新撰組の苦闘
第2章です。
「大鳥さん、土方君の事を聞きましたか?」
榎本武揚は、陸軍の事で相談に来た大鳥圭介にそう話題を振った。
「え? あの浅葱色にダンダラ模様の制服の事ですか?」
「そう」
榎本は笑いを堪え切れずにいた。
ホノルル新撰組は、結成以来最高の活躍をした。
ハワイ国王カメハメハ5世は、疫病で数を減らした純ハワイ人をこよなく愛していた。
しばしば町に出て、彼等に声を掛けていた。
そんな彼を狙う銃口があった。
カメハメハ5世は、アメリカ系の白人を嫌っていた。
そして、彼等の影響の強い議会を一院制にし、憲法も変えて王権の強いものとしていた。
そこに極東の島国から大量の移民が送られ、一部は王の親衛隊として振る舞っていた。
そんな事を苦情として酒場で話していれば、考え無しに行動を起こす者も現れる。
王を撃とうとしたのは、そんな男だった。
だが暗殺は未遂に終わる。
人影からそっと近づいた侍が、ピストルを持った腕ごと抜き打ちで切り飛ばしたのだ。
周囲は騒然となったが、それが「新撰組」の仕事と分かった途端にハワイ人たちは喜び、歌を歌い出した。
カメハメハ5世は彼を救った隊士を称え、司令官である土方歳三と相馬主計を離宮に呼び出した。
カメハメハ5世の離宮は、21世紀の日本人であれば「あそこか」と分かる場所にあった。
某企業グループのCMで出てくる、何の樹?気になる樹、のある公園だ。
ご機嫌の国王に呼び出され、大量のボーナスが払われた。
ここまでは問題無い。
機嫌の極めて良い5世は、2人の長に対して提案という名の命令を下した。
「その黒いアロハシャツは、どうにかならないかな?」
「黒は返り血を浴びても目立ちませんので」
「でもなあ、あまりに異質だぞ」
「仕事をする上で派手である必要はありません」
「だが、王の前でまで黒一色は寂しい。うん、礼服は別にしよう」
「は……。仕事用でないとあらば、仰せに従います」
「そうかそうか! 良し! 王の前に出る時の服は、水色に波模様としよう!
前から考えていたのだ。気持ちの良いデザインであろう」
「どのような色ですか?」
「この色だよ」
見せられたのは、浅葱色のアロハシャツに、袖口と裾に波が連なるギザギザ模様だった。
「こ……これは……」
(これは赤穂浪士の討ち入り衣装じゃねえか!)
(土方総裁、これは余りにも恥ずかしいですよ)
(俺だってそうだ)
(折角墨染にしたのに、なんてことだ)
(墨じゃなくて、インクか何かでしたよね? ゴワゴワして酷かった…)
「何か言いたい事あるなら言いたまえ。
聞く気は無いが」
既に制服デザイン変更は王の中では決定事項となっていた。
さらに、
「その文字、何て読むんだ?」
「誠、ですが」
「それ、背中に入れよう!
裁縫人、聞いていたな。
直ちに作って支給するように!
いやあ、良い事をした!!」
見事に恥ずかしい派手な制服が出来上がった。
「あははははは」
大鳥は経緯を聞いて大笑いした。
あの土方がどんな表情で拝命したのか、気になるが、追及したら可哀そうだ。
久しぶりに大笑いし、大鳥も気分が晴れたところで本題を切り出した。
「フランスとプロシャの戦争ですがね、どうも人数でフランスは負けたようです」
大鳥は、今年1871年5月にやっと終わった普仏戦争を分析し、今持っている情報で語った。
「プロシャは国民皆兵ってのをやっていて、兵士の数が多いようです。
これをどう取り入れるか、今後の課題ですね」
「戦術的には?」
「それは観戦武官が帰ってから聞かないと分からない。
でもね榎本さん、海軍は負けてないようですよ。
榎本さんにはそっちの方が重要でしょう?」
「そうだね。海軍の方に問題があったら、軍艦について考え直さないとならないところだった。
プロシャは海軍は弱いのかね?」
「陸軍国だし、相当に弱いようです」
だがハワイ王国海軍は、後にプロイセン改めドイツ海軍と対峙する事になる。
榎本も大鳥もそれを予感すらしていない。
榎本が海軍を充実させようと考えていたのは、ハワイの特殊な事情も絡んでいた。
ハワイはアメリカの捕鯨基地なのである。
マウイ島ラハイナには、アメリカの捕鯨船が多数停泊している。
アメリカのならず者は、この捕鯨船から入って来る。
有名な「白鯨」の作者・メルヴィルという男は、11歳の時に家が破産し、債権者から逃げるように捕鯨船に乗り込み、あちこちで脱走したり、原住民に捕らえられたり、逮捕されたりした中、ラハイナにやって来て暮らしていたりする。
捕鯨船の船員について、管理が出来ていないのが実情である。
この捕鯨船が大量にいるから、港湾使用料の徴収でハワイ王国は金持ち国家でいられるのだが、防衛という観点で見ると極めて危険だった。
ゆえに、いざという時に彼等を抑え込める軍事力、可能ならば戦わずに済む「見るからに強い」軍艦が欲しいと考えていた。
この状況は変わりつつあった。
アメリカは石油社会に入りつつあり、鯨油を必要としなくなって来た。
捕鯨船の数が減ることは、港湾使用料で儲けているハワイには痛手だが、アメリカに通じるハワイの白人社会にとっても問題だった。
代わりにアメリカとの交易船の数を増やしたい。
さらにはアメリカに併合させて、自分たちの農作物を本土に関税無しで売り込み、儲けたい。
そう思っているが、肝心のカメハメハ5世は重度の反米で、言うことなんか聞かない。
(誰か、あの王を暗殺してくれないか?)
そう思わなくもない。
アメリカでは、リンカーン大統領が暗殺されたのがつい6年前である。
割と暗殺は身近なものだった。
そういう意味でホノルル新撰組は活躍の場を得ていた。
暗殺が身近、というかその渦中にいたのが土方歳三であり、斎藤一であり、原田左之助だった。
日本人である彼等は目立つ。
ゆえに、イギリス系の白人や、アメリカ系でも破産して落ちぶれた白人、原住ハワイ人などと協力し、密偵のネットワークを作り上げていた。
もっともアメリカ系白人たちも、やさぐれ旗本を飼い、市中見回り中の新撰組にカウンターを仕掛けたり、彼等を密偵として日本人社会の様子を探ったりしている。
だが、探りづらいのは衝動的な、背後の無い突発的な行動である。
あの事件、カメハメハ5世は大喜びしたが、実は危機一髪も良いとこだった。
(もっと密偵、そして隊士を増やさねえと、対応出来ねえ)
土方はそう思っていた。
新撰組は派手に活躍していたが、実は被害も大きい。
アメリカ白人はひ弱でなく、いざという時自分を守る為、ピストルの腕を磨いている。
新撰組も刀一本で戦うのではなく、後方支援はピストルや小銃で行っているが、如何せん銃の扱いについてはアメリカ人の方が一枚も二枚も上手であった。
さらにアメリカ人の荒くれ者は図体が大きく、刀を気にせずに体当たりしたり、のしかかって殴っても来る。
アメリカ系白人との戦闘は今のところ、背後関係の見えない、突発的な行動の者とだけで、数もそう多くはない。
だが、力で圧倒される事も多く、負傷等で消耗が激しい。
土方は昔の縁を頼った。
比呂松平家の大殿・松平容保に手紙を送り、旧会津藩士の中で腕に覚えがある者を新撰組に入れたいと伝えた。
この頃、ようやく蓄えが出せる程度に経済状況が好転した比呂松平家は、日本の斗南で苦しむ同胞を呼び寄せようとしていた。
そこにもたらされた「新撰組隊士の募集」は、未だ武士でありたいと思う旧藩士たちの心を鷲掴みにした。
家老の佐川官兵衛が、剣客部隊を数十を率いてホノルルに現れた。
佐川官兵衛を3番組長とし、旧会津藩士をその下につけた。
幾人かは1番、2番組にも割り当て、旗本連合農場やカウアイ酒井家にも隊士募集の使者を送った。
(放って置こうと思ったが、やはり呼ぼうか。来てくれるかは分からねえが……)
土方は手紙を書いた。
『貴君の助けが欲しい。ハワイまで来て欲しい。
松前家家中 永倉新八殿』




