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カニクリームコロッケ。

 

 花咲は一度自分の家に帰って、ランドセルを置いてからうちに来た。


 それからお姉ちゃんを交えて三人で話し合った結果、

 花咲のカミングアウトはサプライズがよろしかろうという結論にまとまる。

 昼休み終わりでベストコーデに身を固めた女子花咲が、さらっと教室に入ってくる。

 これなら花咲が自分からわざわざ口に出さなくても、一目瞭然だ。

 当日の様子を脳内でシミュレーションするだけでわくわくしてくる。


 日が暮れ始め、お姉ちゃんが花咲を激しく夕食に誘ったけど、

 花咲は今日は料理当番で下準備だけしかせずに家を出て来たんでと頭をさげて丁寧に断った。

 私はお姉ちゃんの庇護の元、暢気に暮らしてる自分が少しだけ後ろめたくなった。


 帰り際、玄関まで見送ると、花咲はスニーカーのつま先をとんとんしながら、そうそうと言って振り返った。


「家からここに来る途中でセイラ見かけたんだけど」


「ああ、鷲宮達と約束あったみたいだから、皆でどっか寄り道してたんじゃない?」


 私がそう言うと、花咲は少し不思議そうに眉をひそめたが、

 すぐに「そっか」と言うと、お姉ちゃんに再び丁寧に頭をさげて帰っていった。 


 それから間もなくして、花咲と行き違うようにお兄ちゃんが帰ってきた。

 さっそく会議結果を報告すると、一瞬ぽかんとした間があってから、


「そっかぁ~。楽しみだねぇ」と笑った。


 その反応はなんだかいつも以上にスローだったが、

 そのときの私は「お兄ちゃんも遊び疲れてるんだな」くらいに思っていた。


 夕食時、お姉ちゃんがキッチンで料理している間に、

 テーブルを拭いたり、お皿を並べたりしながら、


「お兄ちゃん、今日は何したの?」と訊ねる。


「あ、んーと、鷲宮さん家でねお人形さんごっこしたんだよぉー」


 小五でお人形さんごっこかよと思ったけど、お兄ちゃんのペースを考えてそういうごっこ遊びから付き合ってくれてるのかも知れないなとすぐに考え直す。


「鷲宮ん家って金持ちなんでしょ?」


「うん。お家広いよぉ」


「じゃあ人形とかも色々あるんだ?」


「えっと……ああ、うん。そうだねぇ。色々あるよぉ」


「へえー、どんな人形で遊ぶの?」


「え?」


「ん?」


「あ、えっと、えっとね、フランス人形……みたいなのかなぁ?」 


「うわぁ高そう。リカバビなんかとはお値段の桁が違うんだろうなぁ」


「そうだねぇ……」


 そこで一旦話が途切れると、着々とテーブルの上の支度を進める。


「セリカちゃん……あのね」とお兄ちゃんが切り出したところで、


「ごめーん、どっちか冷蔵庫から玉子出して割っといてー」とお姉ちゃんの声が響く。


 私ははーい、と返事してから、お兄ちゃんに向き直る。


「ごめん、何?」


「あ……えと、ボクね、もうね」


「うん、何?」


 私はお姉ちゃんの玉子を使うタイミングを気にしつつ、

 少しだけお兄ちゃんを急かした。


「ううん。ボク頑張るねぇ」


 一瞬何の話かわからなかったが、すぐに友達づくりの話かと気付き、


「うん、頑張って!」と私は笑顔で返した。


 この時、何でいきなりそんなこと言うんだろうと思ったけど、

 キッチンから二回目のお姉ちゃんのヘルプ要請がきたことですぐに忘れてしまった。


 それに、私は明日遊びにいく友達の家でなんの話をしようかとか、

 どの服を着ていこうかと考えるのにも忙しかった。


 その後の晩ご飯で、お兄ちゃんは大好きなカニクリームコロッケを箸でつかみ損ねて床に落とすと、「ふぇー」と泣いた。


 かわいそうだし、かわいっかったので、私のを分けてあげたら、

 何だかぎこちない箸使いでつまむと、結局それもまた落とした。


 カニクリームコロッケは柔らかく、床に落ちるとその中身が飛び散った。



 私は、のちにこの日の自分を激しく憎むことになる。


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