仮面の純情
夜の十二時。それは俺達夜更かし同盟が活動する時間。晩飯を早めに済ませてからたっぷりと昼寝……夕寝をした。
二人が到着次第活動開始と行きたい所だったが……今日はゲームをする約束をしたのである。これをすっぽかすのはまあ簡単だが、明日必ず理由を用意しないといけなくなるのが辛い所だ。かといって今日外出をやめるのも難しい。こういうのはきっかけがどちらの場合でも肝要だ。こんな理由で外出をやめてしまえば、以降もだらだらと理由をつけるに決まっている。
悩んだ末、俺は人知れず部屋を訪れた二人に一つの結論を告げた。
「今日は一時間だけゲームさせてくれ」
「……ゲームなんて幾らでも出来るじゃん。脅されてる立場なの忘れたんだ?」
「そういわないでくれ。今日を凌ぐにはこうするしかなかったんだ。ほら……なんか動きが不穏だっただろ、林山。何故か呼び出されてさ」
「あ、それ。私も変だとは思ったよ。生徒指導の先生の態度をどう思うか、なんて」
「―――そうだ、それで思い出した。凛、録音機を持ってるのは結局誰だったんだよ。お前が教えてくれなかったせいで俺は全員疑う事になってたんだぞ?」
「私が見かけた時は、黒服の男性が丁度ポケットから取り出していましたねー。しかしそれ以降黒服など確認出来ておりませんから……誰かに渡った、としか」
「録音機……声を録って照らし合わせるつもりなんだ。あの時、声出しちゃったから……」
「一応聞くんだが、二人は絡まれてないよな? いや、お前は絡まれたのか」
「私は関わらないで欲しい空気を出して相槌で答えたらそれで良かったみたい……ひょっとして、紙一重だった?」
誰が録音機を持っているか分からない以上、紙一重だったのは真実であろう。俺もかなり危ない話を渡って、ゲームはそのツケの清算だ。駄目と言われてもやるしかない。コントローラーを握ってマルチプレイの準備をしていると、澪雨が小さく声を上げた。
「……私の、指輪」
「ん?」
「それ」
指輪と言われると、選択肢は一つしかない。あまりにも趣味の悪すぎるムカデの指輪だ。つけていて思ったが、これは凝視するから気持ち悪いのであって遠目から見る、または気にしない分にはエッジがきいた刺々しい指輪だ。そういうデザイン自体は嫌いではない。
「……つけてくれたんだ」
「んー。まあ……お洒落とは無縁だったしな。ほら、ピアスとかネックレスとかしてないだろ。これくらいだったらしてもいいかなって」
お喜びになられるとの事なので、適当に理由をでっちあげて反応を窺ってみる。澪雨は声こそ漏らさなかったが、赤くなった頬を両手で隠して、吐き気でも感じているのかという大袈裟な動作で明後日の方向を向いた。
「………………ゲーム? 一時間? やれば?」
「え? 随分気が変わるのが早いな」
「う、うっさい。早くやればいいじゃん。ふ……ふ……ふ。こ、こら! こっち見るな! 黙っててあげるから!」
―――なんだ、この初心な反応は。
小学生でもここまで初々しい反応はない。成程、これは確かにお喜びになられている。そう思うと、何だかこのムカデにも愛着がわいてきた。視方によっては可愛い……は無理だが、カッコよくはある。
ヘッドホンを頭にかけたが、まだゲームには繋いでいない。ところがお嬢様にその辺りの知識はないようで、俺に声が届かないと思っているようだ。普通の声量で凛と話し込んでいる。
「ねえ、あれは喜んでるの?」
「喜んでいる……と思いますよー。指輪にしろ腕時計にしろ、蒸れたり違和感があるから嫌という人はたくさんおります。つけているという事は、そういう事じゃないですかー」
「そう……な、なんか恥ずかしいカンジ。なんでこんな、緊張しないといけないんだろ。な、夏だからかな?」
「何事も初めては緊張するでしょう。恥ずべき事ではございませんよー」
さて、全く黙る気がないのでヘッドホンはつけて正解だった。携帯画面を眺めて二人を待っていると、準備オーケーというスタンプが入ったので、通話をかける。
『こちらサクモ。音質に問題はないな?』
『俺っちも大丈夫ー』
『ん。俺も眠気は……いや、今起きたばっかりだからあるな。や、悪いけど今日は一時間で切り上げていいか?』
『んえ? うっそだろおい。マジで言ってんの?』
『理由はあるんだろうな。まさか急にゲーム嫌いになった訳でもあるまい』
――――――どうしよう。
特に考えていない。俺がゲーム嫌いになる事はないし、二人を納得させられそうな理屈も思いつかなかった。だが理由もなく一時間で切り上げるのは自分を存分に怪しめと言っているようなものだ。すると今日以降、俺は学校に通いたくなくなる。
『………………あんまり、人に言わないでくれよ? なんか平常点とか下がりそうだし』
『何だ何だ~?』
『平常点は普段の授業態度を評価した物だ。あまり関係ないと思うが……ボランティア活動や校内における人助けも評価される事はあるが』
『元はと言えば俺が悪いんだが、親にゲーム機を蹴られてな。ちょっと調子が悪いんだよこのピーエッション5。直せるだけ直してはみたんだけど、ちょっと本当に直ってるか分からないからまずは一時間で様子見たい。後はその修復作業を頑張ったから単純に体力が消耗してるってのもある』
『物は大切にするんだぜ悠。そりゃ平常点爆下がりよ』
『……ピーエッションを稼働させるの自体控えた方が良いぞ。別の据置機で遊ぼう。直そうとしたのは買い直すと高いからか?」
『ンまあ……バイトとかしてないしな。小遣いだけじゃきびいよ』
『だろうな。そういう理由なら仕方がない。俺も、一日かけて直そうとした事がある。あれは本当に疲れるから、むしろ一時間も出来る事に驚きだ。俺だったらすっぽかしてるぞ』
予期せぬ左雲からのフォローにより、喜平からの追及は免れた。暫くピーエッションで遊ぶ事は出来なさそうだが、これも仕方のない事だ。
『あのゲームやらね? あの脱出ホラーの……』
『マルチプレイだと怖くなくなる奴な。いっそタイムアタック記録でもガチで狙ってみるか。一時間もあれば十分だろ』
時計で測って、きっかり一時間。
『んじゃ、そろそろ寝るわ。楽しかったよ』
『何だかゲーム時間が決まってっと濃いよな』
『たまには俺達も早く寝るか。体調を崩す事があれば元も子もない』
『つってもすぐ回復するんだけどな! ゲームで病院の世話にはならねえよ!』
最後の会話も程々に、俺は通話を終了した。夢のような一時間はあっという間に過ぎ去り、後には爽快感と、ちょっとした疲労が残った。待ってくれていた二人は各々の方法で時間を潰していた。凛は仮眠を取っていたし、澪雨はというと俺のゲーム画面を見つめていて、恐らくはずっと遠目に見ていた。
「面白そうじゃん」
「興味があるなら、後でやるか?」
「いいの? 詳しくないよ」
「ゲームは詳しくなんかなくても出来るよ。面白そうって感じるならそれで十分だ。俺も、ゲーム友達は多すぎて困る事はない。ましてゲーム好きな女友達なんて初めてだ。興味を持ってくれるなら是非もねえよ」
「あ、ありが……とう。後で、考えてみる」
「ん。それがいい。さて、出発しようか」
外出に関しては、いまいち気が乗らない。夜が怖いとかではなくて、涼しい場所から暑い場所へ行くのが億劫なだけだ。幾らエアコンが効いていても外にまで効力は及ばない。こんな快適な空間をわざわざ離れるなんて、肉体的には信じられないのである。
しかし涼しすぎるあまり身体が凝っていた。大きく伸びをして筋肉を解すと、つられて澪雨も大きく伸びをする。彼女は伸びの終わりに身体を震わせる癖があるようだ。制服を大きく突っ張らせる胸がプルンと小刻みに揺れた。
というかもう、歩くだけで揺れる。これは凛もそうだが、彼女は謎の努力で胸を隠せるので印象は薄い。
「七愛。行くよ」
「…………ええ。聞こえています。いよいよ再挑戦ですか」
腰に巻いていたブレザーを放棄して、やや身軽になる凛。流石に二度目は汚したくないらしい。
「自分で言うのもあれだけど、安全地帯に居る内に出来る準備はしておけよ。つっても懐中電灯と……サイリウムは。目印になるかもしれないから一応持ってくか。後は水分くらいか?」
「日方君。悪いんだけど、貴方の家から一つ借りたい。あればだけど」
「……? まあ、いいよ。お前は?」
「警棒は一応持ってきました。こんななりでも一応護衛ですからねー」
安全地帯。ゲームで例えればセーブ部屋。或いはセーブポイントそのもの。ここを離れたらいよいよ危険が付きまとう。心の準備は……出来ているだろうか。
――――――今日こそは、中に入るぞ。
目指すは神社に隠された秘密の解明。
第二夜が、始まる。




