日本との関係、列強との関係
フランスが今までの支援に対し、無人島数個の租借だけで良しとしたのは、破格過ぎる厚遇であった。
フランスとはそのように甘い国では無い。
とりあえず国として対価を得た事を示す為に領土を求めたが、彼等が真にハワイ王国とホノルル幕府に求めているのは違う。
太平洋におけるフランスの代弁者たるを求めていた。
また、太平洋におけるフランス植民地の警備役も求めていた。
仏領ポリネシアに艦隊と軍隊を常駐させ続ける経費に比べれば、戦艦や装甲巡洋艦はともかく、防護巡洋艦1隻や2隻は安いプレゼントと言えた。
また「青年学派」の構想の実験場的な意味もあった。
フランスとはいえ、巨艦や装甲艦を全面否定する「青年学派」に海軍を全賭けする気は無かった。
さらに外交においても、フランスだけでなくハワイの名前もあればより良い。
場合によっては、フランスは表に出ず、ハワイを代表に立てたりもする。
今回の外交案件は、ハワイの署名も求めるものであった。
1894年、大日本帝国は清国と開戦した。
清、ロシアを警戒し、朝鮮にまともな政権を築いて防波堤としたい、その戦略思想に基づく。
翌1895年には下関条約を締結し、日本の勝利が確定した。
この時に日本に割譲された遼東半島を巡り、ロシア主導でこの放棄を求める運動が起きる。
所謂「三国干渉」である。
これは
・列強は清に領土割譲を求めない事を暗黙の了解としていたのに、日本がそれを無視した
・上記理由として清が権威失墜して政情不安になると、自国権益が脅かされる
・日本は遼東半島の共同開発についてイギリスにのみ持ちかけた
のが共通の理由とされる。
その上で、ロシアは遼東半島を「租借」して、ここに不凍港の海軍基地を置きたいと考えていた。
フランスは1892年にロシアと秘密同盟(露仏同盟)を結んでいる。
フランスのロシアに対する思惑はここでは説明しない。
フランスはハワイ王国に対し、協調するように依頼して来た。
リリウオカラニ女王はこれに反対する。
日本は何度もハワイ王国に手を差し伸べて来た国で、友好関係を壊したくはない。
だが、ホノルル幕府の大君徳川定敬は異なる考えを持っていた。
三国干渉の宣言文は
「日本による遼東半島所有は、清国の首都北京を脅かすだけでなく、朝鮮の独立を有名無実にし、極東の平和の妨げとなる。
従って、半島領有の放棄を勧告し誠実な友好の意を表する」
というものだ。
徳川幕府は、以前から「日本・清・朝鮮によるアジア連合」構想を持っていた。
勝海舟が「日清朝鮮三国連合の大艦隊で欧州の脅威から防ぐ」と法螺に近い構想を持った。
勝の上司である木村摂津守も同じ三国同盟を考えていた。
外交上も日本は、清国・朝鮮とは協調路線で行くべきなのである。
ホノルル幕府の東アジア観は、明治二年で止まっていた。
良くも悪くも江戸時代が保全されていた。
その為、日本政府が何度も朝鮮に使者を送って突き返された事も、朝鮮開国に絡んで征韓論、やがて西南戦争が起きた事も、征韓論で西郷を逐った大久保らによる台湾出兵も、清国の軍艦が寄港地で狼藉を働いた長崎事件も、どこか遠い国の話でしかなかった。
それよりもホノルル幕府の国是というか存在意義は「攘夷」である。
日本が清国や朝鮮に対する「夷狄」となってどうするのか!
それが徳川定敬や幕閣連名での「三国干渉」への同意となった。
日本は清・朝鮮を味方にし、共にアジアを守る思想に立ち返るべきである。
どこかの国を侵してはならぬ、と。
日本ではハワイ王国は物の数ではない。
国力はいまだ中堅国よりやや下の日本より、更に遥か下である。
四千万人の国家である日本から見て、五十万人程度の国等歯牙にもかけない。
ロシア・ドイツ・フランスの3強国を見て「三国干渉」と呼んで反発した。
だが、物の数ではなくともハワイ王国の態度は気に入らない。
今まで(大した事はしてないが)同情的に扱って来たじゃないか!
更に日本を怒らせたのは、
「日本は東亜の国に対する夷狄となる事 勿れ」
というホノルル幕府からの意見文であった。
痛いとこを衝かれたのもある。
日本は「最早清国も朝鮮もアテにならないから、我が国単独で欧米列強に対抗しよう」と考えを切り替えていた。
それを理由に、朝鮮や清国への侵出も「必要な事だ」と開き直っていた。
開き直れない部分が、帝による「朕はこの戦争に反対であった」という言葉や、戦後の「両国の友好関係回復に関する詔書」を出したりするとこに現れた。
帝は徳川定敬の意見文を見て
「かの者の言う事は正当である。
朕が南の国にて夷狄を払い、国を守る事を命じた。
その命に従う者が、母国が他の国にとっての夷狄になる事を黙って見過ごせる訳がなかろう」
と答えたという。
帝の感想はともかく、日本としてはこれ以上ハワイに協力するな、と世論が変わった。
ハワイへの移民が停止される事に決まる。
これまでにハワイに移民した日本人は年平均5千人で8万人に上る。
ハワイの総人口は相当に改善され、現在は約55万人である。
その内、外国の血も混ざるがハワイ人は約20万人まで回復した。
その次が白人たちで約15万人。
第三勢力は幕府2万人と合わせた10万人の日本人である。
そして華僑6万人、ポルトガルその他4万人程であった。
白人たちは、比率が逆転されかねない為、どうにか日本人の移民を停止したい、しかし幕府は怖いと悩んでいたのだが、期せずして日本側から断ち切ってしまった。
……が、この後は日本本土ではなく、沖縄からの移民が第三国経由で行われる。
そしてハワイでなくアメリカを目指す移民が増えて、それはそれで問題となり始める。
白人たちは、日本人に対抗する為にこれまで傍観者だったポルトガル系やドイツ系の取り込みを始めた。
ハワイ在住の白人は、二度に渡る失敗と、夢にまで見る「断罪者土方」の首狩りでハワイ乗っ取りは諦めていた。
だが、今度は日本人に乗っ取られるのではないか? と自分を鏡にしてそう恐怖する。
幕府系日系人と官制移民の日本人は非常に不仲で、杞憂そのものなのだが。
ところで、徳川定敬の「三国干渉」への加担は、意図せぬ効果も生んだ。
フランスの好意が更に篤くなったばかりでなく、サモア問題では対立していたドイツ、そして三国干渉張本人のロシアが友好的になって来たのだ。
金融や裏の繋がりでイギリス(香港経由)とイタリア(シシリー島)とも縁があり、太平洋の小さな王国は多くの列強と繋がりを持ち始めていた。
かつて日本で世界を恐れさせた「ジョーイ」についても、ここの日本人、幕府は理由無く外国人を襲ったりしない。
彼等自身が外国人だからというのもあるが、攘夷思想の中の「敵を追い払え」という小攘夷ではなく、「敵に侮られず、国力をつけて対等に付き合えば侵略されない」という大攘夷を柱にしていたというのが大きい。
元々幕府は大攘夷の考えで、薩長でも上の方は大攘夷だが、それだと幕府を利すばかりなので小攘夷で幕府を困らせていたりする。
確かに見境い無く人を斬る習性はあるが、それは彼等に敵対した時だ。
敵対しない、礼を持って接すれば彼等程礼に篤い者もまず居ない。
大君徳川定敬も形式的には封建主義者で、専制君主なのだが、自制的で謙虚で温和である。
そのように自己を律し、演じているのだが、国内外の白人たちからも徐々に信頼を得ていった。
ホノルル幕府は次第に諸外国に「ハワイ王国の守護者」「事実上政権」として認知されていった。
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1895年、御所を珍しい人物が訪れた。
前の征夷大将軍、最後の将軍徳川慶喜である。
是非にと頼み込み、半ば強引な謁見であった。
「慶喜公、27年ぶりになるか」
「御意。
予定では30年ぶりとなる3年後に謁見しようと思っておりました」
「それが何用で、予定を大きく変えさせてまでの謁見を申し出たのか?
朕はそなたに欲というものが全く無い事を知っておるだけに、不思議でならぬ」
「欲ならございます。
自転車に乗る、絵画を描く、写真を撮る、山に登る等等。
要は趣味の範囲でございます。
今回のお願いの儀も、その趣味の内から出ております」
「趣味で、その上お願い?
朕に何が出来るのか?
朕はそなたのような多才は無いぞ」
「征夷大将軍の位、いや称号をハワイの定敬めにお送り下さい」
「何と?
意味が分からぬ。
確かに彼の者たちは幕府を名乗っておるようだが、征夷大将軍は近代化の為に廃止した職務、復活等は慶喜公の頼みでもならぬ」
「陛下は先の三国干渉をどう思し召しあそばされましたか?」
「臣民の努力に対する不当な干渉である、不服である」
「では定敬めの意見文は?」
「あれはあれで筋が通っておる。
そのように致せと命じたのは朕なのだからな」
「それを形にすべきです。
夷狄となるを潔しとせず、その心意気を見える形で示すのです」
「ではそのように勅を認めようぞ」
「いえ、それでは足りませぬ。
征夷大将軍が必要なのです。
征夷でなくては意味が無いのです」
「慶喜公、そなたはまだ定敬公に重荷を背負わす所存か?」
「左様お思いになりましたか。
まあ、それならそれで結構でございます。
役職として復活するのではなく、称号、名乗りで良いから送って下さいませ。
早くせねば間に合わぬかもしれません」
「…………。
慶喜公、そなたは神君家康以来の英傑と言われたそうだな?」
「買いかぶりも良いとこです。
私は所詮風流人、天下を差配する才等有りませんでした」
「そのそなたの目には何が見えておるのか。
そなたの脳にはどのような未来が写し出されているのか、知りたいものよ。
まあ良い、そなたの深謀ならば乗ってみるも面白い。
伊藤らには内密にやってみるも良い」
「是非にお願いいたします」
御所を辞した慶喜は、そのまま家人に
「日光に参る。
今度は会津殿を説き伏せ、東照宮をハワイに分祀する。
他に寛永寺や増上寺、他にも参らねばならぬ。
今から準備をさせねば、間に合わぬやもしれぬ」
「上様は一体何をたくらんでいるのですか?」
「人聞きの悪い事を言うな。
人の心には柱が必要ぞ。
その柱が軸とならねば、大軍の前に心が折れてしまう。
キリスト教に寄り過ぎて、心を侵食されてしまうやもしれぬ。
余の見立てでは、次の戦いこそ危険である。
定敬はいずれ日本人はハワイに溶け込み、消えようと思うておるだろう。
それではいかぬ。
日本人の良き部分をハワイの中に植えてから、消えるのではなく混じり合って同じになる事が肝要ぞ。
定敬は、また勝手な事をされて面白く無く思うであろうが、まあこのような男を養父としたのだから、付き合って貰わねばのお」
クックック……と笑う前の将軍の構想力を、家人は理解は出来ないが、何となく空恐ろしく感じていた。




