19.返してもらおう
魔物の大行進は一人の宮廷調教師によって防がれた。
ビーストマスターの称号を持つ者。
王都を混乱の渦に巻き込んだ事件の解決は、瞬く間に名を広げる。
その名は国中を駆け巡り、さらには国外へ轟く。
「ノーストリア王国にビーストマスターが誕生したんだって」
「そうなのか? あの小国が?」
「ああ、これは世界情勢が動くぞ」
「今後どうなるか見ものだな。場合によっちゃ移住も考えねーと」
強大な力の存在は、人々にとって安心につながる。
必然、強い国に人は集まる。
ビーストマスターの存在は、それだけで一国の未来を担う。
たった一人で国すら敵に回す力を持つがゆえに。
そして噂は、大国にも届いてしまった。
◇◇◇
ある日の昼。
いつものように仕事をしていると、私の元へリクル君がやってきた。
「セルビア」
「リクル君、どうしたの?」
「忙しいところすまないな。お前に来客だ」
「私に?」
なんだか雰囲気が重い。
数日前、魔物の大群の一件があってからずっと。
難しい顔をしていることが増えた。
「ついてきてくれるか?」
「う、うん」
少しだけ怖かった。
何かよくないことが起こる予感がして。
その予感は的中する。
案内されたのは応接室。
すでにお客人は私のことを待っていた。
「失礼します」
ノック後に中へと入る。
そこに座っていたのは、私もよく知る人物。
できれば会いたくなかった人。
もう、二度と会うことはないと思っていた……。
「レイブン様?」
「久しぶりだね、セルビア」
どうして彼がここに?
戸惑い驚き、私はリクル君に視線を向ける。
「とりあえず座ろう」
「うん……」
当り前だけど空気が重い。
リクル君は一度も笑っていない。
対照的にレイブン様は、不気味にニコニコしている。
それが無性に、気持ちが悪い。
「こうして話すのは、君が国を出て行って以来だね」
「そうですね」
何を今さら、当り前なことを。
自分が追い出したくせに。
「随分と探したよ。まさか国を一つまたいだ先まで来ているなんてね」
「探した……?」
レイブン様が私を?
一体どうして?
宮廷に忘れ物でもしたかな?
いや、あったとしても、忘れ物を届けてくれるような親切心はないはずだ。
私は知っている。
この人の根っこにあるのは、自分可愛さゆえの保身だ。
「どうしてこちらに来られたのですか?」
「決まっている。君を連れ戻すためだよ」
私はピクリと反応する。
言葉の意味はわかる。
けど、理解はできなかった。
「連れ……戻す?」
「そうだ。君には宮廷に戻ってもらうよ」
と同時に、怒りに似た感情が湧き出る。
この人はもう忘れているのだろうか?
自分が私を追放したことを。
そのために準備までして、わざわざ私の退路を断ったことも。
今さらそれで……戻ってこい?
「なんの冗談ですか?」
「冗談を言いにこんな場所までわざわざ来ると思うかい?」
「……冗談ではないとしたら、私がどう答えるかもわかっているはずです」
「そうだね。君は喜んで戻ってくるというよ」
私は言葉を失った。
本心にせよ冗談にせよ、笑えない。
馬鹿らしくて。
笑うことすらできず、ただただ呆れた。
「戻るわけないじゃありませんか」
「……いいや、君は戻る。そうしなければ大変なことになるからだ」
「大変なこと?」
「そう、戦争だよ」
「なっ……」
戦争?
レイブン様の口からとんでもない言葉が飛び出す。
驚き過ぎて目が丸くなる。
「何を……」
「これも冗談ではないよ。君が戻らなければ戦争になる。我々の国と、この国の間で。理由は……お隣の殿下はすでに気づいていらっしゃる」
「リクル君?」
さっきからずっと黙っている彼に視線を向ける。
彼は難しい顔をして、ゆっくり目を伏せる。
否定しない、ということはつまり……。
「戦争……」
「君が原因で起こるんだ。君と、君がいなくなったことで脱走した魔物たち……ここにいるんだろう?」
そんな情報まで手に入れている?
いや当然か。
セントレイクは大国、情報の巡りも早い。
ましてや自国の問題なら尚更だ。
ようやく話の全貌が見えてきた。
これは脅しだ。
私が戻らなければ、セントレイクはこの国に攻め込むという。
「君の移動に合わせて魔物たちが国を渡った。それは我々の国が管理する魔物たちだ。即刻返却していただきたいが……できないのだろう?」
そう、不可能だ。
私がこの国にいる限り、あの子たちは一緒にいる。
わざわざ国境を越えて私の所へきた子たちが、元の場所へ戻れと言われて簡単に戻るわけがない。
私が命令しても、きっといずれまた私の元へ来てしまう。
だから言っている。
私に、宮廷へ戻れと。
「これは見方を変えれば略奪行為に等しい。国際問題だ。今ならそれも、なかったことにできるんだよ」
「……」
私のせいでこの国が窮地に陥る。
そんな光景は見たくない。
けど、このまま戻ったらまたあの地獄に……。
心が揺れる。
どう答えるべきか、自分でもわからない。
そんな私を庇うように――
「お前の好きにすればいい」
「え……?」
ずっと黙っていた彼がようやく口を開く。






