欧州のカラカウア一行
1881年6月29日、カラカウア王一行はシチリア島に到達した。
一行はカターニア大聖堂を見物していた。
(誰かにつけられている……)
土方歳三は、腰の愛刀和泉守兼定に手をやる。
銃で狙われても即座に反応し、抜き打ちで反撃出来るよう気を張り巡らせた。
(しかし、アメリカからも日本からも離れたこの地で、一体何者なんだ?)
不思議に思わざるを得ない。
謎は解ける。
相手の方から声を掛けて来た。
「敵、違う。ボス、君に会いたい。夜、ここ来て」
下手な英語で相手は、千切れた紙に書いた地図を手渡した。
夜、一抹の不安がありながらも、土方は宿を抜け、指定された地図の場所に向かった。
和泉守兼定のみでなく、懐に拳銃と短刀、背中にも仕込み杖という重装備である。
その店に着いた土方は、店の奥の部屋に通された。
刀は「その男」の部下が預かって……。
「君がハワイ国王の騎士団長か。
俺はジュゼッペ・ガリバルディという」
通訳がその男、迫力のある老人の言葉を英語に訳した。
「おい、若造。
俺が名乗ったのだ、お前も名前を言え」
「土方歳三、日本国籍とハワイ王国国籍を持つ。
ハワイ王国国王親衛隊長だ」
「よし、まずはワインを飲め、話はそれからだ」
「……酔うと俺は人を斬りたくなるが、それでも良いのか?」
「気が合うな。
酔うと俺も戦争がしたくなってならねえ」
(やれやれ、とんでもねえジジイに見込まれたもんだ。
これぁ飲まざるを得ねえな)
土方は覚悟を決めて席につき、拳銃と短刀をガリバルディの前に置いた。
「よし、気に入った」
食事というか、軽食とワインの会が始まった。
「昔、俺はアメリカ南北戦争に参戦しないか誘われた。
リンカーンという大統領に、北軍の司令官にならないかと言われた。
奴隷の即時解放を条件にしたが、その話は消えた。
北部の中でも奴隷解放については意見が統一されていなかったようだ」
そして土方に鋭い視線を向ける。
「お前らジャポネーゼはハワイをどうしたんだ?
植民地にしたいのか?ハワイを奴隷化するか?
国を守ってその中で権力を振るいたいのか?」
土方は通訳の方を見た。
通訳に難しい話を訳せるか聞いてみた。
あまり難しいのはダメだという事で、なるべく分かりやすく説明してみた。
「ジャッポーネの皇帝がハワイを守れと命じた。
君らはそれに従う。
国を奪おうとする白人だけ排除し、あとは白人とジャポネーゼはハワイの一部となる。
そういう事か?
本当に野心とかは無いのか?」
「無え! そんなものは甲陽鎮撫隊の時に捨てて来た!
もう旗本や大名とかになる必要もねえ。
戦って死ぬだけで、ハワイの王を守ってそれが出来たら本望だ」
「コーヨー? なんだそれは?」
「気にするな、こっちの話だ」
故郷に錦を飾り、やれ近藤さんは大名だ、俺は旗本だとどんちゃん騒ぎをした挙句、甲府城を先んじて落とされたのは彼の恥部であった。
「まあ、お前の心意気は分かった。
俺の話も長くなるが、最後まで聞けよ。
おい、通訳、ちゃんと訳せよ」
通訳苦難の酒席である……。
ジュゼッペ・ガリバルディという男は、分裂していたイタリア統一に協力すべく『赤シャツ隊』を組織し、戦った。
ローマを守るナポレオン3世とも戦い、ナポレオン3世失脚後はフランス第三共和制を支持してプロイセンとも戦った。
そして彼は、なんの名誉も求めず、故郷カプレーラ島で隠棲生活を送っていた。
まあたまにはあちこちに出かけることもある。
ハワイ王の随員に面白い奴がいると聞き、調べた上でシチリア島に会いに来た、そういうわけだった。
「爺さん、俺もあんたの事を気に入ったよ。
あんた、イタリアで新撰組を立ち上げて、主君の為に戦ったんだな。
そして、俺たちが出来なかった勝利を収めたんだな。
尊敬するぜ」
土方に言われ、ニヤリと笑ったガリバルディは土方にワインを注いだ。
似た者同士なのかもしれない。
そしてガリバルディは言った。
「シンセングミだったか、君の部隊は。
俺の義勇兵と同じように、役割が終わったら解散して跡形も無くしろよ。
俺はそれが言いたかった。
何となく君なら分かってくれそうだったからな」
「分かるよ、爺さん。
俺の希望は新撰組は戦って、戦って、俺が最後の1人になって消える事だ。
だけどそうならない、勝った未来が来たら、爺さんの言う通りにするさ」
もうこの辺りになると、イタリア語とハワイ訛りの英語で言葉も通じない癖に、言いたい事だけ言って意思疎通し、勝手に酒を飲んでいた。
……間で通訳だけが空回りの仕事を必死にこなしていた。
7月6日、ロンドンに到着。
カラカウア王一行はウィンザー城でヴィクトリア女王らロイヤルファミリーの歓迎を受けた。
礼式的にも素晴らしかった。
皇太子はカラカウアの席とアメリカ代表の席を遠ざけた。
さらに義理の兄弟であるドイツ皇太子よりも、カラカウアを上座に座らせた。
「君はまだ皇帝じゃないだろう? カラカウアは王であり、ただの黒人ではないのですよ」
このような礼遇はカラカウアを感動させ、彼は妹に手紙を認めた。
『女王との会談はとても素晴らしかった。私はこの感動を独占しているのだ!』
7月23日、イギリスを出発する前にカラカウアは造船所を見学した。
土方歳三はそこで、恐ろしいモノを目にする。
就役したばかりの装甲艦「HMS インフレキシブル」である。
この艦は排水量10,880トン、速力12.5ノット、主砲は40.6cmという大口径砲を連装で、円筒砲塔に納めていた。
海軍の知識に乏しい土方だったが、一目見て
(こいつは、今のハワイ、いや仮にハワイと日本が同盟組んで立ち向かったとしても、勝てねえ代物だ)
と感じた。
建造費は81万2千ポンドだという。
(なるほど、大村益次郎が予言した通りだ。
貧乏な日本では、増税して民を苦しめるくらいでないと、高額化する戦争には勝てない……)
民が易きに逃げないよう、幕府というものを完全に消滅させようとした大村益次郎の考えに、合点がいった。
合点がいったが、だからと言ってそれに従うつもりも無いが。
もっとも、この感想は大筋では正しいが、細部で土方には分からない事情があった。
「HMS インフレキシブル」はイギリスからしても高額過ぎて、同型艦は造られない。
次の装甲艦は、もう少し安上がりで、砲も小型となり、戦隊行動をとりやすいものとなる。
この艦の主砲は前装式であり、サイズと併せて使いづらい。
後装式の30.5cm砲が、やがて世界の戦艦の主流となる。
土方が新世代の軍艦に肝を冷やしていた頃、同じように新世代の軍艦を造ろうとしていた国があった。
アメリカ合衆国である。
世界に先駆けて装甲艦「モニター」や「メリマック」を造ったアメリカだったが、現在持っているのは南北戦争型の汽走帆船が主体である。
そこで「新海軍構想」というものを計画し、帆船に蒸気機関がついた船というより、帆船の装備もある蒸気船に切り替えようとしていた。
装甲も速力も機械軍艦らしく強化される。
旧式艦艇の更新を行うべく、海軍長官ウィリアム・ハントは1881年に次のような事を言った。
『現在の海軍は、議会による迅速な刷新決議を必要としている。
早く何とか手を打たないと、今の海軍は軍艦の数が多いだけの、世界的に見て無意味な部隊となってしまうだろう』
そう、この時期のアメリカ海軍は、新興の日本海軍や清国海軍よりも、新型艦の配備において遅れを取っていた。
議会はやがて数百万ドルの予算を承認する。
ABCDという新型巡洋艦の建造許可が下りるのは1883年の事になる。
A=アトランタ、B=ボストン、C=シカゴ、D=ドルフィンとする予定である。
この内の1隻、USS ボストンはやがて、ハワイ王国に深く関係する事になる。




