裏フレンド( )ドンレフ表
祝百話
あれからも椎乃との散策は続いた。
「うっはー! 少し見ない内に品揃え変わった? 少し見てっていい?」
「お前の少しは相当時間かかりそうだけど、いいよ」
「アンタの服も選んであげよっか」
「いいよ別に。衣食住の内どれかでも握られたら今後逆らえなくなるから」
訪れたのは大型のショッピングセンター。商店街の存在を無視すればこの近くで一番大きな商業施設だ。この時間帯なら映画も見られるだろうがそれをすると今日一日がそれだけで終わってしまうので、却下。目的を見失った俺は言われるがまま椎乃の行きたい場所へ連れて行っている。
「えー。ユージン。お洒落したらかっこよくなると思うけど」
「それで、かっこよくなったら彼女が出来るのか?」
「絶対出来るっ。……あれ。そもそも欲しいんだっけ」
「―――平常点然り、きっかけとしてあんまり乗り気はしないよな」
本人でさえ原因が一ミリも分からない平常点につき、恐らく俺はその気になれば誰とでも付き合えるのだろう。心情に近い例を挙げるなら『年収で近寄ってくる女は嫌だ』とかそういう事になるのだろうが、厳密には違う。年収は本人の努力あっての物だ。この場合の努力は環境も偶然もひっくるめているが、ともかく本人が望むべくして得た力と言っても過言ではない。
一方で俺の点数はどうだ。そもそも平常点なんてあまり意識していなかったし、偶然と呼ぶにはあまりに作為というか。数字は嘘を吐かないし偶然もない。なのに俺の平常点は満点のままだ。これは本人の努力でも実力でもない。本当に良く分からないが俺の物とされている知らない力だ。
椎乃に服を選んでもらってもそう。万が一それでモテてもそこには俺の姿などない。虚像に惚れられても困る。
「まあまあ。一緒に覗きましょ。アンタにとっては楽しくないかもしれないけど。それなら無理しなくていいから」
「……や、同伴するだけなら別に苦じゃない」
昔も振り回されていたし。
それに、嘘は言っていない。苦しくないのは本当だ。俺には購入するかしないかの段階で服を見て楽しむ気持ちはそれほど理解出来ないが、椎乃が楽しそうならそれで十分。何の為に俺が主導権を渡したか。その笑顔が見たかったからだ。
「ね、どうでもいいけどアンタは夏と冬の服どっちが好き?」
「どっちって言われてもな……強いて言えば夏かも」
「何で?」
「特に理由は…………運命的な季節だからだよ。あるとすればな」
俺は夏にネエネと初めて出会い、これまた夏に転校し、サクモ達と出会った。単なる偶然に過ぎないのだが、ここまで縁があるからには肩入れしてやりたくなる。椎乃が突然掌を差し出してきたので同じ様に差し出すと、気持ちの良いハイタッチが成立した。
「私も夏が好きっ。冬は服が重くて嫌なのよ。夏はほら、今日みたいにへそ出しとか出来るでしょ?」
「冬にもやれよ」
「お腹下すんだけど。多分」
それもそうか。腹を下したらお洒落も何もない。ただお腹が冷えただけの人だ。彼女に似合いそうな色合いの服からとてもとても普段着には使え無さそうな派手な服まで。とにかく彼女は手に取って目で楽しんでいる。その顔を横から見る事の、なんて幸せな事か。
「あ、そうだ。ここ終わったら浴衣と水着でも見に行こうかな!」
「それは……終わるまで別行動しろみたいな事か?」
「何でよ。一緒に行くんでしょ。下着を見に行くならまだしも、どっちも恥ずかしい物なんかじゃないんだから。見ちゃ駄目で着ても恥ずかしいなら裸と変わらないじゃない。お洒落だったり、可愛かったりするから着るのよ。それに……今年は、アンタが一緒に居てくれた方が都合が良いわ」
「……あんまり俺のセンスとかには期待しないで欲しいんだけどな」
「何言ってんの。せっかく一緒に行くなら…………可愛いって、言ってもらいたい…………………………じゃない……」
「あん? 一緒に行くならなんて言った?」
「―――何でもないわ。ま、一応見てよ。もしかしたら私のセンスが壊滅的な可能性もあるから」
自分で服を見るのが好きな奴なのに、その発想はなかった。主観と客観の難しい所だ。自分が可愛いと思ったから着るという動機は素晴らしいと思うが、センスが壊滅的だと大変だ。自己意識が余程強くないととてつもない奇異の目を浴びる事になる。
「そこまで言うなら分かった」
「決まりっ。そろそろここから離れようかなとも思ってたの。ちょっと買ってくるから先に外で待ってて」
「あいよ」
これは荷物持ちをやらされる予感……それも別にいい。夏休みは長いのだから精一杯楽しもう。荷物持ちは間違っても楽しさは一ミリも見いだせないが、笑顔が見られるのでトントンという訳で。
「おや、再び鉢合わせるとは奇遇ですね」
ついさっき聞いたばかりの声が背中に届けられる。振り返るとそこにはいつものギャル凛が立っていたが、単独行動中からか喋り方が戻っていた。軽薄そうな見た目に真面目な喋り方がギャップを生んで、どうにも違和感を拭えない。一瞬だけ誰かと思った。
「凛……何でここに?」
「何故も何も流れですよー。お祭りに向けて浴衣を少々。そういう貴方は」
「同じ理由だな。椎乃が、だけど。俺も甚平くらいは見てもいいかなくらいのやる気はある……だけど待て。じゃあ何で単独行動してるんだ? あんなに群れてたのに」
「……何でもいいじゃないですか。一々深い理由なんてありませんよ。それとも、私は疑われなければならない様な行動を取りましたか?」
「そうじゃないけど……」
浴衣を見るという割には通路で俺の事を直ぐ発見してきたし、何か引っかかる。別にそこまで気にする事でもないと言われたらそれまでだ。偶然という要素がこの世界には存在する。それで片付けてもいいくらいだ。
「まあいいか。他の奴らは浴衣の方に」
「そうですねー……事前に鉢合わせする事を知っているのはやりにくいです。お互い他人の振りというのも、妙ですし。私のキャラ的に」
「キャラ作り失敗してんなお前」
「失敗してるとか言わないで下さいー。人脈を確保するには必要な性格です。広く浅く、軽薄でそれとなく隙があって、陽気で。情報を集めるならこれ以上適した性格はございません。日方君はどちらのキャラがお好きですか?」
「…………どっちって言ってもな」
今は認識の齟齬のせいで話しづらい。俺は本当に凛と会話しているのか。取り敢えず保留にすると後が面倒くさそうだ。世間話のつもりかもしれないが、こういう所でボロという概念は生まれる。椎乃が戻ってこないのは幸運だ。意外とお店には人が居たからその影響だろう。
「よく考えたらそれ、答えた所でどうにもならないよな」
「いえ、こちらの方が好きという事であれば、今後は軽薄なままで対応させていただきます。一応、私の事を好いてくれれば今後は脅迫材料も作りやすいですからね」
「………………なあ、俺が言うのもあれだけど。もう脅迫なんてなくても協力せざるを得ない状況に追い込まれてるから、要らないと思うんだよ、な」
凛はため息を吐いて僅かに距離を取った。
「甘いですねー。そういうやらなくてもいいやという妥協が綻びを生んで、何処かで致命的なミスへと繋がるのです。やるならば完璧に」
「ユージン、おまたっ」
離していたら、時間切れだ。椎乃が大きな紙袋を手にルンルンステップで近づいてきた。
「いやータイミング悪く意外と人が並んでね。時間帯が時間帯だから仕方ないんだけどさ」
「別に待ってないから大丈夫だ。荷物持ちはあんまり好きじゃないが」
「大丈夫。そんな事させないわよ。所で誰かと話してたの?」
「は?」
振り返った先に、凛の姿はない。
いつ帰ったんだ。
「うーわ。流石にみんな浴衣みるかー」
そして案の定、予定調和の再会を果たした。ここまで来ると妙な親近感というか連帯感を感じるのか半ば強制的に俺達は凛のグループと一緒に見て回る事となった。この流れで水着を見に行こうとすると非常に気まずくなるのだが、帰ってもいいだろうか。
「ユーシン~女の子ばっかりでたじたじだね? 照れてるんだーあは!」
「…………」
ギャル凛が俺の気まずさを茶化してくれているが、どの口がふざけているのだろうとも思ってしまう。
「照れないの無理だろ。女五人に俺一人だけだぞ」
「へー! じゃあ囲んであげよっか! いかにもモテモテな感じでッ」
「ふざけんな。帰るぞ俺は」
「あーん。ちょっと待ちなよユーシン~! 他の子が浴衣選んでる間に私が君の服選ぶから!」
「はあ? お前、自分の見ろよ」
「…………んー。もう持ってるから、実はいいんだよね~」
なんて気まずそうに眼を逸らす凛に演技もクソもない。なし崩し的に連れていかれたという訳か。割と共感気味に同情していると、彼女は直ぐに俺を押し出し、開いている試着室まで押し込んだ。椎乃でさえ目撃していない。凛の連れの陽気さに呑み込まれている真っ只中だ。
「はいはい大人しくしてね……っと」
試着室のカーテンが閉じられる。凛は慣れた手つきでピアスとヘアピンを外し、ポケットに入っていたゴムで髪をまとめて軽薄な印象から一転。清楚さを感じる見た目へと変貌した。あれだけ開いていた胸元もきっちり上まで閉めて、隙のありそうな空気もなくなった。
「……お祭り当日、澪雨様は貴方に任せます。きっとお喜びになられるでしょう」
「…………事情聴いたのか?」
「護衛ですから。ええ、だから祭りの途中まで一緒に居られるならそれで十分。そんな風に思ってたけど……日方君」
凛が前に出てきて、俺が一歩下がる。胸が突っ張っているので実際の距離はもっと窮屈だ。
「貴方の言う通り、もう脅しは必要ない。そういう状況じゃないし、それ以前に貴方はお人好しで、相手が死んだとしても助けようとする不思議な人。脅さなくてももう協力くらいしてくれる。そんなの分かってる」
また、近づいてくる。俺は一歩下がる。
「私は澪雨様の護衛。全ては主の仰せのままに。澪雨様の幸せが私の幸せである。そう振舞わないといけない。そういう役目だから」
「……な、何の話だ?」
「澪雨様はご自分を孤独だと自虐される事があるけれど、それは大きな誤解。ご存じの通り澪雨様には裏も表もない。ただ他人行儀かそうでないかというだけ。夜になって多少口調が軽くなっても、町の人に好かれる巫女様な事に変わりはない」
俺は下がる。
「―――そうだな。俺もそう思うよ。世間知らずとかそういう次元じゃなくて。なんかもっと幼い感じがする」
「私はこれまで。澪雨様に尽くしてきた。今までもこれからも尽くしていく。本当の顔は誰も知らない。澪雨様以外に見せてはいけない。例外があったとすれば、貴方」
近づいてくるも、今度は下がる距離がない。鏡を背中にして、凛と身体が密着した。
「り、凛?」
「――――――貴方を脅す理由があるとすれば、これで十分」
「私が、したいと思ったから」
「―――たまには、澪雨に譲りたくない時もあるの」
口は塞がれ、呼吸を喰われる。息もつかせぬ不意打ちに凛は俺の手を掴んで壁に抑えつけた。身長差を埋めるように必死に背伸びをして、重なった唇が離れないように顔を突き出して。視界が凛で埋め尽くされる至近距離で。彼女は蠱惑的に頬を赤らめて。笑う様に目を細めた。




