かされていたらあり得るのでは?」

 その発想はなかったが、確かにあり得る。だが……改めて整理すると、そうなるとは思えない事に気が付いた。

「仮にそうだとしても、あっちにメリットがなさそうだ」

「はい?」

「中に入ってほしくないだけなら、わざわざ俺達を追い回そうとする理由はないだろ。昼のが気のせいじゃなかったとして、探す意味がない。探してるって事は少なくとも俺達の正体を見破りたいって事だ。ただ入られたくないなら扉に鍵を開けて引き籠ってればいい。だろ?」

「……確かに」

「納得してる場合じゃないよ。タイマー鳴っちゃう!」

「何処に隠れればバレないんだ? 相手は複数人居るのが判明してるが」

「裏で音が聞こえれば、そこへ向かうのが普通だと思います。ですから…………表側の…………」

 すっかり失念していたのだが、神社には人が隠れられるような場所なんてない。隠れたとしてもそれは後ろに隠れるとかその程度だ。倉庫に入るなんて冗談じゃない。大体ここに入ってバレなくても、今度は身動きが取れなくなるだけではないか。

「時間がないんだけど。もう一分切ったよ」

「…………どうせ何処に隠れてもイチかバチかになるんだ。どうせなら最大リターンを狙おう」

「で、何処っ」

「こっちだ」

 懐中電灯を頼りに、二人を先導する。間違っても走った状態で砂利を踏んではいけない。キッチンタイマーを初めて聞く不審な音にしなければならない。一分を切ったとて、四十秒。それがギリギリだった。


 ピピピピピピピピピピピピピピピ!

 

 砂利と本殿を繋ぐ階段の真下で息をひそめていると、間もなく音を聞きつけた人間がどたどたと真上を通り過ぎて、裏へと回っていく。ランタンの数を数えただけだが、その数はなんと六人。彼ら自身の走りがこちらの物音を誤魔化していると信じて、俺達も慌てて本殿の中へ突入する。

「ね、ね日方君っ」

「はッ! バカ喋るな聞こえる―――」

「鍵って閉めた方がいいと思う?」

 澪雨は内開きに空いた扉を照らして俺を見つめてくる。この手の扉に鍵があるのかははなはだ疑問だったが、携帯のライトで周囲を探ってみると、角材みたいな閂が転がっていた。これが事実上の鍵になるのだろうか。

「―――いや、触らない方が良いだろ。逃げ道がなくなる。安全なのも夜の内だけだ。翌朝になったらお終い。まあそれはあっちも同じだろうけど。相打ちはやだろ」

「……そっか」

 神社の本殿なんて広くとも部屋数は少ないと思っていたが、ここは違うようだ。単なる神社にしてはあまりにも部屋が多い。ここは大広間と呼ぶべきだろうか。部屋の角に置かれているのはお弁当や飲み物と言った残骸だ。

 ここは本当に神社なのかという感想が先に浮かんだ。何も祀られていない。それっぽい道具も見当たらない。ただ漠然と、部屋が広がっているだけ。神様の像もなければ椅子もない。普段から人の出入りがある訳ではない様に見える。

 

 ―――階段は、何処にあるんだ?


「澪雨様。ここにひっかけ棒が」

「ん……? あ、見て澪雨。上に蓋が見えるわ」

 何故神社に屋根裏部屋があるのかは置いといて、二人は何とか階段を下ろそうと苦戦している様子。こうなったらもう全部見てやろう。考え直した俺は人が戻る前に扉を閉めて、閂を掛けた。驚いた二人が暗闇越しに俺を見つめている。

「何してるの!?」

「いや、俺は考えを改めた。中も別に隠れられる場所とかないみたいだし、だったら扉を閉めた方が時間稼ぎになるって」

 

 ガンッ!」


 間もなく、扉に体当たりの音が響いた。閉める時にかなり軋む音がしたとは思ったが、普通に聞こえていたようだ。それから何度も殴打音が聞こえるが、木製と言っても扉は扉。破壊するにはかなりの力を必要とするだろう。

「今の内に頑張れ」

 さて、本当に調べるべきはこの部屋から伸びた六つの廊下の先―――そもそも廊下が六つに別れる事自体建物として意味の分からない構造をしているが。端から調べていこう。

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