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蟲毒な彼女は夜更かしのような恋がしたい  作者: 氷雨 ユータ
壱蠱 知らぬが一夜の過ち

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疑心暗鬼は昼の中

 林山が戻って来たのは、昼休みの事。

 彼と仲の良いクラスメイトは「遅すぎだろ!」なんて茶化してはいるが、本当に遅い。授業を何時間すっぽかしたと思っている。後々テスト勉強がきつくなるのは確定だが、あまり深くは考えていない様で。本人はお気楽だ。

 

 ―――まあ、何もないよな。


 もしも夜に外出したのが誰かを調べているなら、彼は無実だ。調べるのが遅すぎるのは気掛かりだが、無実な人間をいつまでも引っ張ってくれるならそれだけ俺は今日一日をやり過ごしやすくなる。彼には感謝しないといけない。

「んー」

「どうした?」

「俺には分かるぞ。今日やるゲームについて悩んでいるんだ。コイツが悩む時は大体そんな感じだよ」

「いんやー……俺っち。なーんか釈然としないなあって」

 三人で机を囲いながら弁当を食べている最中、喜平が頭を掻きながら林山の方を見て言った。釈然としないなんて、そんな言葉を言われたら嫌が応でも聞きたくなってしまう。長幸は自分の予想が掠りもしなかったのが余程悔しいのか、「聞かなかった事にしてくれ」と言って俺を睨んだ。

「……何が釈然としないんだ。授業を受けなくて済んだのがおかしいのは分かるけどな。先生としてどうなんだって意味で。ラッキーかアンラッキーかは本人の真面目さに依存するかもしれないが」

「いやさ、俺っちとお前とアイツって位置近いだろ~? だからさ、声とか聞こえる訳よ。悠が裏声で歌ってた事とかバレバレだし」

「バレバレじゃなかったらお前の耳に問題があるわんなもん」

 俺は『ひ』なたでこいつは『は』せがわ。そして件のクラスメイトは『は』やしやま。出席番号の都合上、どうしても三人は位置が近くなる。声が聞こえていたという事なら、こいつも真面目には歌っていなかったのだろう。全力で歌えば分かるが、自分の声にかき消されて他の音が良く分からなくなる。音程が外れるのはその為だ。

「因みにお前はちゃんと歌ったのか?」

「当たり前だ。俺達は余罪多数だからな。こんな所で捕まってはいられない」

「なんか使い方違うし、どう考えても一昨日やった刑務所脱出ゲーの影響だなおい」

「んまあ、そりゃどうでもいいんすけどねー。林山の奴、歌ってたんだよなあ」


 ―――何?


 歌っていたのに、呼び出されたのなら、俺の考察と辻褄が合わない。歌を歌わせる口実を利用して録音機で声を録るつもりではなかったのか。何故アイツが呼び出された。確かにそれは釈然としない。

 それとなく疑惑のクラスメイトを眺めていると、個別に無関係のクラスメイトが林山の手で連れ出されている事に気が付いた。一分と経たずに帰ってくるが、それはクラスの出席簿に基づいて順番に行われているようだ。

「…………何してるんだ、あれ」

「……サクモー。聞こえるかー?」

「…………調査しているみたいだな。ちゃんと歌を歌ったか歌ってないか。自己申告制なのは意外だが……俺も釈然としなくなった。何故そんな必要がある」

「…………今後の生徒指導に生かすとかじゃないか? 証拠とかはないけど……あの状況でも歌を歌わない奴は今後重点的に校則違反を確認されるとか」

「えー! だったらやだなあ。んな事で取り締まられるの下らなすぎんだろ。何だよもー!」

「仮にそうだとして、何故今なのかは考えないといけないな。特に俺達は停学待ったなしだ」

 左雲は良い事を言ってくれた。何故今なのかは、確かに重要だ。斉唱がサボられていたのはいつもの事で、それがこのタイミングで取り締まりが始まった……当事者にとっては、単なる偶然や不運では片づけたくない。

「喜平。出席簿に沿うなら先にお前が呼び出されるだろ。なんかその……色々聞いてみてくれよ。ぶっちゃけ考察するより本人に聞いた方が早いだろ」

「おー」

 友人を手足に使うみたいで悪いが、手段は選んでいられない。家に帰るまで安心出来ない状況が続くのは、それだけでかなりのストレスだ。せめてこれを軽減してもらわないととてもとても授業なんてやってられない。残る二時限をどんな気持ちで過ごせばいい。


 昼休みが終わると、林山が自分の席に戻っていった。終わるまでに彼が連れ出したのは七人。この調子なら放課後までには俺の順番が回ってくるかどうか。



 

 ――――――逃げるしか、ない。






















 残る二時限の間に、俺は学校から自宅までの地図をノートに書きだした。授業なんて後で苦しめばどうにでもなる。多少苦しむのは仕方がない。そんな事よりも不味い気がしてならないのだ。夜間外出禁止がどんな形でバレるのかなんて分からないが、俺には探りを入れられている様にしか思えない。

 約二時間もあればいくらでもパターンは想定出来るが、まだ俺は容疑者ですらない。誰かの妨害を受けるとも考えにくいので強気なルートを構築しよう。林山が陸上部なら話は変わってくるが、あいにくとバスケ部だ。一年以上帰宅し続けてこの町の地理を熟知した俺なら十分に撒く事が可能。

 家に帰る奴をわざわざ訪問してまでは考えにくい。ただ、声を掛けられてから逃げると流石に怪しく見られて、次の日以降捕まる可能性が高い。あくまで姿を見つけられない内に帰るのが理想だ。出席簿が基準なら長谷川と林山はほぼ隣同士で、柊木を挟んでようやく俺になる。インターバルはたった一人。その間に姿をくらませないといけない。

「喜平! ちょっと頼みがあるんだが」

 掃除の時間の最中、俺は持ち場を抜け出して友人に声をかけた。これ自体はよくやる事なので、怪しくは思われまい。

「ん。何さよ」

「今日の俺、寝不足なんだよ。でもお前らとはゲームしたいんだ。だがこの感じだと途中で寝落ちする未来が見える」

「おーん」

「だから昼寝したい。いや、夕寝か? そんで、まあ早く帰りたいから林山との会話、伸ばしてくれないか? お前だって分かるだろ眠い時は一秒でも多く寝たいんだよ!」

 これは、少々不自然だったかもしれない。喜平がおかしな方向に話を解釈したら困ったので、一気にまくし立ててしまった。

 掃除はすぐに終わる。時間がないので仕方なかった?

 それにしたってやりようはあった。喜平は訝しむように顔を顰めて、息も絶え絶えな俺を見つめている。

「…………んー。いいけど」

「な、何だよ」

「いや、ちょっと必死すぎんなーってよ。そこまで言われなくてもやるってのにさ」

「……なんだ、そうか」

 少しずつ落ち着いてきた。ここまで言わないと分からない奴とは思っていないが、それでも今日の俺はおかしい。夜間外出なんて何でもない事だと思っているのに、周りが神経質なくらいだと思っていたのに。これでは話が逆だ。

「じゃあ、頼むな」

 良く分からない物を恐れている。夜の外出がバレたら何が起きるかなんて俺はさっぱり見当もつかないが、ともかく昨夜の体験があらゆる瞬間において警鐘を鳴らしている。絶対にバレてはいけないのだと、俺の臆病な心が叫んでいる。

 喜平に全てを任せて持ち場に戻る。俺がサボるのはいつもの事なのでむしろ戻って来た事を驚かれた。女子からの茶化しを適当に受け流していると、掃除の時間が終わって帰りのHRが始まる。

「…………」

 先程は焦りすぎてやや不審な印象を与えてしまったが、相手が鈍い友人だからあれで済んでいる。次の初動は絶対に間違えられない。帰りのHRで一目散に帰ろうとするなんてあからさますぎるだろう。林山だって、真意はどうあれ帰ろうとする奴を真っ先に狙う筈だ。



「あー。成績が悪い奴はそろそろテスト意識しとけよ? 平常点とか……授業をちゃんと聞いてもねえ成績も悪い奴は、知らねえからな? HR終わりだ。部活いけ部活」

 

 


 大切なのは、まだ帰りそうにない、優先順位を入れ替える必要はないと思わせる事だ。林山の座席は俺の前方。そして想定通り、ここに来るまで俺の直前……柊木にさえ到達出来ていない。出席簿に沿っているなら彼女にまずは声を掛けるだろう。

「柊木ー。ちょっとだけ、一分だけ時間とか」

「はあ? あたしも暇じゃねえんだけど」

「そう言うなってー。俺だって先生からパシられてるんだよ、なあ―――」


 林山が気を取られた瞬間、俺はゆっくりとした足取りで廊下に出て、視線を切った瞬間に走り出した。


 靴を素早く履き替えて外へ出る。部活に行こうとする一年生に混じって校舎裏へ行く―――と見せかけて、校門の側面に並ぶ植え込みを力ずくで抜けて敷地を突破。後は万が一にも窓から俺の存在が確認されないように、身体を伏せながら帰路についた。

「…………あっぶねー」

 だが、油断は出来ない。早く帰ろう外にいれば遭遇する可能性もゼロではないのだ。アイツは確かに『パシられている』と言った。家にまで訪問するのは考えにくい。流石の林山もそこまで労力は割かないだろう。だが外をほっつき歩いていたら、ついでとばかりに追ってくるかもしれない。夜遊び以上に今、外を歩くのは危険だ。

 早く帰ろうと校舎に背中を向けた瞬間、訳もなく二つの事が気掛かりになった。



 ―――凛は、大丈夫なのか?


 

 澪雨はどうやってか知らないがやり過ごしたと思われるが、クラスの違う凛はその動向さえ把握できない。俺のクラスで林山が動いたなら他のクラスでも同じ状態になっている可能性が高い。





 ―――もしも困っているなら、助けてやるべきなんじゃないか?





 下心を抜きにしても、心配な物は心配だ。特にあの見た目では、ただそれだけで注意を引くだろう。


 下心ありなら、是が非でも助けたい所だ。





 じゃあ、助けようか。

 

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