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トップ交代

 松平容保が日本を離れる時、斗南に残る家臣は見送りに来る路銀も無く、数人が見送るだけで輸送船に乗せられた寂しい船出であった。

 それから19年、日本に帰国した元会津公は思わず目を疑った。

 庶民たちが列を成して出迎え、近くでは花火が打ち上げられ、お祭り騒ぎであったのだ。

 さらに驚いた事は、下船したと同時に宮内省役人が

「どうぞ、陛下がお待ちです」

 と馬車の扉を開け、片膝をついて彼等を(いざな)った。

 馬車は容保の他、家老の西郷頼母や護衛で一時帰国の山川浩の分も用意されていた。

 そのまま提灯行列の中を馬車は走り、皇居東京城に入る。

 容保が下車すると、そこには帝が立っていた。

 慌てて正座をしての礼を取ろうとする容保に、帝は肩に手を掛けて立たせた。

「長い事苦労をさせてすまなかった、会津中将。

 今だけは朕に労わせてくれ、朕が中将の手を取って広間に行くを許してくれ」

「勿体なきお言葉、恐悦至極に存知奉ります」


 御所において容保は、今更ではあるが盛大な名誉回復をされた。

 従二位に叙任される。

 容保は幕末時正四位下であり、その後位階を剥奪されていたが、ここで4階級昇任した。

 また弟の松平定敬も正三位に叙せられる事が発表された。

 そして、容保帰国を祝い、内閣総理大臣黒田清隆主催による舞踏会が開かれる。

 容保らはハワイで、国王主催のパーティに出た事もあり

(日ノ本も随分と異国の様になったものよ)

 と呆れつつも、下手な高官以上に優雅に振る舞った。


 この舞踏会において妻を亡くして以来男やもめであった陸軍大臣大山巌は、ハワイから容保の護衛で一時帰国した山川浩の妹で、奥向きの女性の世話役をしていた山川捨松を見初める。

 幾多の困難を乗り越え、大山巌は山川捨松と結婚する事になるが、その話はここでは述べないでおこう。


 松平容保は、やがて自分が物凄い誤解をされている事を知る。

 帝や政府関係はともかく、庶民は「自ら夷狄と戦ったお殿様」と信じていた。

 ちなみに、薩摩の島津久光も生麦事件において、手ずから太刀をもって異人を成敗したと信じられており、久光が前年に亡くなっていなければ

「庶民どもが、やってもいない事を誤解し、持ちあげておる」

 と敵味方を超えて語り合えたかもしれない。




 さて、容保の護衛役の山川浩がハワイに帰国し、松平定敬及び榎本武揚、大鳥圭介とホノルルで会った。

 山川は定敬が帝によって正三位に任じられたと告げたが、定敬は複雑な表情で

「今更、そしてこの地において、まるで意味の無い事よの」

 と呟いた。

「ですが、これは名誉回復が為されたという事でありましょう。

 おめでとうございます」

 彼等はしばらくは松平定敬復権の話をしていたが、おもむろに榎本が

「正三位の方を、一旅団長に等して置けませんな」

 と言い出した。

 定敬は予想していたように

「それが言いたかったのか?」

 と返す。

 大鳥圭介は何となく、先年の内戦の始末以降に榎本と実際に戦った部下たちの間に蟠っているものの存在を知っていたが、山川は多少鈍感だった。

「何の事ですか?

 確かに昔で言えば公卿の地位を得ましたが、ここはハワイ。

 他国である日本から貰った称号と、この地の上下関係は無関係でしょう?」

「山川大佐、あえて昔の言い方で話すが、蝦夷共和国、会津、桑名、庄内、そして請西はてんでバラバラに行動をしているか?」

「いえ、一応榎本殿を代表とし、榎本殿を窓口に王国政府の下で領土を安堵されています」

「会津はいつ榎本さんを代表と決めた?」

「そういえば、出国の時に何となくそうなっていました。

 大殿も万事榎本殿の差配に従え、と仰ってました」

「では桑名公は?」

「余は蝦夷共和国まで従ったからな。

 入れ札で榎本殿と決めたではないか、大鳥殿」

「それってもう20年も前の事ですよね。

 アメリカの大統領は任期4年だそうです。

 4年毎に改選をしてますが、榎本さんは改選とか無しで、何となく蝦夷共和国からずっと代表を務めていました」

「正確には代表という役職は無いんですがね。

 私は今は海軍長官兼外洋艦隊司令官で、先日の功で中将になりましたが、全軍を指揮する法的根拠は無いのです」

「かく言う僕も陸軍中将にはなったが、基本的には第一旅団長に過ぎず、桑名公の第三旅団や酒井公の第二旅団を指揮する権限は無い」

「それは余にも当てはまる事ではないか?」

「今はそうです。

 だから、これからハッキリ決めようかと思うのですが……」

「余はやりたくない」

「桑名公!」

「今は古奈公じゃ。

 いや、古奈の酋長と呼んで貰った方が良いかな。

 余はハワイ人の妻を娶り、肌の黒き子をもうけた。

 榎本、そなたは以前、我々日本人は役割を終え、このハワイに溶け込む所存と申しておったな。

 それならば代表等というのも仮初の事、そのまま続けて何時しか消えゆくのが良いではないか」

「確かに桑名公、いや古奈公の仰る通りです、しかし……」

「旅団長、榎本殿の申し分にも聞くべきところがあります」

「山川大佐、申してみよ」

「はっ、旅団長は先程『役割を終え』と仰いました。

 先日の内戦で我々は勝ちましたが、あれで果たして役割は終わりでしょうか?

 和議を纏めた榎本殿が終わっていないと感じておられるから、この話が出たのかと。

 そして榎本殿の裁定は、我等第三旅団内でも不満が出ていました。

 小官はかつて敗軍の家老を勤めておりましたゆえ、程々の線で恨みを残さぬ事の大事さを知っております。

 しかし兵士たちは命懸けで戦っており、そのような線引き等知った事ではありません。

 榎本殿が頭目の交代を申し出たのは、旧幕府内での事と思っておりましたが、先程よりの話を聞くにつけ、その程度の問題ではないと思いました。

 榎本殿は一体何者なのか?

 日本人の頭目をなし崩し的に勤め、代表として異人と交渉し、それでいて艦隊を率いて戦う。

 統率は会津であれば御兄君で我が大殿が勤め、敵との交渉は家老の西郷殿や手代木殿が行い、戦の指揮はこの山川なり同じく家老の佐川殿が行っておりました。

 榎本殿は会津よりずっと大きなものを背負い、これらを1人で行っております。

 そして恨みも一身に受けておられる。

 役割を分けた方がよろしいかと存じます」

「ふむ……」

 定敬は無表情で空を仰いだ。

「以前、オアフ島の永井殿より書状が来てな、大佐の言うような事は一通り書いてあった。

 大佐もそう考えるのならば、確かにそうすべきであろう。

 だが、やはり余をもって日本人の頭目とするのは断る」

何故(なにゆえ)にございましょう?」

 榎本、大鳥、山川が思わず声を揃える。

「余は一大名として育ったもので、将軍となるべく育てられてはいない。

 齢43にして日本人の纏め役になる等、その器であるとは思い難い」

「ではこの榎本等はどうなるのでしょう?

 器でない事はこの数年で思い知りました。

 それでも続けろと?」

「大鳥ならどうじゃ?」

「僕ですか?

 僕もダメですね。

 僕は戦下手って事が分かってしまいました。

 軍隊からは離れられそうにないですが、文官の方に回ろうかと思ってます」

「自分たちがやりたくないのを、余に押し付けるな……」

「あ、だったら会津公ならどうだろう?

 山川君、どうだい?」

「容大公は年少で、しかも軽率なところが見受けられる。

 将来はともかく今は無理だろう」

「いや、容保公だよ」

「大殿?

 断固断る!

 大殿は文久の頃より御公儀に負わされたお役目で苦労し続けて来た。

 もういい加減に真の隠居をさせてあげて欲しい!」

「御公儀の役割で苦労したのは、京都所司代であった余も同様じゃな。

 ではこの話は終わりとしよう。

 必要は誰しもが感じておるが、今ここで決める話でもあるまい。

 皆が引き受けたがらないようだし、不毛な議論を続けても時間の無駄じゃ。

 いずれもっと人の居る場で話し合おうぞ」

 一度はこれで話は終わった。


 しかし、どうやら幕府によって振り回される運命は、まだ定敬から離れていなかった。




 明けて1889年正月。

 日本で少数の老臣や女中に世話されて隠遁生活をしていた松平容保の屋敷に、思いもかけない客が現れた。

 日本に残っていた旧家臣たちの年賀の挨拶も終わり、落ち着いていた日の事である。

「大殿、渋沢栄一という方が訪ねて来ております」

「お引き取り願え。

 余は旧家臣たちとしか会う気は無い。

 まして政府に連なる者なれば、余計に会いとう無い」

「それが……渋沢様はただの付き人でして……」

「本当は誰が来たのか?」

「上様です」

「上様……。

 …………上様??」

「はい、徳川慶喜公がお忍びでいらしてます。

 お引き取り願うとしても、拙者等では恐れ多い。

 大殿にお願いしたく……」

「通せ、いやお通しいたせ!」

「はっ」


 駿河に隠棲した第十五代征夷大将軍徳川慶喜は、「貴人情を知らず」と呼ばれた程、元幕臣たちに会おうとしない生活を送っていた。

 その慶喜がかつての同僚に会いに来た。

 松平容保にとって、人生を振り回された男の1人で、礼儀上会うが複雑な感情であった。

「会津殿、従二位への叙任めでたい」

「はっ、有り難きお言葉、祝着至極に存知奉ります」

「固いのぉ、もう今は余と貴君との間に主従関係は無いぞ」

「恐れながら(それがし)は先年までハワイにおり、武家社会で暮らしておりましたゆえ、斯様に相成るのは致し方無き事かと」

「まあ良い。

 余も先年従一位に昇叙した」

「おめでとうございまする」

「そなたたちの功のお裾分けではないか?」

「は?」

「そなたたちがハワイでアメリカ相手に戦ってみせ、そのおまけで余が昇進したのではないかと申しておる」

「左様な事はありますまい」

「まあ、そう思うのは余が相変わらず臍曲がりだからであろう。

 とにかく何となく座りが良くないから、余からそなたに贈り物を持って来た」

「結構に御座います、どうぞお持ち帰り下さりませ」

「そう言うな。

 『源氏長者』受け取ってくれ」

「はぁぁぁぁ??????」

「ハハハ、そなたでもそのような表情になるのだな」

「しかし、上様は辞官納地をされた筈ですが?」

「源氏長者は朝廷の官位ではないぞ。

 源氏という(うじ)の長を示すもので、たまたま勅任になっておるだけだ」

「久我家にお返しになったという話も聞きましたが」

「余は返しておらぬぞ」

「はぁ……」

「薩長の芋どもが、島津か毛利かをいずれ征夷大将軍にする、朝廷親政等は建武新政同様数年で潰えるから、その時に大御所となり得る源氏長者を使って彼奴らを抑えようかと思っておったが、まさかあのまま新政府で続けられるとはのお」

「されど、(それがし)は既に隠居の身、お受け致しかねます」

「そうか、辞退するか」

「御意」

「ならばそちの弟に贈ろう」

「…………は?」

「そちの弟、桑名殿はいまだハワイで戦い続けておるの?」

「左様に御座いまするが……」

「では、桑名殿こそ相応であろう。

 うむ、そう致す。

 いや会津殿、今日は会えて嬉しかったぞ。

 また昔話でもしような」


 数ヶ月後、ハワイの松平定敬に「源氏長者に任ず」という旧主徳川慶喜からの書状が届けられた。

 「正三位」「源氏長者」という明治の世やハワイにあっては本来役に立たない称号。

 それを本人不在の場で押し付けられた松平定敬は、なし崩し的に榎本に代わって日本人たちの頭目的な立場になってしまったのだった。


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