幕末の亡霊
会津藩士は仕合せであった。
主君松平容保と開城・降伏のその時まで共に戦ったのだから。
桑名藩士も仕合せであった。
主君松平定敬と家臣と、戦場、降伏した場所こそ違うが「殿は最後まで戦った」「家臣たちは最後まで戦った」と共に誇りを持てたのだから。
そういう意味で、幕臣・旗本は複雑であった。
彼等の主君徳川慶喜は戦わず、家臣たちを置き去りに逃げ帰り謹慎したのだから。
彰義隊他、各地で戦う事を選んだ者たちは、それなりに誇りを満たす事が出来た。
だが、このハワイ行きに「新政府には従えない」「駿河に行っても良い事もない」と着いて来た者、戦わなかった者は「誇り」が次第に失われ、南国の島で底辺に堕ちていく者も少なからず現れた。
虚無主義に堕ちた者に、志や誇りと言ったものを示しても、まるで響かない。
それにアルコール依存症や薬物中毒が加わると始末に負えなくなる。
母集団の1割がそうなったとしても、8千人程の移民集団の1割の800人程度というのは、闇社会に流れるには大きい数字だ。
彼等は今、纏まりを欠いている。
核となる者はなく、そういった者を必要ともしていない。
ゆえにホノルルで新撰組に、少しずつ狩られている。
しかし、そういった虚無に堕ちた武士を纏めてしまう化学反応は、無い訳では無かったのだ。
マウイ島ラハイナ。
ここはカメハメハ1世と2世の時代の首都である。
イギリス風の街並みが美しい。
しかし、3世の時期に首都がホノルルに移り、一方でこの地に捕鯨船が多く来ていた事もあり、次第に路地裏は怪しい雰囲気となって来た。
そんな中、2人の日本人が出会う。
「あんた、見た事あるなあ。
あんた、薩摩の者だろ?
新政府に出仕し、お大尽となってるべき人が、なんでこんなとこにいるんだい?」
痩せぎすな男が、小柄ながら筋肉質で毛深い男に声をかけた。
「知らんなあ。人違いごわはんか?」
「白を切らなくてもいいだろう。
俺も日本に居られなくてこっちに来た身だ。
そこの酒場で飲んでるから、気が向いたら声をかけてくんな」
そう言ってその場は別れた。
夜、酒屋にて。
「俺いは元島津家家中、弓田正平……、いや元の名は伊牟田尚平ごわす」
「知ってる、その名前……。
いや、だったら俺の方も変名でなく本名を明かす。
俺は平間重助。壬生浪士組副長助勤だった……」
伊牟田尚平は古くから活動していた志士である。
清河八郎と交流を持ち、彼の主催する「虎尾の会」にも名を連ねた。
万延元年(1860年)12月にはアメリカ公使館の通訳ヘンリー・ヒュースケンを暗殺している。
「そんなあんたが、どうしてここで、アメリカ人の下で悪事の手伝いしてるんだ?」
伊牟田はギロっと睨んだ。
自分で自分に納得がいっていない感じではあるが、それ以上に憎悪の念が表に出た。
「俺いは薩摩にも新政府にも居場所はなか。
俺いは偽官軍っち烙印ば押され、殺されるとこじゃった」
彼は大政奉還後、江戸において相楽総三という男を使って、放火や乱暴狼藉をし、幕府を挑発した。
その後、相楽総三は赤報隊隊長となり、年貢半減を掲げて東山道の村々を帰順させて歩いた。
だがそれは、財政難の新政府にとって実現困難な事だった。
新政府は相楽に責任を押し付け、「偽官軍が勝手に言った事だ」とした。
伊牟田は相楽を救出しようと下諏訪へ向かったが、間に合わなかった。
トカゲの尻尾切りは彼にも及ぶ。
彼は身に覚えの無い近江長浜の豪商の家に強盗に入ったとし、捕縛された。
そのまま極刑となるところを、明治2年の大赦令によって処分差し止めとなった。
だが新政府の人間は、彼が居る事を許さなかった。
「大赦によって命長らえたのなら、幕臣どもと一緒に南国に去れ。
さもなくば、本来士籍剥奪、名字帯刀も剥奪のところを、武士としての誇りは残すゆえ、薩摩武士らしく腹を切れ」
そう迫られた彼は、最初切腹しようとしたが、次第に馬鹿馬鹿しくなり、ハワイ行を受け容れた。
彼は最初からハワイで地に堕ちようと思っていたが、一方で日本というものに深い憎しみも持っていた。
また、相楽総三の意志も心に残っていた。
『幕府はまだ滅んでいない。ここにまだ生き残りがいるではないか』
酒を飲みながら、今度は平間重助が身の上を語る。
「俺はそんな深い憎しみも絶望も無え。
俺はただ、土方がやる事、為す事をぶっ潰してやりてえ」
平間重助は、新撰組が壬生浪士組と言った時代の幹部であった。
水戸浪人芹沢鴨、新見錦らの一派であり、近藤勇、土方歳三の試衛館派と対立した。
芹沢派はやがて、試衛館派によって暗殺された。
平間は見逃されたものの、壬生浪士組脱退というのは、佐幕派にも尊攘派にも居場所を作れなくした。
そのまま隠れ住んで明治の世を迎えたのだが、ここに来ておかしな話を聞いたという。
土方歳三は生き残った。
それは良いが、奴は南の島に渡ってそこで新撰組を再興させた。
新撰組など、幕府が潰れ、佐幕派が戊辰の戦に負けた時に消え去るべき代物なのだ。
それが復活し、国王直属として相変わらず人を狩っている。
平間にそれを教えた者は、こう言った。
『何もかも、滅茶苦茶にしてみないか?』
と……。
「待ったもんせ。
平間どんは、何者かに言われてこのハワイまで来たっちこつごわすか?」
「ああ……」
「俺い や相楽さぁのように、操られ、使い捨てられっこつ、覚悟ん上で?」
「そうだ。俺は土方に意趣返し出来たらそれでいい……」
「そいもまた、深い恨みごわんど」
伊牟田はグラスの酒を飲み干した。
薩摩隼人にとっても、洋酒は飲み慣れていないから、酔いが回って来る。
「伊牟田さん、あんた今『何者か』って言ったね。
俺も馬鹿じゃねえし、仮にも壬生浪士組に居た男さ。
背後に探りは入れてみたよ」
「ほお?」
「黒幕って程の黒幕じゃねえが、俺に接触して来た奴は分かった」
「何者かの?」
「あんたの同志さ。
同じく偽官軍の汚名を着せられた部隊の隊長、高松卿。
お公家さんさ」
「高松様か……」
高松保実の三男・高松実村を隊長とする官軍鎮撫隊もまた、年貢減免や、甲斐国を武田時代の旧制に戻すという約束をして歩いた。
そして偽官軍とされた。
公家の子弟である高松実村を処罰する訳にいかず、代わりに幹部の小沢一仙が処刑された。
高松実村は京に呼び戻され、謹慎となったが、この高松隊は甲斐の人々から嘲笑され、罵られたという。
「もっとも高松卿も切り捨て可能な黒幕役に過ぎない。
帝の手前、幕臣どもを追放したと言っても、特に長州は本心では幕府を徹底的に叩きたいのさ。
薩摩は政治として幕府を倒したが、長州は思想として幕府と戦っていたのだからな。
犠牲者も多かったし、生温い決着じゃ腹が治まらないって事さ」
「そこまで分かってるなら、真の黒幕も分かっていもはんか?」
「分かってるよ。結構な大物だ」
…………………………
「分かいもした。手を組みもんそ。
討幕はいまだ果たされじ。
もう一度討幕をやり直しもうす。
それで日本や日本人がどのような迷惑となろうが、最早知り申さぬ」
「ははは、それでいいさ。
お互いやりたいようにやろうぜ。
だが、まだ時期じゃあねえ。
同志を増やし、時を待ち、その時が来たら何もかもを滅茶苦茶にしようぜ」
元薩摩藩士と、新撰組の前身時代の生き残りは手を結んだ。
酒場を出た平間の横に、2人の男が並んで歩いた。
「首尾は?」
「上々さ。今はこんなもんでいい」
「我々はしばらくはラハイナで動きますか?」
「ホノルルに行けば土方に見つかる。
ここも時間の問題だと思うが、だがしばらくはこちらの方が都合がいい」
「然り……」
「辛抱しろよ。いずれ御陵衛士の仇は討てるだろうさ」
「承知しております」
壬生浪士隊の副長助勤が、御陵衛士生き残りの内海次郎、江田小太郎に釘を刺す。
(おい、土方よ。新撰組の中に闇を作ったお前は、いつか報いを受けるぜ。
俺たちが報いをくれてやるから、首を洗って待っていろよ)




