6代目ハワイ国王の治世始まる
「選挙って、懐かしいな。
蝦夷共和国でそうやって総裁を決めたんだったな」
大鳥圭介が話す。
1873年、彼等日本人は選挙権を放棄した事で、ハワイで行われているイベントは蚊帳の外に置かれていた。
もっとも、蚊帳の外だけに多数派工作の対象外とも言える。
彼等の農園には、どちらかの陣営に加わるよう要請するものは現れなかった。
たった1人を除いては……。
「お初にお目にかかります、カピオラニ様」
元庄内藩家老にして、カウアイ酒井家初代藩主酒井玄蕃は、西洋式の礼でその女性を迎えた。
玄蕃の諱は了恒であるが、通称である玄蕃の方を公式名としている。
日本風の言霊信仰から諱を隠したわけではない。
単に「Noritsune」と書くより「Gemba」の方が書きやすく、かつ呼ばれやすいからだ。
庄内藩とはこのように、合理的に物事を判断する。
戊辰戦争の折、会津では西洋式軍事調練で匍匐前進を指導された時、「武士たる者に地べたを這いずり回れと言うのか!」と激高し、軍事教官に切りかかろうとする者が多発したという。
これは江戸時代に出来た家が、江戸時代の武士の誇りを抱いて近世に生き残ったからであった。
一方の酒井家では、あっさりと匍匐前進を学んだ。
「徳川四天王」酒井家は戦国時代からの家柄で、武士とは裏切るもの、武士とは地を這い泥を食らってでも生き残るもの、武士とは勝つ事こそ本分だから合理的なものは何でも取り入れるもの、そういう価値観で近世まで生き残った為、西洋式の調練とは相性が良かった。
同様の合理主義を持った家に真田家や島津家があったが、両方とも戦国時代には既に存在していた。
島津家に至っては鎌倉時代からの家である、土着は少し後になるが。
そんな家柄のせいか、庄内藩の武士は領民から恐れられていた。
庄内地方の二大拠点、鶴岡城と亀岡城。
鶴岡を武士の町とし、亀岡は廃城後に酒田の港となって商人の町となった。
武士を隔離し、惰弱にならないよう教育した為、領民は「うちのお侍様は殺伐していて近づけない」と陰口を叩いていた。
西洋式を取り入れ、ハワイに来て「郷に入りては郷に従う」と身なりを変えたが、三百年かけて育てた芯は、数年では変わってもいなかった。
酒井玄蕃がカピオラニという女性を迎えている傍で、身はアロハシャツ姿ながら、大刀小刀を差し、緊張感を漂わせながら当主を警護している。
その殺気に晒されながらも、カピオラニという女性は怯まなかった。
「ゲンバ様はカウアイ島にいくつかの領地をお持ちとか。
私の祖先はそのカウアイ島の王で、カメハメハ大王と最後まで争ったカウムアリイです。
今はホノルルに暮らしていますが、カウアイ島という縁がありましたので、挨拶に参りました。
ゲンバ様も、亡きカメハメハ5世の服喪の為にホノルルに滞在していらっしゃいます。
このような機会でないと、中々お会いする事もありません。
夫ともども、どうぞこれを機に仲良くしていただきたいと思います」
彼女の夫はデーヴィッド・カラカウア、国王選挙の候補者の1人である。
玄蕃はその事は当然知っていた。
「恐れ入り奉る。なれど我等庄内の者、此度の選挙において投票権はありませんぞ。
お力になる事は出来ないかと存ずる」
カピオラニは微笑みを浮かべた。
貴種で、英国式の教育を受けているせいか、馬鹿笑いはしない。
「そのようなお願いで参ったのではありません。
失礼ですが、日本の方々が主従引き離されるのを嫌い、選挙権放棄と引き換えにした事は存じております。
そのような、今日明日の話ではなく、もっと長い目で見てのお付き合いをしたいのですが、いけませんか?」
「こちらこそご無礼仕った。
左様な仕儀なれば、拙者どもとて故郷を離れし浮草。
今居る土地の縁者なれば、是非にともご交友致したく存じます」
酒井玄蕃とカピオラニは英国式の茶を飲みながら、しばし語り合い、別れた。
(あの女子は政治家じゃな。意外にカラカウアという男は、妻の力で勝つのではなかろうか……)
酒井玄蕃はカピオラニという女性を知ったが、多くのハワイ人はぽっと出のカラカウアを知らなかった。
選挙は、カメハメハ5世の政敵でもあったルナリロが圧勝した。
カラカウアは、無投票で決まる事を嫌った白人層が、負け役として立てたのかもしれない。
そんな中で妻のカピオラニは、何か先が見えたのであろうか。
選挙権の無い酒井家に接触し、正月が終わる前にカラカウア共々再会したいと言って来た。
さて、勝ったウィリアム・ルナリロは1872年1月8日、第6代ハワイ王国国王として即位をした。
そして人事異動があった。
イギリス系、ドイツ系は排除され、多くのアメリカ系白人が閣僚として王に仕えることとなった。
そしてすぐに、アメリカへの砂糖輸出に関し、外交特使を送った。
アメリカがかけている50%の関税をどうにかしないと、彼の支持基盤である砂糖農園主が堪ったものではない。
親米政策に一気に振れた。
その影響は、どうもアメリカ系を敵視しているのでは?と見られる日系人たちにも及ぶ。
新撰組総裁土方歳三は、王ではなく内務大臣に呼び出され、国王直属から内務省管轄下の警察の、その下に属する一部門に配属換えする事を一方的に発表された。
さらに新撰組の「怪しければ即拘束、従わない場合は刀を抜く、逆らう場合は殺害する」やり方についても、抜刀と殺害については相手が武器を所有し、さらに相手の方から攻撃して来た場合に限る、と制限された。
その上、担当範囲をハワイ全土から、ホノルルのチャイナタウンの中と、ハワイ島のヒロ、コナに制限された。
土方は素直に従うも、一個だけ条件を出した。
ハワイ島のヒロとコナではなく、マウイ島ラハイナの港湾地区一帯を交換して欲しい、と。
内務大臣は、そちらの方が治安が悪い事を知っていたので、即答こそしなかったが、検討して再通達するとなった。
屯所に戻った土方は、局長の相馬主計とさっき有った事を話した。
相馬は目立った派手さは無いが、入隊後すぐに局長付に抜擢されたりと実力があり、人望も厚かった。
斜陽の時期に加入し、一時彰義隊参加で脱落していた事もあり、色々と判った男である。
「近藤さんみたいに、逆賊だ、処刑だ、とならない分マシですな」
彼も降格処分をあっさり受け容れた。
今までが恵まれ過ぎていたのだ。
箱館で全滅する筈だった最後の新撰組が、何故かこのように息を吹き返し、かつての三番組長や十番組長も復帰している。
幸せの次は反動が来る、と転落期を経験しているだけに身構えてしまう。
「降格のようですが、それは将軍家直属から会津の預かりに戻ったようなもので、大した違いはありません。
武器所持を確認し、というのも、この島で武器を持たない者などほとんどおりませんから、後の先を取れたらそれで十分です」
「ははは、そう容易く言うなよ。
お前が出来ても、隊士の誰しもが後の先をもって、不逞者を倒せるとは限らん。
『死に役』が必要だな……。
先に撃たせ、証拠もその身に残して他の隊士を守る役目が……」
かつての『死に役』とは、屋内に潜む不逞浪士捕縛の時、真っ先に戸を開けて踏み込む役の事であった。
影で待ち構えている敵に斬られ、死ぬ事も多い役目である。
この『死に役』が身を以て敵の攻撃を受ける為、後続する隊士は敵の位置を知り、奇襲効果の無くなった敵を斬る。
腕の立つ『死に役』は、敵の攻撃を受けつつ、それをかわして逆襲する。
『死に役』には手当が多くつく為、あえてその役を志願する者もいた。
「しかし、ここは銃の国です。
それなりの備えをしてからでないと、本当の『死に役』になりますな」
「違えねえ。俺ぁ、出来る限り隊士の命は救ってやりてえんだがな」
かつての「鬼の副長」も、戊辰戦争を経て部下の命を大事にするようになった。
規律を守らせる事に関しては相変わらず「鬼」だが、それ以外は割と優しく、話せる上司となっている。
「今の新撰組の人数では、全ての場所に目を光らせるのは不可能です。
総裁がラハイナの港町を申し入れたのは慧眼です。
以前はこの辺りでしたが、今はホノルルを離れたラハイナに不逞の邦人が巣食っていると聞きます」
「ん……。それで、誰がいいと思う?」
密偵を送る事になるが、生半可な腕では返り討ちに遭う。
既にそうなっている。
相馬主計は考えた上で、
「やはりここは、斎藤さんしかいないかと……」
「藤田五郎な。その前は一戸伝八と言ってたし、何度も改名してるけど、そろそろ覚えてやんな」
「いえ、普段はちゃんと藤田さんって言えるのですが、このような裏の仕事となると、どうしても斎藤さんと言ってしまいます……」
相馬主計が新撰組隊士見習として入隊した時、斎藤一は隊に居なかった。
伊東甲子太郎が新撰組を割って作った御陵衛士に参加していたのだ。
相馬が平隊士に昇格した頃、斎藤はフラっと新撰組に戻っていた。
直後、相馬は油小路に出撃を命じられ、既に暗殺されていた伊東甲子太郎の遺骸を引き取りに来た御陵衛士たちと戦闘になった。
恐ろしい事に、御陵衛士の生き残り何人かが「間者が入っていたに違いない」と言うものの、斎藤に関しては
「あれは酷く女にだらしのない男であり、伊東先生の文机から五十両のお金を盗んで女の為に使ってしまったから、御陵衛士にいられなくなって脱走して、近藤勇暗殺計画を新選組に漏らしたのだ。
あんな男が間者のはずがない」
と疑っていないのだ。
ある時、相馬は二番組長永倉新八に事を聞いてみた。
永倉ははっきり
「斎藤君が間者だよ。俺や局長、副長あたりは知ってるよ」
そう言っていた。
相馬はしばらく斎藤を観察していたが、金を浪費するとこも、女にだらしないとこもついに見なかった。
局長の推薦もあり、土方は藤田五郎を屯所に呼んだ。
藤田は黙って、ラハイナ分所を預かる件と、目付役を傍に置く件を承知した。
「一切は俺の思うようにするが、それでいいな?」
「構わない。俺はお前さんを全面的に信じている」
「もう一つ、『敵が武器を持っている事を確認して……』なんて悠長な事もしないが、良いか?」
「構わん。暗殺は相手が武器等持っていない時を狙うものだ。
闇から闇に葬れば、そもそも何があったのかも知られない。
万が一バレたとしても、俺が何とかする」
藤田は肉食獣の笑みを浮かべた。
そしてこう言った。
「数年は、間抜けな『斎藤一』に戻って、ラハイナとやらで釣りでも楽しむとしますか」




