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おまわりさん。

すみません……。

またもや区切りどころがなくて今回ちょっと長いのですが、どうかよろしくお願いします……。


「なあ、隣の駅ぐらいなら自転車でよかったんじゃないか?」


 花咲がそう言ったのは駅前の踏切を待っているときだった。


「そうねー。それができたらいいんだけどねー」


「うぅー、じゃあボク帰るよぉー」


「な、何でだよ!」


 私は花咲の疑問に答えるより先に、本当に引き返そうとするお兄ちゃんの肩を掴んで引き留める。


「花咲、あんたも同じクラスならわかるでしょ? うちのお兄ちゃんに自転車が乗れると思う? 車体が傾く前に次のペダルを踏み込むんだよ? できるはずないでしょ?」


 花咲は二秒ほど想像してから、

「すまん」とすぐに謝罪した。


「素直に謝られると余計につらいよぉ。絶賛練習中だよぉ」


 誰も絶賛はしてないよ。


 しかし確かにそこからそこまでで、往復260円も出すのはバカらしい。

 かと言って、


「でも、歩いても二十分ぐらいだろ? やっぱり電車乗るほどの距離じゃないだろ」


「ねえ花咲、もう一度訊くけどあんたうちのお兄ちゃんと――」


「ああ、すまん。悪かった」


「だから謝らないでよぉ。ボクも歩けるよぉ」


 そんなことしたら一時間かかっても着けるか怪しい。

 なんとか辿り着いたところで、フルマラソンを走り終えたようにゴールして終わりになるお兄ちゃんの姿が目に浮かぶ。


 ようやく遮断機があがった踏切を渡って駅前ロータリーにたどり着くと、

 路上駐車を取り締まるパトカーを見つける。

 今日はなかなかにツイてる。


 私はロータリーの端に二人を待たせると、パトカーの運転席に近付きウィンドウをノックする。

 ウィンドウが下がると、二十五歳の薄い顔をしたおまわりさんが顔を出す。


「セリカちゃん、どうしたの? かわいい格好してるね。そのカーディガンについたファーと胸元のリボンがとりわけてかわいいね。下のタイツとの組み合わせもいいよ。お出かけかな?」


「詳細に褒めるな。大声出すぞ、このロリコン」


「お洋服褒めただけじゃないか」


「お洋服とか言うな気持ち悪い」


「セリカちゃん僕も人並みに傷つくんだけど」


「それはどうだっていいんだけど。カス、悪いんだけど隣の駅まで乗っけてってよ」


「それは無理だよ。あとセリカちゃん、カスじゃなくてカゾだよ。加須市のカゾね」


「どこだそこ」


「埼玉の」


「興味ない。いいから乗せてよ」


「だから無理だって。見たらわかるでしょ?」


「え、車ん中でボケっとしてるようにしか見えないけど」


「市民の安全を見守ってるんだよ」


「ふざけた商売だな。じゃあ地元の宝である小学生を、安全に隣駅のショッピングモールまで送ってってよ」


「いや、ほらパトカーはタクシーじゃないから」


「カス、道路の向こうにセイラともう一人いる小学生がいるの見える?」


「……え、ああ、うん。いるねぇ」


 そう言いながらいきなり目が泳ぎだすカス。


「相変わらずわかり易いなお前」


「だ、大丈夫だよ」


 何がだ?


「そこでもう一度冷静に考えてもらいたいんだけど。小学生の女子児童三人を車に乗せて、すぐ隣の駅のショッピングモールまでドライブしない?」


「な、何言ってんのセリカちゃん」


「狭い社内で、小五の女子児童がきゃいきゃいと話かけたりするんだけど」


「な、何言ってんのセリカちゃん」


「すでに言葉選ぶ余裕なくなってんじゃない」


「そんなことないよ。僕はおまわりさんだよ?」


「お前が昼休みにうちの学校の周りうろうろしてんの知ってんだぞ」


「いや、それはパトロールだから」


「パトローリ?」


「セリカちゃん、何度も言ってるけど僕はロリコンとかそういうのじゃ全然ないからね。ホント、全然平気」


 そう言いながらも落ち着きなくハンドルを擦るカス。


「じゃあ訊くけど、スク水とブルマ選ぶとしたらどっち?」


「んー」


「バカ野郎。迷った時点でアウトだ」


「ちょっと今のはずるいよ!」


「ずるいって何だ。乗せてくれないなら今すぐ警察呼ぶぞ」


「あれ? 僕は誰?」


「今度交番行ってロリコンだって上司に報告するぞ? 学校でお前の噂流すぞ? 大人の女しか歩いてないような夜の歓楽街の交番勤務になってもいいのか?」


「セリカちゃん、完全に僕を犯罪者扱いしてるよね?」


「してない。予備軍だとは思ってる」


「僕は単純に子供好きなだけなんだよ」


「もっと的を絞ると?」


「小さい女の子が好き」


「今すぐ自首しろ」


「違う! 純粋に好きなんだ!」


「更に危険な発言してどうする」


「ああ、どうしたらいいんだ……」


「とりあえず車を出せ」


「いや、それは本当にまずいんだって」


「よしわかった。よく見てろ」


 私はロータリーの反対側でこちらの様子を窺っている二人に振り向く。


「セイラ! ちょっと来て、ダッシュで!」


 私に呼ばれたお兄ちゃんが体の横で手をバタバタさせながら、鈍足ダッシュで駆け寄ってくる。

 たっぷり時間をかけて私の目の前まで来ると、肩でぜーはーと息を切らし、ケホケホむせ返っているお兄ちゃんの顔をあげさせる。


「な、なぁにぃー?」


 そう言ったお兄ちゃんの目にはたっぷりと涙が満ち満ちている。

 やはりかわいい。

 かわいそかわいい。

 最近発見したお兄ちゃんのキュン顔。

 生後一週間の子猫ばりに庇護欲を掻き立てる哺乳類史上最高峰のかわいさだ。


「どうだカス? この顔を見てまだ断れるのか? こんな生存競争する上で真っ先に淘汰されそうなか弱い生き物をお前は見殺しにするのか?」


「あ、うぅ……し、しかし、本官は」


「本官ってバカボンの再放送以外で初めて聞いたぞ。わかった。もう時間の問題だがせかっくだからサービスしてやる」


 次に花咲を呼ぶと、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、お兄ちゃんの三分の一のタイムで目の前にやってくる。


「ん? 男の子?」


 今更気付いたカスが、露骨に「興味ないな」といった顔をする。

 最低だなこいつは。


「花咲、ちょっとごめん」


 ひと声かけて髪留めで花咲の前髪をあげてやる。


「え、あれ? 美少女?」となるカス。


 いやはや、素質というのは恐ろしいものだ。


「初めまして加須といいます。まずは友達からお願いします」


 そう言って花咲に名刺を差し出すカス。

 それを私は横からひったくる。


「まずはって、次に何になるつもりだお前は! そして花咲もこんなもん受け取ろうとするな!!」


 見た目が美少女で、警戒心が少年レベルなのは考えものだな。


「いやぁ、しかしまだこの街にこんな美少女が眠っていたとは……パトロールを強化しないと。あ、もちろん治安維持の方の意味でだよ?」


 それ以外の意味でのパトロールって何だ?

 まあしかし、ここはひとまず花咲の力を借りるとするか。


「でもやっぱり花咲は美少女なんだなぁ。かわいいなぁ。あー、かわいいかわいいミチルちゃん」


「な、何だよ急に気持ち悪いな……」


 そう言いながらも、私の適当な言葉に容易く頬を染める花咲。


「照れてんの? かーわーいーいー!」


「お、俺は、別にお前に言われたぐらいで照れたりなんかしない!」


 真っ赤な顔で唇を噛みしめながら、頬が緩むのを必死で堪えている花咲。


「見ろカス。天然モノのツンデレオレッ子だ。ちなみにこっちにはボクッ子だ」


「せ、拙者は拙者は……」


「落ち着け。どこまで遡るんだよお前。いいかカス、このツンデレオレッ子が何と今日は助手席に座るぞ!」


「いや、さすがにそれはまずいよ。お天道様が許しても日本の法律が許さないよ」


「日本の法律は許している。問題はお前の心根だ」


 そんな後ろめたさと必死に葛藤するカスに、花咲が元気よく免罪符を発行する。


「あ、あの、本当ですか?」


「へ?」


「パトカーの助手席に乗せてもらえるんですか?」


 そう言って目をきらきらさせてカスを見つめる花咲。


「……うん。よかったら僕の膝の上――」


「それ以上言ったら現行犯だからなお前」


「警官になんかなるんじゃなかった……」


 じゃあ、一体何になるつもりだよ。


 結局、カスの色んなものが折れ、パトカーに乗り込むことができた。

 そして走り出して間もなく、


「あの、質問してもいいですか?」とわくわくした様子で助手席に座る花咲に、

 カスが「どうぞ」と答える。


「どうして警察官になったんですか?」


「女子児童をどんだけ見つめても不審に思われないからだよ」


「セリカちゃん、変な声色使うのやめてよ……」


「じゃあ、何でなったんだ?」


 …………。


「しみんの」


「今の一拍は何だ? うそをつくな」


「ただのコネです」


 どうしようもないな……。


「パトカーって何百キロ出ますか?」


 花咲、それはもうマッハだ。


「パトカーは普通の車と変わらないから、出ても180キロまでだよ」


 そういって丁寧に答えるカス。


「ちょっと出してもらっていいですか?」と花咲。


「きみも無茶言うね? 公道で180キロなんて出せないよ?」


「じゃあ、ちょっとサイレン鳴らしてもらっていいですか?」これも花咲。


「それも無理だよ。怒られるよ」


「誘拐されてるって110番してもいいですか?」


「セリカちゃんは一体どうしたいの?」


 カスへの質問攻めがひと段落したところで助手席の花咲が、後部座席を覗きこんでくる。


「セイラ大丈夫か?」


「セイラはね、他人より乗り物に酔い易いんだよ」


 後部座席で横になっているお兄ちゃんについてそう説明すると、花咲が不思議そうに声をあげる。


「まだ乗ったばっかなのにな」


「流れる景色のスピードに、人一倍眼球が追いつかないんだよ。メリーゴーラウンドでだって酔えるんだよ?」


「メリーゴーラウンドは……もう……こく……ふぐっ……」


 半身を起して喋ろうとしたお兄ちゃんが、慌ててその口元を押さえる。


「ほらほら、ちゃんと横になってなよ。こんなところで吐いたらカスが喜ぶだけだよ」


「セリカちゃんってさ、僕のことどこまでゲスな人間だと思ってる?」



 十分足らずで隣駅まで着くと、カスは「ここで勘弁して」と言い残して、パトカーをUターンさせると慌てて来た道を引き返していった。

 そこから弱ったお兄ちゃんペースで十分ほど歩いて、私たちは大型ショッピングモールに辿り着いた。


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