後ろ盾の喪失~ナポレオン3世の失脚~
シャスポー銃という小銃がある。
フランスで開発された、ボルトアクション式歩兵銃で、幕末の日本にも伝来していた。
旧幕府の伝習隊はこの銃で戦っていた。
薩摩・長州はイギリス製エンフィールド銃だった為、戊辰戦争は英仏代理戦争という趣もあった。
ハワイ王国陸軍日本人旅団は、この旧幕府軍が転じたものである。
太平洋諸国に足がかりを作りたいナポレオン3世は引き続き、シャスポー銃を使う旧幕府軍に肩入れをしていたが……。
「こいつは……ちょっとした問題だな……」
大鳥圭介は、慣れ親しんだ筈のシャスポー銃に弱点がある事を見つけた。
「問題トハ?」
軍事顧問ブリュネ大尉が問う。
「シャスポー銃は紙製薬包だ。
ハワイのこの湿気で、使えなくなってしまった……。
日本で使っていた時、弾薬の量産が出来なかった。
それは俺たちの技術もだし、この薬包が特殊なのもある。
弾切れは兵士にとっちゃ死活問題だから、十分な数を用意しないとならん。
だから弾薬はフランスから買うってことになるんだが、フランス直送でも湿気って早くダメになるなら……」
「フム………」
フランス陸軍砲兵大尉ジュール・ブリュネは誠実な人物であった。
確かに紙製薬包は湿度の高い土地では湿気ってしまう。
さらに製法が特殊な為、現地化が難しい。
それはフランスから買えば良いのだが、湿気対策は急務かもしれない。
だが、フランス本国でもまだシャスポー銃以上の銃は出来ていない。
「本国ニ問題ヲ報告シマス。
大鳥サン、問題解決マデ今ノ銃ヲドウ使ウカ考エマショウ」
それしか無かった。
しばらくして、大鳥は米英の商人たちから不穏な情報を得る。
フランス帝国はプロシャ王国と戦争を始めた。
そしてナポレオン3世がセダン要塞に籠城、プロシャ軍に包囲されているという。
「その話は、俺もイギリスの軍事顧問から聞いたよ」
榎本武揚が頭を抱えていた。
「フランスの軍事顧問は何も言ってこねえ。だからこそ、事態は深刻だと思う」
榎本の言葉に大鳥は頷く。
彼等旧幕臣はフランス陸軍との関わりが強かった。
そのフランス軍が負けたとなると、後ろ盾が無くなる可能性がある。
「情けねえ事、言いなさんな」
変わらぬのは土方歳三であった。
「あんたは出来る男だが、たまにエラく弱い時がある。
『開陽』が沈んだ時や、『甲鉄』奪取に失敗した時、随分落ち込んでいたなあ。
大した事ねえって、ふんぞり返ってろよ。
そこが、頭いい癖に、生まれながらの殿様に勝てねえ部分だな」
(いや、『開陽』沈んだのも『甲鉄』獲れなかったのも、戦況を悪い方に一転させた一大事だったんだが!)
そう心の中でツッコミ入れつつも、土方の言う主旨は理解出来た。
総大将たる者、一々喜怒哀楽を表に出してはいけない事。
フランスを後ろ盾に、と頼り切っていたのが悪かった、独立独歩でやっていく覚悟が必要な事。
「で、土方君。何か打開案はあるのか?」
大鳥が尋ねる。
「まだ、無え」
「それじゃ困るだろ」
ややイラついた大鳥に、土方は
「”まだ”、と言っただろ」
と返す。
「フランスとどこぞの戦争だけど、本当にフランスが負けそうなのか?
負けるとしたら何が原因なんだ?
もしもあんたが問題にしていた銃が湿気に弱いことが原因なら、それは我等で解決できないのか?
フランスが負けたと言って、俺たちに手を貸す力まで根こそぎ無くなったのか?
戊辰の時そうだったが、どこが敵になったのか、どこが味方なのか、はっきりさせてから動かねえと、後ろから撃たれちまうぜ」
この辺が答えを急ぐ学者出身の大鳥と、実戦で鍛え上げた土方の違いかもしれない。
大鳥は反応が早過ぎて、すぐに答えを出そうと焦ってしまう。
逆に土方は冷静だが、時にそれは頑固・意固地に見える事もある。
翌月、榎本と大鳥が本格的に焦る情報がもたらされた。
ナポレオン3世が降伏したという報だった。
この報に接し、ブリュネ大尉は隠す事なく、青ざめながらも毅然として榎本と大鳥に報告した。
言葉を失う2人に代わり、話すのは「欧州の事など他人事」な土方だった。
「武器が悪かったのか?」
「ノン!」
「銃が湿気って使えなかったのか?」
「ノン! 我ガ『シャスポー』ハ、プロイセンノ『ドライゼ』ヨリ優レテイタ」
「では、どうして負けたのか?」
「ノン! マダ負ケテイナイ。皇帝ガ降伏シタダケダ。
皇帝ガ降伏シタカラ、市民ガ戦争ヲ継続シテイル。
君タチト似タヨウナモノダ!!」
土方は大笑いした。
それは確かにそうだ。
我々幕臣も、総大将徳川慶喜が降伏したというのに戦争を止めようとしなかった。
箱館まで戦い続け、ついにはハワイまで来ている。
「気に入ったぜ、ブリュネ大尉。
そんでなあ、ちょっと頼みがある」
「頼ミ?」
「新撰組から物見を出したい。
フランスまで連れて行ってくれねえか?
この戦争、信頼出来る者の目で見てえんだ」
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『というわけで、欧州に物見に行くことになった。
帰るのは来年になるか、再来年になるかは分からない。
義父殿をよろしく。
達者で帰りを待て 五郎』
という手紙がハワイ島ヒロの時尾夫人の元に届けられた。
「藤田(斎藤一)殿、欧州に行かれるのか?」
「一体何があったのか?」
情報からやや遠い比呂松平家では、時尾夫人の元に相次いで藩士たちが押し寄せて質問した。
そして、ホノルル上屋敷家老の西郷頼母から別の書状が届く。
フランスが戦争で敗れそうであり、その戦況を確認する為に物見を出す事になった。
比呂松平家からも1名派遣の枠を得た、という事だった。
「自分が参りたい」
と名乗り出たのは、家老の山川浩だった。
同じ内容の手紙はハワイ島コナにも届いた。
ここで立候補したのは立見鑑三郎、名を改めて立見尚文だった。
かくして、藤田五郎(斎藤一)、山川浩、立見尚文の3人がハワイ王国観戦武官として欧州に出発した。
「土方君、この後どうする?」
大鳥が声をかけた。
「逆に聞きたい。あんたこそどうしたいんだ?
俺ぁやる事決まっていて、考えてる暇ぁ無えんだ」
「?? どういう事だ?」
「この国はアメリカ人の力が強い。
そこに俺らが入って来て、それにフランスが加担した。
そして負けてられねえとイギリスも力を入れて来た。
押されたアメリカは、金と人を増やしている。
金の方は俺にはどうにもならねえが、人の方は俺の仕事だ。
俺たちに対抗すべく、荒くれ者を呼び寄せているようだ。
均衡が崩れたら、別にアメリカ人が仕掛ける気が無くても、呼び寄せた連中が調子こいて乱暴狼藉に及ぶだろうぜ。
な、俺のやる事は決まってるだろ?
藤田をヨーロッパにやったのは痛えが、それでも新撰組は仕事しねえとならねえ」
「………」
「あんたと榎本さんは、人斬ることしか出来ねえ俺と違う。
この国の将来や、日ノ本の将来の事も考えて貰わねえとな。
まあ、見通しが立つのは藤田たちが帰ってからかもしれねえが、大体の事は決めておいてくれや」
なる程、フランスやイギリスを背後に日本人が力を持ったから、反作用としてアメリカ白人社会も力を強めようとした。
彼等が大臣職や議席を持っている政府や議会、経済界では日本人等相手にもならない。
だが、武力を見せたことにより、彼等もまた武力を求めた。
結果、アメリカ本土から荒くれ者が入って来た。
そいつらを使って何を仕出かすか……。
いや、そいつらが何か仕出かすのをきっかけにして、どう仕掛けて来る事か……。
「負けちゃいられねえな」
「そうだぜ、大鳥さん。しっかりやってくれねえと困るぜ」
ホノルルの裏社会での暗闘が始まろうとしていた。
感想ありがとうございます。
前作の時に「毎回毎回後書きで現実に戻される」というのがあったので、章の終わりでまとめて書かせていただきます。
ハワイ王国ってのは、以前二次ネタ書く時に調べたのですが、アメリカにじわりじわりと実権を奪われ、劇的な何個かを経て併合されていった歴史を持っています。
後の方(そこまで続いたなら)で出て来ますが、明治日本とも関わりが出来ます。
「もしも日本がハワイ王国併合を阻止するなら?」
それを考えた時、
・初代カメハメハ大王の時代:高島秋帆すら生まれていない日本が、大砲を運用していたハワイの役に立つとも思えない。
・最後のリリウオカラニ女王の時代:東郷平八郎他色々ちょこちょこやったけど、既に手遅れ
だったので、時期を見たらギリギリでカメハメハ5世かな、と。
4世の時ならもう少しやれる事も多そうでしたが、その時期は万延~文久年間で、ロシアとの国境問題すら後回しにして樺太ほぼ全土取られてるような体たらく、ハワイなんか相手にしてる余裕は無かったわけです。
なので、この時期から「最大の問題である、原住ハワイ人の疫病問題」をどうにかし、アメリカ白人のあの手この手を封じる者を配置しとこうと思ったわけです。
そんな「守れたらいいなあ」小説ですので、お付き合いよろしくお願いいたします。




